第33話 騒がしい闖入者
「それって本気で言ってるんですか?」
亜梨子ちゃんの滅茶苦茶すぎる言い分に呆気に取られたけど、一応は話を聞いてみようと質問してみたら亜梨子ちゃんはいたって真面目な顔で答えた。
「もちろん本気ですよ。だって秋良くんが自分で言ったことじゃないですか、親友と恋人は同じようなものなんでしょう? だったら親友の私となら恋人とすることをぜーんぶ出来ますよね♪」
だからそれはえびすさんの恋心を誤魔化すためについた方便でしかなくて、僕は別に友達って関係のまま恋人みたいなことをする為の逃げ道を作ったわけじゃないんだって。
それってアレじゃん。俗に言う……せ、○ック○フレンド、みたいな。そんないかがわしい目的は毛頭ないからっ。
大体えびすさんと亜梨子ちゃんには大きな違いが一つある。
「亜梨子ちゃんの場合は僕への……好意があるのを自覚してるじゃないですか。えびすさんのはまだしてなくて、だからそんな嘘を付いてしまっただけというか」
「ふうん? だから私には当てはまらないと?」
僕の言いたいことを察した亜梨子ちゃんの目がすっと細くなる。
うっ、亜梨子ちゃん怒ってる?
でもだからってこっちも引くわけにはいかない。
「そうです! 誰と恋人になるのか、それともならないかはまだ決めれてないですけど。少なくともきちんとした関係でもないのに、身体の繋がりだけ持つ気は僕はありませんっ!」
これが僕の今出せる答えだ。
結局は告白してもらったり、好意を抱いてもらってるのに先延ばしにしてる僕が悪いんだって分かってはいるけど。
だからってエロゲの主人公じゃあるまいし、なし崩しに関係を持って無責任なことをするつもりはなかった。
それが僕を好きになってくれた彼女たちに対する最低限の礼儀だと思うから。
「そうですか。秋良くんの言いたいことはよく分かりました」
「ほ、本当ですか! なら早く上から降りてーー」
なけなしの誠意が伝わったのか、亜梨子ちゃんは大きく頷いた。
けど彼女が僕から離れることはなかった。
むしろ逆に一層身体を擦り付けるように密着させると、両手を僕に向けて伸ばしてきた。
「うわっ! なんでっ、分かってくれたんじゃ」
「考えは分かりましたよ? でもそんなの私にはもう関係ないんです。湊さんのことは引き合いに出して見ただけで、どのみち貴方を部屋に呼んだ時点でこうするつもりでしたから」
太ももに、わき腹に、胸板に、うなじまで。
擽るように、ねぶるように、感触を確かめるようにさわさわと、身体中を亜梨子ちゃんの手が這い回る。
最初は服の上からだったけどその内に服の中にまで潜り込んできて、これはもうじゃれ合いの範疇をとっくに超えていた。
「ちょ待って、止めてください! こんなのっ冗談じゃ済まないですよ!?」
腕は長いこと太ももの下敷きにされているせいでうっ血して感覚がない。
上半身の力だけではね除けるのは無理。さっきも今も何度も試したからそれは嫌というほど分かってる。
優しい亜梨子ちゃんなら僕を弄ったりはしても、本気で嫌がる一定のラインはちゃんと守ってくれる。
そう信じていたのに。
「うふふっ、この状況でもまだ冗談だと思ってたんですか。そういう秋良くんの純粋なところも可愛くて好きですけど。でも、だから私みたいな悪ーい女に捕まっちゃうんですよ?」
たまに浮かべる亜梨子ちゃんの小悪魔みたいな笑みが、今はどうしてだか凄く寒気を覚える。
森の奥に隠れ住んでいる魔女みたいに妖艶で見ているだけで呑み込まれてしまいそうだ。
「一応スる前に教えてあげますね。今夜、秋良くんのハジメテを貰います。その代わりに私のハジメテも秋良くんにあげます。ーー肌の感触も体温も匂いもお互いに何もかもを曝け出し合うの、恋人みたいに。そうしたら私以外の女の子のことなんて目に入らなくなるでしょう?」
一目見て分かった。
ああ、これは本気だって。
まったくブレない亜梨子ちゃんの瞳。そこにはふざけている様子は一切見当たらなかった。
(まずいっ、マズい、不味いッ! このままじゃホントにっ)
あえて言葉にするなら犯される。
亜梨子ちゃんが、ではなく僕が。
そして確かに彼女が言うように、一度関係を持ってしまったら特別視はせざるを得なくなると思う。
仄かな罪悪感と即物的な欲求が僕をがんじがらめに縛って亜梨子ちゃんを選ぶんだ。自分の抱いている想いが本当なのかも分からないまま。
世の中にはそういう出会い方をした人もいるかも知れない。結果として良いパートナーになった人たちだって。
だけど僕は、もし亜梨子ちゃんと恋人同士になるならきちんと段階を踏みたかった。
もっと時間をかけてお互いのことを知って仲を深めて、胸の中の想いが恋だった分かった時に彼女に告白したかった。
それも許されずにこんな無理矢理な形で関係を深めるなんてーーそんなの嫌だっっ!!
