第35話 送り狼にはご用心
「とまあ、そんなわけで僕も売り子の手伝いすることになりまして」
かしましい女の子が二人もいればそれはもうお喋りは盛りあがるってもので、ひかりちゃん→亜梨子ちゃん→僕と話し手が一周して話題もとくにない僕はコミマの件の続きでも話すことにした。
二人とも僕が計良先輩のサークルに関わってるのと知ると詳しく聞きたがったんで、事の次第を一から話していたら亜梨子ちゃんが悲鳴を上げた。
「くうっ! 秋良くんの売り子姿、是非とも見に行きたいんですけど日程が……今回は、涙を呑んで諦めるしか」
「あははは、ただ売り子するだけなのに大げさですって。とくに何かあるってわけでもーー」
と、そこで思い出した。
「そっか、コスプレ」
売り子のお願い一緒に計良先輩に頼まれた厄介なオプション。忘れてたのは考えたくなくて頭の隅に追いやってたからだ。
「ねーねー秋良っち。コスプレってなあにー?」
「ん。それがさ、売り子する時にキリンジのキャラの格好するらしくて」
耳ざとく反応したひかりちゃんに説明すると、ひかりちゃんはパッと瞳を輝かせた。
「えぇー! いいじゃんいいじゃーん、どのキャラー?」
「青刺郎。部長が似合うからって」
「うわーっ、絶対似合うよそれ! ひかりも見たかったなー」
そんなに期待されてもなぁ、衣装だってまだだしーーってそうじゃん。
計良先輩あの後とくになにも言ってこないけどコスプレ用の衣装ってどうなってるんだろ。採寸とかもした記憶無いけど。
まあ今となっては観念するしかないし、どうなろうがなるようになれって感じだけどさ。
「コス、プレ……!?」
けどそんな投げやりな僕よりも、他人事でいられない人もいるみたいだ。
「あ、あき秋秋秋秋良くんっ! コスプレするって本当なんですか!!?」
怖い怖い怖い怖い。
めちゃくちゃ食いついてくるじゃないですか。
「は、はい。そうですけど」
「なんってこと!!」
亜梨子ちゃんは頭を抱えて天井を仰いでいた。
しばらくそのままの体勢でいたかと思えば、とんでもないことを言い出す。
「こうなったら仕方ありません。どうにかして前日のゲネプロを休む算段を立てなければ」
「ダメでしょ!? 次の日ってライブじゃ」
これには僕も思わずツッコんでしまった。
僕と漫研の皆で参加するコミマ二日目の次の日、日曜日には
その主役がゲネプロ(本番想定でのリハーサル)サボちゃ駄目でしょうに。
「大丈夫です。当日のパフォーマンスはきちんとしますから」
「いやそういう問題じゃあ」
「ひかりちゃんも行きたいですよね?」
「行きたい行きたーいっ! けどスケジュールヤバくなーい?」
「そこはマネージャーさんの頑張り次第ですね。そうだっ、ハレちゃんも抱き込んで三人でマネージャーさんとお話しましょう。最低でもゲネプロの時間をズラしてもらうのはマストですね」
「おーっ! マネちゃんファイトー!」
……ダメだこりゃ。ひかりちゃんまでノリ気だし。
にしても亜梨子ちゃんって意外と感情的だよなぁ、自分で言うと恥ずかしいけど僕が関わる事になると特に。しかも元々っぽい頑固気味な性格も合わさって、こうだって思ったら絶対に曲がらない。
顔も知らないけど胃の痛い思いをするだろうマネージャーさんに謝っておくとしよう。
ごめんなさい、僕には止めれそうもないです。
***
楽しい時間はあっという間に過ぎて、気付けば夜もかなり更けていた。
亜梨子ちゃんの話に耳を傾けつつ横目で時計を見ていたら、さっきから口数が少なくなっていたひかりちゃんがパタッとカーペットの上に倒れた。
「……寝て、る?」
「そうみたいですね。まったく心配させて。勝手に人の家に上がり込んで食べて笑って寝て、子供ですか貴女は」
なにかあったのかと焦ったけど、どうやらただ寝てるだけみたいだ。
それだけ疲れてたってことなのかな。
「ほらひかりちゃん起きてください、そろそろ家に帰らないと」
「……んう~っ、もう食べられないよぉ……」
亜梨子ちゃんが肩をゆさぶっても呑気に寝言を返ってくるだけ。完全に熟睡してしまって起きそうにはない。
「はぁ。……仕方ありません、今日は泊めるしかなさそうですね。秋良くんはどうしますか?」
「僕はそろそろお暇しようかな、と」
もう22時を回ってるし明日も学校があるから帰りたいんだけどーーひかりちゃんが寝ちゃって静かになると亜梨子ちゃんと二人きりだった時の妖しい雰囲気が嫌でも思い出されてしまう。
まだ何かするつもりだったり……とか?
ビクビクしながら次の一言を待っていたけど、どうやらそれは杞憂に終わった。
「そうですか。こんな時間まで付き合わせてしまってすみません、マンションの前までタクシーを呼ぶので家まで送って貰ってください」
寝てるとはいえひかりちゃんがいるからか、それとも単にそういう気が削がれたのか。
何にせよ亜梨子ちゃんはそう言うと、お洒落なブランド物っぽい財布から諭吉を一枚抜きだして手渡して来た。
「そこまでして貰わなくても。僕なら歩いて駅まで行くんで」
「でも歩きじゃ遠いでしょう。それにもう遅いですからお巡りさんに見つかったら補導されちゃいますよ?」
たしかに歩きだと駅までは結構かかる。下手したら最終便に間に合わまないかも知れない。
そしたら駅どころか内海府まで歩いて帰るハメになるし、家に着く頃にはとっくに日付が変わってそうだ。
警察のお世話になってさらに時間を取られるのも面倒だし。
「すみません、じゃあ甘えさせてもらいます」
お釣りはどうすればいいか聞いたら、太っ腹なことに自由にしていいらしい。金欠オタク学生には助かるから有り難く戴いておくことにした。コミマもあるしね。
外まで送ってくれるという亜梨子ちゃんと連れ立って、部屋に寝ているひかりちゃんだけ残して外に出た。
「うわっ、真っ暗だ」
ドア一枚くぐると外はもう完全に夜になっていた。
マンションから覗く夜景は綺麗だけど、遥か下に見える地上を見下ろす高さに何とも不安な気持ちになる。
平屋住まいの庶民には、お金持ち向けの高層マンションは身に合わないってことなのかもな。
来る時にも乗ったエレベータに乗り込むと、他には誰も乗ってなくて狭いエレベータの中には僕と亜梨子ちゃんの二人だけだった。
監視カメラもあるからモニター越しに管理人さんか誰かは見てるかもだけど。
「秋良くん」
「はい? どうかしましたか」
人目のない部屋を無事に出て、流石に今さら何かしてくるわけがない。
そう油断していなかったと言われれば嘘になる。
「うわっ!?」
どんっと衝撃が走って、気付けば僕はエレベーターの壁に押し付けられていた。
胸元に目をやればそこには狼みたいにギラギラとした目付きの亜梨子ちゃんがいて。
「言ったでしょう? せっかく家に呼べたんだから簡単には帰さないって」
送り狼にはご用心。
それが例えどんなに可愛らしい姿をしていても。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます