第40話 試着


「おお~、さっすがイケメン。なにを着せても絵になるね」


 計良先輩に手渡されたダンボール箱の中身は、まあ見当はついてたけどやっぱり僕用に用意された青刺郎のコスプレ衣装だった。

 イエスマンの隊服という設定だからえびすさんが着ているマリアの衣装と基本は似ている。真っ黒な布地に銀色の糸で逆十字が刺繍されていて、けどこっちは軍服風だ。

 青刺郎といったらコレっていうお決まりの髑髏を模した銀マスクまでちゃんと用意してあって、もっと凝るなら髪も銀色にしないとなんだけど、それは染めるかウィッグを被るか後で決めて欲しいとのこと。


「ありがとうございます……あの、どっか変なとこあったりしないですか?」


「ん~ん、全っぜん。すっごく似合ってるよ。ねぇ北くん」


「……………!(深く頷く)」


「そ、そうですか。よかった」


 押し付けられるがままに着替えたけど評価は良さげみたいで一安心だ。

 コミマではこの格好で売り子をするわけで、似合ってなかったらとんだ罰ゲームになるとこだった。


「新戸くんで似合ってないなんて言ったら、私たちなんて完全に服に着られちゃってるしね~」


「いやいやそんなことはっ。先輩たちだってめっちゃ似合ってますって」


「そうかな。あはは、ありがと~」


 少し恥ずかしそうに頬を掻く計良先輩と、その横に立っている北先輩の格好もさっきの制服姿から一変していた。

 というのも北先輩が抱えていた段ボールの中身は先輩たちの分のコスプレ衣装だったみたいで、コミマ本番前に皆で試着しようという話になってこうして着替えたわけだ。


「それって落人と獅子春のコスですよか?」


「うんそうだよ。クオリティ高いでしょ~、新戸くんと湊ちゃんのと一緒に友達に作ってもらったんだ。衣装代は私が出したんだけどね」


 計良先輩と北先輩もコスプレするって話は前に聞いてたけど、ちょっと意外だったのは計良先輩が男装していたことだ。

 キリンジのキャラのコスプレをするにしたって、女性キャラだって何人もいるのになんでわざわざ。


「誰のコスしようって悩んでたら友達がこれなら似合うんじゃないかって言ってくれたんだ~。ほら私ってちっちゃいでしょ? それでね」


「なるほど……」


 たしかに計良先輩がコスをしている平坂落人ってキャラは背が低くて中性的だから、女性のコスプレイヤーさんがよく自撮りをSNSに上げてるイメージあるしこうして見ると少年みを感じないでもない。

 友人さんも中々見る目があるな。


「ちなみに北くんの方は北くんがイケメンキャラのコスプレやりたがらなくて消去法で獅子春のコスプレに決まったんだけど」


「………………///(恥ずかしそうに頭を掻く)」


 あ〜、まあ北先輩はそうだろうなぁ。目立ちたがりやってタイプじゃどう見てもないし。

 でも北先輩がコスプレしている荒暮獅子春も、筋骨隆々でワイルドなキャラクターだから雰囲気は結構合ってる。ちょっと恰幅よくはあるけど。


「とにかく全員衣装はこれでおっけーだねっ! どこかキツかったりとか大きかったりとじかはしてない?」


「……………。(グッと親指を立てる)」


「とくには……っていうかむしろピッタリ過ぎるくらいで。僕、採寸とかした記憶ないんですけど」


 そうそれがずっと疑問だった。

 先輩からはコスプレ衣装の進捗もなにも聞いてなかったってのに。


「うん? ああ、それなら湊ちゃんが教えてくれたけど」


「えびすさんが?」


 なんでそこでえびすさんの名前が出て来るんだ。

 首を捻る僕に、説明してくれた計良先輩も怪訝そうな顔をした。


「新戸くんの身長とか服のサイズとか、色々。湊ちゃんが新戸くんに聞いたんじゃないの?」


「いや僕は何も。ねぇねぇえびすさん、今のってどういうーーってあれ、えびすさん?」


 僕らとは少し離れていたえびすさんの方に振り向いて、そこで僕はえびすさんの様子がおかしいことに初めて気付いた。

 そういえばさっきから静かだなーとは思っていたけど。


「えびすさーん。おーい、どうしたのさー」


 ぼんやりしてるっていうか、声は聞こえてるはずなのにさっぱり反応がない。

 顔も少し赤い気がするし熱でもあるのかな。でもさっきまでは普通だったのに。

 目の前で手を振りながら呼びかけていると、ようやくえびすさんは自分が呼ばれてることに気付いたみたいだ。


「えっ……あ、秋良? な、なんだよっ」


「なんだよって。話聞いてなかったの?」


 てかなに今の反応。

 人の顔見て後ずさりしないでよ傷つくじゃんか。


「計良先輩が僕の服のサイズとかえびすさんから聞いたって。僕そんなの教えてたっけ」


「ああ、なんだそのことか。前に一緒に服屋寄った時にお前に試着させたじゃんか。そん時にな」


「そんなことあったっけ?」


「先月本町一緒に遊びに行ったろ。忘れたのか?」


「んん~う? ……あ。」


 そう言えばあの日、えびすさんに嘘ついて誤魔化した後に映画館の隣のファッションビル巡りとかしたっけ。

 店員さんがえびすさんと一緒に悪ノリしてきて僕を着せ替え人形よろしく色々着替えさせられたけどあの時のことか。


「体型に合う服見つかれば、本人のサイズは測らなくても分かるからな。いちいち秋良に聞くより早かったし」


「ふぅーん。……あのさ、もういっこ聞いていい?」


「ん?」


 それは納得したけど僕にはまだ不思議なことがある。

 というのもさっきから思ってたんだけどーー


「えびすさんさ、なんでさっきから僕の方見ないの?」


「っ!?」


 そう聞いてみたら、何故か僕の横あたりに目線を向けていたびすさんの頬がポっと赤く染まった。


「なっ、なんだよっ! 別にいいだろっ、わたしがどこ見てようが!」


「だってさっきまでh」


「さっきはさっき、今は今なのっ!」


 そんな子供みたいな言い草。

 なんだってんだよ急に。体調が悪いとかじゃあなさそうだけど。

 ふしゃーっと猫みたいに威嚇してくるえびすさんに首を傾げていると、ちょんちょんと肩口をつつかれた。


「こらっ。ダメでしょ新戸くん、女の子には気を遣わないと」


「先輩。でもえびすさんが変なんですよ」


「湊ちゃんなら気にしなくて大丈夫。女の子なら誰でも通る道だから」


 ???

 なになに、どういうこと?


「だってカッコいいもんね~青刺郎のコスプレした新戸くん。ねぇ湊ちゃん?」


「……知らないっす!!」


 計良先輩が意味深に問いかけると、えびすさんはプイっとそっぽを向いてしまった。


「うふふっ、か~わい~なぁ」


 先輩はそれでも楽しそうにしてたけど、なにがなにやら僕は置いてけぼりだ。北先輩も頭にクエスチョンマークを浮かべていそうな表情をしていたけど。


 なんだってんだ、まったくさ。

   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る