でもっ、このままじゃ僕にはどうすることもーー
ーーピンポーン。
その時、今にも襲いかかろうとしていた亜梨子ちゃんと僕の間に割って入るかのようにインタホーンの鳴る音がした。
隣の部屋じゃなくて間違いなくこの部屋のインターホンだ。
「…………」
「…………」
二人して黙りこくって見つめ合う。
そうこうしていると、
ーーピンポーン。
まただ。
こんな時間に配達? それとも?
「……出なくて、いいんですか?」
「…………」
聞いてみたけど亜梨子ちゃんの反応はなかった。
どうやらこのまま居留守を決め込むつもりらしい。
僕としてはこの救いの手に縋り付きたいところだ。その願いが通じたわけではないだろうけどドアの前の主は中々いい性格をしているらしい。
ーーピンポーン、ピンポーン、ピンポピンピンポピンポンピンポーン!!
うおっ、連打してきた!?
こんなの小学生が嫌がらせでピンポンダッシュする時くらいしかしないだろ。
部屋の中にけたたましく鳴り続けるインターホンに、亜梨子ちゃんも居留守は無駄だと悟ったのか大きく溜め息をついた。
「はあ、まったく邪魔が入りました。少し外しますので待っていてください。……ちなみに隣の部屋は防火扉で塞がれていますし出入口は玄関だけなので、くれぐれも下手に逃げようだとか思わないように」
ソファーから降りると、亜梨子ちゃんは僕にそう言い残して玄関に歩いていった。
一人部屋に残された僕はほっと肩を撫で下ろす。ようやく解放された両腕は完全に痺れてて、地味に不快だ。
こういうのが九死に一生を得たってやつなのかな。
とはいえ亜梨子ちゃんも言っていたように高層マンションの一室から逃げるのはまず不可能。
なら僕に取れる選択としてはここで大人しく帰りを待って美味しくいただかれてしまうか、もしくは誰かに助けを求めるか。
ただ後者を選んだ場合、僕が男だってのを加味しても亜梨子ちゃんは警察にお世話になる可能性が出て来る。というか今されたことだけでも一言一句違えずに証言したらお縄なんじゃないか。
それは僕の本位じゃないけど、でもこのまま亜梨子ちゃんの好きにさせるわけにもいかない。
配達員の相手ならすぐに戻って来ちゃうだろうし早めにどうするのかを決めないと。
早めに、早めに、早めにーー…………………………ん?
「……亜梨子ちゃん、随分時間くってないか?」
ちらりと時計を見れば時間がとうに数分が過ぎて、もうすぐ長針がまた一周しそうというあたり。
まあ鬼みたいにインターホン連打してきたような相手だしただ者じゃないのか、それとも知り合いだったり?
