第29話 亜梨子ちゃんの意外な話
話しをするにもデパートの入り口じゃなんだしってことで、僕と亜梨子ちゃんは場所を移してデパ地下にあるフードコートに来ていた。
向かいの席に座っている申し訳程度の変装で眼鏡を掛けた亜梨子ちゃんは物珍しそうにハンバーガーを眺めている。ジャンクフードは生まれてこのかた食べたことないんだってさ。
注文したメロンソーダフロートを飲みながら話していると、亜梨子ちゃんの口から出て来た思いがけない事実に僕は思わず声を上げてしまった。
「じゃあ亜梨子ちゃんって海女美市住まいなんですか!?」
「ええ、実家は深山町なんです。秋良くんは?」
「僕は内海府です。
「内海府ですか、私行ったことないなぁ」
「とくに見るとこもないただの港町ですよ。取り柄も海が近いくらいで」
深山町と言ったら海女美市内、いや県内、どころか関東でも有数の高級住宅街で有名なハイソな町だ。亜梨子ちゃんから受ける印象からして裕福な家庭の生まれだろうとは思ってたけどまさしくイメージ通りだった。
にしてもまさか亜梨子ちゃんが僕がこんな近くに住んでたなんてなぁ。もしかしたら今までもお互い気付かなかっただけで、街中でニアミスしたりしてたのかも。
「でも東京に住んだりはしないんですか? お仕事関係とか」
「……一度はそれも考えたんですけど、大学は地元を選んだので。それに海女美市からなら東京へのアクセスも悪くありませんし。前に言いませんでしたっけ?」
そういえば東京住まいじゃないって話はまだ彼女がリドルくんだった時に言ってたような。でも大学の話は初耳だった。
いや、正確に言うと
「地元の大学ってことは、もしかして四月頃に出回ってた噂って」
「噂……ああ、流出しちゃってましたね。そうですよー、アストレア女子なんです私」
SNSでパブサしている時にたまたま見かけた月城亜梨子の在籍している大学についてのまことしやかな記事。僕はその手の特定サイトとかには興味がないから半信半疑だったけど。
「じゃあアレ本当だったんですか!?」
「そうなんです困ったことに。同学年の子が入学式の記念撮影をSNSにアップしたら、そこに偶然私が写り込んじゃってたらしくて。その写真がどういう経緯なのかネット掲示板に貼られて、そのスレッドに私を知ってる人がいてーーという」
「うわぁ。それはまた不運というか何というか」
この時代どこから個人情報が漏れるか分からないけど、これに関しては亜梨子ちゃんにはなにも落ち度もないし写真をアップした女の人にしてもそんなつもりはなかっただろう。悪いとしたら騒いでたネット掲示板の住人くらいだ。
「原因になってしまった娘もかなり気を病んでしまって。でもうちの学校は女の子しかいないしセキュリティも固いので、不自由なく生活は出来てるんですけど……たま~においたをして警備員さんお世話になる方もいますね」
「おいた、ですか」
亜梨子ちゃんはぼかしたけど、その中には月の民もいるんだろうなぁ。
まったく耳の痛い話だ。推しとはきちんと距離感を保ってファン活をするべきで、それを守れないならファンなんて名乗るべきじゃない。
……ふと思ったけど、僕の立場ってめちゃくちゃファンとしてアウトだよね。
「それにしても今日はちょっと寄り道して正解でした。こんなところで秋良くんと会えるだなんて」
「僕もびっくりですよ、いきなり後ろから声かけてくるし名前知ってるから誰だろうって思ったら亜梨子ちゃんで」
「うふふ。実は街中で秋良くんに後ろ姿が似てるなーって気になって、後を付けてたんですよ」
「え。……ちなみに、それって一体いつから」
「えっとたしかー、駅前のバス停前からでしたっけ?」
亜梨子ちゃんは可愛らしく小首を傾げてたけど、それはそれでちょっと話が変わって来るっていうか。
駅前からデパートまでってそこそこ歩いたはずなんだけど。その間中ずーっと亜梨子ちゃん僕の後ろにいたのかぁ。
後ろ姿が僕に似てるって理由だけで?
しかも目的地も違うっぽいのに?
「へ、へぇー。ち、ちなみに僕参考書買いに来たんですけど亜梨子ちゃんは何しに本町まで?」
そのことには深く触れない方がいい気がして話題を変えた。
「私ですか? 私は最近レッスンが多いので、新しいレッスンウェアでも見ようかと思って」
「それってもしかしてサマーライブのですか」
「そうですそうです、本番までもう一月切っちゃいましたからレッスンも本格的になって毎日大変で。でもハレちゃんもひかりちゃんも一層やる気いっぱいなので、私も負けてられませんっ」
むんっ、と両手を握りしめて見せる亜梨子ちゃんは(何その仕草可愛すぎない?)、何かを思い出したのか小さく「あっ」と呟いた。
「そういえば……秋良くんは私たちのライブ観に来てくれますか?」
うっ、それを聞いちゃいますか。
頬を染めて上目遣いの亜梨子ちゃんは反則級に可愛い。でもそんな期待に満ちた眼差しで見ないで欲しい。抽選に敗れた惨めな敗北者の僕なんか。
「それが行きたかったんですけど、実はチケット落選しちゃって。今回はそのー……ライビュ参戦になりそう、みたいな」
「そう、なんですか……」
恐る恐る正直に答えると、亜梨子ちゃんは顔を俯かせてしまった。
や、やばい落ち込ませちゃった!?
「あ、やっ、でも現地民に負けないくらいの声で応援しますよ! 亜梨子ちゃんのソロパートは全部コール覚えてるんで! ブルームーンハーモニーもドラマチックマルカートもRE=UNIONも完コピしてますし、だからそのぅ……」
冷静に考えればライビュ会場のスクリーンにいくら叫んだって亜梨子ちゃんに届くことはない、何なら爆音OKの会場でもなければ厄介認定待ったなしだ。
それでも落ち込んだ様子の推しに掛ける言葉が見付からない僕は必死にライブに賭ける熱量は現地民にも劣らないところをアピールしていたのだけど、どうやらただの杞憂だったみたい。
顔を上げた彼女の表情は別に曇っているわけでもなく、考え事でもしていただけらしい。
「ーー秋良くん。これは他言しないで欲しい話なんですけど」
「は、はいっ」
なんだろう?
真剣な話っぽいのは亜梨子ちゃんの雰囲気で分かる。
「実は私たちトレミーのメンバーは関係者特権で、家族やお友達用に招待席のチケットを戴いているんです。ただ部外者に無償でチケットを配るのは正規手段でチケットを購入されたファンの方に申し訳ないという声もあって、家族以外はお仕事関係の方を呼ぶのが一般的ではあるんですけど」
「はぁ」
「でもプライベートのお友達を呼ぶことも禁止されてるわけじゃないんです。ひかりちゃんも学校のお友達を呼んだって言ってましたし。なので、」
そこで一度言葉を切った亜梨子ちゃんは、自分のバッグを漁ると何かを取り出してテーブルの上に置いた。それは千円札と同じくらいのサイズの長方形の紙切れだった。
「これって、」
「秋良くんが良ければ私がサマーライブに招待しますけど……どうしますか?」
喉から手が出るほど欲しかったサマーライブのチケット。
奇しくもさっきまで僕が頼もうか悩んでいた内容と同じことを、亜梨子ちゃんの方から切り出してくれるなんて願ってもなかった。
その肝心のチケットが、僕のための一枚限りだったってことを除けば。
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