第28話 当落と突然の再会
「「神様仏様お願いします! どうか当たっていますようにっ!!」」
月日が流れるのは早いもので、気づけば7月に入り季節はもうすっかり夏になっていた。
夏休みを目前に控えたある日の放課後、窓の外はうだるような暑さで蝉の大合唱が響く中、僕は今日も今日とて漫研の部室にいる。
他にはえびすさん、計良先輩、北先輩と幽霊部員を除いた漫研メンバーが勢揃いだ。
計良先輩が『こぬかあめ』として夏コミに出すキリンジ本の進捗状況がギリギリらしくて、ここ数日は皆でその手伝いをしていた。
僕には絵心は無いから雑用がメインだけど、やはり数は力とはよく言ったもので順調に作業は進んで、ようやく脱稿も見えてきた。
今は根を詰めすぎても良くないからと皆で机を囲んで休憩中。クーラーがキンキンに効いた部屋の中で北先輩の淹れてくれた温かい紅茶をいただくのは中々に乙なものがある。
ついでに丁度今日の大事な要件までもうすぐという頃合いだったので、えびすさんと二人で机の上にスマホを置いてお祈りを捧げていると、頭にハテナマークを浮かべた計良先輩が声をかけてきた。
「えっと、ふたりともなにさっきから変なことしてるの? ……はっ! もしかして危ない宗教にハマっちゃったとか!?」
はたから見たらもっともだ。だけど僕らが神頼みしているのにはそれなりに理由がある。
「違いますよ。トレミーのサマーライブの当落が今日なんで、ちょっとした願掛けというか」
「わたしも秋良もあんまり枚数積めなかったんで」
8月の半ばに開催されるトレミーの3rdライブ、その当落発表が今日の17時に行われる。僕とえびすさんはその結果を知らせるメールを待っているのだ。
2ndアルバムにライブの申し込み券が封入されてたんだけど、高校生の僕らではアルバムを何枚も積めたもんじゃない。
しかもどんどん人気が上がってきているトレミーのライブは箱を大きくしても追いついていないのが現状で、金に物を言わせられない僕らに残された最後の手段といったら神頼みくらいのものだった。
「ああ~そういえば言ってたねぇ。そっかあライブかー……あれ、でもライブの日程ってたしかコミマと被らないっけ。大丈夫?」
「コミマの日程自体とは被りますけど先輩二日目ですよね。サマーライブは三日目なんで」
「なら平気かー。ちょっと焦っちゃったよー、流石に推しのライブ行く予定キャンセルしてこっち手伝えーなんて酷いこと言えないし」
「あははは。……まぁ、そもそも当たるか分かんないんですけどね」
今回僕は二枚しか積めてない。2ndライブよりかなりキャパが広い会場になったとはいえ期待値はどのくらいだろう。正直に言うと期待よりは不安の方が大きい。
現地ならではの生の空気感には負けるけどライブ自体はライブビューイングもやってくれるみたいだし、映画館なら冷房も効いてて現地より快適だから考えようによっちゃーーなんて結果が出る前から外れた時のこと想定を考えていたら、えびすさんにがしっと肩を掴まれた。
「弱気になるな秋良! 絶対に当たるっ、そう信じてなきゃやる前から負けだぞ!」
「えびすさん?」
「二人でアリーナからハレちゃんと亜梨子ちゃんとひかりちゃんの勇姿を見届けるんだろ!! あれ嘘だったのか!?」
はっ……そうだ、そうじゃないか。
えびすさんと知り合ってから初めて一緒に参加出来るかもしれないトレミーのライブ。せっかくなら揃って現地参加しようって前々から話し合ってたのに。
始めから最悪ライブビューイングがあるからいいかーなんて後ろ向きに考えていてどうする。可能性はあるんだから諦めるのはまだ早い。
「ごめんえびすさん、僕ちょっと弱気になってたかも知んない。当たるったら当たるっ、そうだよね!」
「おおっ、そうだ秋良その意気だ! 諦めたらそこで試合終了だぞ!」
ライブのチケットの当落一つで熱血アニメのワンシーンみたいなやり取りをしている僕たちを横目に、紅茶の入ったカップを片手に計良先輩がしみじみと呟く。
「おーおー、青春だねぇ。私らみたいな年寄りには眩しいよぉ」
「………………(首を縦に振る)」
いやいや、すっかり隠居した老夫婦みたいな雰囲気漂わせてるけど先輩たちもまだ10代でしょ。
そんなことをしていたら待ちに待った17時になった。順次メール送信だから時間通り一斉にというわけではないみたいで、暫く待っているとマナーモードにしていたスマホが振動する。
「おっ、来た。来たぞ!」
「僕も。宛名dプラスになってる」
送り先はこの手のイベントごとでお世話になるチケット販売サイト。件名は「抽選結果のご案内」。間違いないみたいだ。
「秋良もう見たか?」
「まだ。どうせだからいっせーのーでで一緒に見ようよ。えびすさん合わせてね」
「おし、おっけ」
「すー……はー……よしっ。じゃあ行くよ? いっせーのー、でっ!」
掛け声と同時にままよとメールフォルダを開く。
ありきたりな定型文の挨拶から始まるメールを下へ下へとスワイプしていくとそこにはーー
【新戸秋良様。dプラスをご利用いただきまして誠にありがとうございます。
下記申し込みにつきましては、厳選なる抽選の結果、チケットをご用意することができませんでした。
[申し込み内容]
Tolemy 3rdLive「summer star memory」
[会場]
××県××市、星見スーパーアリーナ
[公演日時]
2021/8/16(月) 18:30開演~
またのご利用をお待ちしております】