ちょっと気になったのでソファーを立って、玄関へと続くリビングのドア越しにそっと耳を澄ませてみる。
するとーー
『だから無理ですって、大人しく家に帰りなさい』
『なぁんで、なんで無理なのっ! 泊めてくれるだけでいいからー!』
『今日じゃなければいくらでも泊めてあげますよ。でも、今日だけは無理なんです』
『だからその理由を聞いてんじゃん! ありすちゃんのイジワルっ!』
『いじわ、なんですって? 連絡もせずにいきなり人の家に押しかけておいて貴女は!』
なんだろ、喧嘩してる?
取りあえず今のやり取りで分かったのは相手の子が女の子で、二人が知り合いってことだ。泊めるのに抵抗感がないってことは親しい間柄なんだろう。
大学の友達とかか、でも亜梨子ちゃんって僕を除いたら仕事関係の人しか親しい相手はいないって言ってたような……。
『あっ! 分かったー、そこまでしてひかりを家に入れたくない理由って男でしょー!』
『は、はいっ!? ……ち、違いますよ』
うわっ、亜梨子ちゃん嘘下手ー!
僕が言えたとこじゃないけどバレバレじゃんそれじゃ。
『隠さなくていいってー、ひかりとありすちゃんの仲じゃーん。そっかそっかぁ、あの堅物のありすちゃんにも春が来たかー』
『ですからーー……ああもうっ、そうですよ。恋人が今家に来てるんです。彼との時間を大事にしたいので今日のところは帰ってください』
いやだからってそんな大嘘つかれても困るけど。
まだ恋人とかそういう関係じゃないでしょ僕たち。このまま行くと家を出る頃には否定しづらいことになっちゃってそうだけどさ。
それを防ぐためにも今の内に何とかして、
『ありすちゃんのカレシかぁー、どんなヒトなのか気になるぅ。……あ、そだ。じゃあ恋人さんの顔見せてよ。そしたら大人しく帰るから』
『え……?』
『だって今いるんでしょ? リビング? それともありすちゃんの部屋だったりしてー、えっちぃ』
『なに言ってるんですか。そんなのダメに決まって、』
『きらーん、隙アリっ! お邪魔しまーす!』
『あっ! ちょっと待ちなさい! ひかりちゃん!』
え?
勝手に上がってくるの?
どうしよ誰かも知らないの初対面の人とか気まずーーいやでも考えようによっちゃこの誰かさんを上手く使えば無事に家を出れるかも。
取りあえずここにいたら逃げようとしてたのが亜梨子ちゃんにバレちゃうから戻んないとな。
「ばーんっ! ひかりちゃん登☆場っ!」
丁度ソファーに腰を下ろした瞬間、さっきまで聞き耳を立てていたリビングのドアがバンッと勢いよく開いた。
反射的にそっちを見れば、そこには金髪碧眼の美少女が立っていた。
「あっ、お兄さんがありすちゃんのカレシー? うわちょーイケメンじゃーん! てか意外と若いね、ひかりと同い年くらいじゃない?」
「ちょっとひかりちゃん、勝手に上がり込まないでください! ほらっ、早く出て行って!」
「うえー、ありすちゃん冷たいー。ひかりのこと嫌いなんだー」
「そうじゃないです! そうじゃないですけど、今はちょっと家にいられると困るというかーー」
亜梨子ちゃんも後から追い付いてきて押し問答をしていたけど、そんなことよりも僕は突如現れたその金髪の娘から目が離せなかった。
一目惚れをしたとかそんなロマンチックなことではないけど、初対面のはずの彼女に僕は見覚えがあったからだ。
「……あの、その人って……」
「はい? ああ、秋良くんなら分かりますよね。そうです本人ですよ」
亜梨子ちゃんのその短い言葉にすべてが詰まっていた。
そのやり取り金髪の少女、ひかりちゃんは自分のことについて話していたことに気付いたようで、ぱあっと顔を輝かせた。
「なになにひかりのこと知ってんのー!? あ、でもありすちゃんのカレシさんなら知ってるかー」
そして彼女ばっと髪を翻らせると、僕にぱっちりとウインクを飛ばしてお決まりの口上を述べた。
「天真爛漫がモットー!
いつかのライブで亜梨子ちゃんの右隣に立っていた声優アイドル、星野ひかりがそこにいた。
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