………………
…………
……
…
「えびすさんどうだった?」
「そういう秋良は?」
「……はずれ」
「……わたしも」
結果は仲良く爆死。積んだ枚数が枚数だしそうなっても不思議じゃないんだけどやっぱり落ち込む。
その後は手伝いどころじゃないくらい二人して気落ちしてしまって、気を遣ってくれた計良先輩に促されて早めに帰ることにした。
先輩の目はやたら生暖かいというか慈愛に満ちていたけど、もしかして先輩もこういう経験を積んで来たんだろうか。学校だけでなくオタクとしても先輩らしい。
***
「そだ。僕本町に寄って帰るけど、えびすさんもどう?」
仲睦まじい計良先輩と北先輩に見送られて部室を後にした僕らはバス停にいた。
たまに利用している本町の本屋に参考書を買いに行く用事があったからえびすさんも誘ったんだけど、彼女はどうやら都合が悪いらしい。
「悪ぃ、行きたいのは山々だけど親父に店の手伝い頼まれてんだよ。小遣い弾んでくれるらしいし、ほら夏は入り用だろ? それでさ」
「そっか。それじゃあ仕方ないね」
誘ってくれたのにごめんなーと謝ってきたえびすさんと別れて、僕は一人で本町行きのバスに揺られることになった。
車内には他に乗客が少なくて、最後部の広々とした席を独り占めして少し優越感に浸る。
車窓の外の風景をぼんやりと見ながらも考えていたのは別れ際に元気なく笑っていたえびすさんの姿だ。
ライブにはたくさんの人が行きたくて、でも全員は行けないから抽選をするしかなくて。
そこまではいいけどそれを商売に盛り込んで、抽選で当たりたければ何枚も円盤を
だからって何か変えることなんて出来るわけもなくて、運が足りなかったって自分を納得させるしかない。
仕方ないし今回はえびすさんとライブビューイングで我慢ーー
(いや、待てよ?)
その時、ふと頭の片隅で閃くものがあった。
何を隠そうトレミーのメンバーの一人である月城亜梨子は僕の友だちだ。まあ実際は単に友だちってだけじゃなくもっと複雑な関係なのだけど。
ともかく、関係者の亜梨子ちゃんにお願いすればチケットを分けてもらったりとか出来るのでは?
でもそれ人としてどうなんだろ。
出演者には家族や友達を招待できるチケットが渡されるって聞いたことがあるけど、本人から誘われたわけでもないのに催促するって図々し過ぎる。仮に僕なら友達付き合いをちょっと考えようと思うくらいには。
……なら、ちゃんとした理由があった場合はどうだ。
亜梨子ちゃんが中間テストでいい点を獲ったらくれるって言ってたご褒美。
勉強の成果もあって無事にご褒美の権利はゲットしたけど、すぐに思い付かなかったから亜梨子ちゃんには待ってもらってる。それを使ってお願いすれば、いやでもなそっちも問題があるな。
そうこうしている内にバスが本町に到着したので降りた。馴染みの本屋の入っているデパートを目指しながら、道すがらさっきの続きを考える。
確かに僕がお願いすれば亜梨子ちゃんのことだしチケットを都合してくれるかも知れない。
だけど、それっていち月城亜梨子のファンとしてどうなんだろうか。ファンと友達の境界を曖昧にしちゃってるっていうか、いくら親しいからこうこうのはちゃんと自分の力でしたいって意地もある。
僕一人なら残念ではあるけどライブビューイングでも我慢は出来るし。ただ、えびすさんはそうじゃないかも知れない。
だからえびすさんのために頼もうかと思ったんだけど、そのえびすさんと亜梨子ちゃんはーーこう言うと浮気男みたいだけどーー僕を巡っての確執があるわけで。
えびすさんは僕の親友という立場に収まってメンタルが安定してきた感じがするけど、亜梨子ちゃんは違うみたいだ。
えびすさんと遊びに行った日の夜は空が明けるまで長電話で
そんな亜梨子ちゃんにえびすさんと一緒にライブ行きたいのでチケットお願いしまーすって言うのはデリカシー無さ過ぎるし、じゃあえびすさんの名前を隠してお願いするのもこれはこれで亜梨子ちゃんに不誠実なような。
「八方ふさがりだなぁこれじゃ」
デパートの回転扉に手を掛けて中に入ろうとした時に、思わず口を付いて出てしまった心のぼやき。
その独り言に反応するように後ろから声がした。
「あれ、もしかして秋良くんですか?」
まさか聞かれてたとは。しかも名前で呼んだってことは僕を知っているらしい。
ていうかこの声って凄く聴き馴染みがあるような。
パッと声のした方に振り向くと、そこにはタイミングが良いのか悪いのか、僕が思い悩んでいた内の一人が立っていた。
「わぁ! 本当に秋良くんだ。後ろ姿でなんとなーくそんな気はしてたんですけど」
お嬢様っぽい雰囲気の白いブラウスに、一見するとスカートのようにふんわり裾の広がったパンツスタイル。全体的に涼し気で少し露出が多く、上品な色気と清楚が同居している。
いつぞやは変装用のトレーナーにズボンという着ぶくれしたスタイルだったから、亜梨子ちゃんのちゃんとした私服を見るのはこれが初めてだ。
それに毎日のようにメッセージアプリでやり取りはしてるけど、こうして実際に顔を合わせるのはもう一か月近くぶりになる。
まさかこんな所で会うなんて。お洒落な装いに見惚れるやら驚くやらで、ようやく遅れて言葉が口から出て来た。
「亜梨子ちゃん……?」
「はいっ、私です。えへへ、びっくりしましたか?」
久しぶりに目の前に現れた
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