第27話 コスプレしたい?したくない?
だんだん恒例になりつつある気もするけどTVアニメ『キリンジ』とはどんな作品なのか触りを紹介すると。
舞台となるのは近未来の架空の日本。人類の突然変異種であるキリンジと呼ばれる人間の命を代償として異能力を行使する超能力者達の登場により、世界は混沌とした時代が訪れていた。
主人公である救世青刺郎は新人警官としてキリンジが引き起こした立てこもり事件に関わることになり、人質を守る為に自殺する。その際に死者を蘇生する異能を発現して復活し自身もまたキリンジであったことを知るのだった。
そしてキリンジとして覚醒した青刺郎に大きな影響を与えることになる三人の人物。
青刺郎を仲間へと誘うヒロイン、『天使マリア』率いるキリンジで構成された革命家集団〈イエスマン〉。
破壊衝動のままに暴力の限りを尽す男、『荒暮獅子春』が頭を張るギャング集団〈ブラッド・カンパニー〉。
そして民衆を守る為に行動している青刺郎をも危険人物として処分しようとする国家機関と、その尖兵である元は死刑囚でありながら司法取引に応じて出獄しキリンジ狩りを行う最悪最凶のキリンジ、『穢宮落人』。
それぞれの思惑が交錯する超能力クライムサスペンスここに開幕ーー。
というのが成年誌で連載されている同名漫画を原作として映像化したアニメ作品、キリンジだ。ちなみに今の説明はアニメ化決定のPVを文字起こししたやつ。
設定からして刺激の強い要素が多いのは見て分かると思うけど、地上波で放送するにあたってTV局への苦情が相次いだりだとかとかく盤外でのエピソードが多いのが本作だ。
けど今問題なのはそこじゃあない。
このアニメ、というか原作漫画は女性作家さんが描いていて耽美な絵柄が持ち味の一つだ。登場するのは美少年・美少女キャラクターばかり。
そのせいかハードボイルドな作風のわりに計良先輩のように女性ファンも多い。ただ耽美系と中二病ってセットになりやすいんだよね……。
つまりどういうことかと言うと、キリンジに登場するキャラクターの服装って軒並み中二病全開なのだ。
例えば主人公の青刺郎が〈イエスマン〉に加入した後の制服は全身黒一色の軍服風で顔の下半分を隠すゴテゴテ装飾された銀色のマスクだし、ヒロインのマリアも同様に黒一色の胸元が大きく露出し深くスリットの入った扇情的なドレス姿。
そして極めつけに二人とも組織のトレードマークである逆十字の意匠がそこかしこに盛り込まれていて、まさしく中二病の化身のよう格好。
そんな衣装を着ろと言われたらーー
「無理っ無理です!! 僕はぜったいコスプレとかしませんから!!」
しかも人前に出て接客するとか羞恥心で死ぬ。だからここは断固拒否、徹底抗戦の構えを取る僕だった。
「え〜? じゃあじゃあ多数決で決めようよ。この中でコスプレしたい人手ぇ挙げて、はいっ!」
「えぇっ、そんな急に。ずるっ!?」
ならばと計良先輩はコミマでコスプレするかどうかを多数決で決めようと提案して来た。
仕方ないので受けて立つことにした僕はもちろんコスプレ否定派。先輩は肯定派なのでまずは一対一。
そして大事な票田であるえびすさんはどちらなのかというとーー僕にとっては残念なことに肯定派だった。
「なー楽しそうだし一緒にコスプレしようぜ秋良、せっかく作ってくれるってんだしさぁ。それにお前なら絶対似合うから見てみたいし」
「そうだよ〜、カッコよくなった新戸くんなら青刺郎様コス着こなせるからやってみよ? それに湊ちゃんも見たいって言ってるんだぞー、友達の意思を無視するのかねチミはー!」
「ぐぬぬ……そっちが多数派だからって……そうだっ! 北先輩、北先輩はコスプレとか嫌ですよね!?」
部室にいるのは
「あーっ! 人の彼氏になにを吹き込もうとしてるのさー!」
「こちとら命が懸かってるんですよ精神的に。生き延びる為ならなんだってやりますよなんだってね! どうなんですか北先輩っ、彼女だからって遠慮しないで言う時は言った方が良いと思いますよ!?」
「秋良お前、必死過ぎだろ」
いやそりゃあ必死にもなるって。
えびすさんは普段から露出度高めの着こなしだしマリアのコスプレは一見シンプルな黒いドレスだから抵抗感ないかもだけど、こっちは中二病全開衣装なんだ。
それに僕は元々陰キャオタク、人前に出るのは苦手。見た目が変わったところで肝心の中身は早々変わるもんじゃない。
僕は絶対に青刺郎のコスプレなんてしないもんねっ!!!
「むむむー強情な。こうなったら北くん! 新戸くんに現実を見せちゃいなさい!
ノリノリで悪役みたいなことを言い出す計良先輩。
でも実際北先輩は計良先輩の彼氏なわけで、普通に考えて部員でもなく絡みの薄い下級生よりは可愛い彼女の肩を持つのが自然だ。このままだと僕に勝ち目なんて無い。状況は圧倒的に不利。
まあ
「………………」
「あ、あれー? 北くーん? どうしたの、だんまりしてないでよ北くんってばー!」
計良先輩が目の前でぴょんぴょん飛び跳ねてアピールしても北先輩は黙ったまま静止している。その顔はいつもの無表情のままに見えて、少しだけ戸惑っているようにも思えま。
フフフ、そうでしょうそうでしょうとも。
計良先輩は北先輩とも別のコスプレをするって言ってたけどキリンジのキャラクターのコスプレには違いないだろう。そしてキリンジは耽美系のキャラばかり。
こう言っては失礼だけど縦にも横にも大きく厳つい顔立ちの北先輩が耽美系のコスプレをして似合っている姿は僕にはちょっと思い付かない。
北先輩にもその自覚があるんだろう。だから可愛い彼女のお願いでも即答出来ずに悩んでしまっている。
これなら上手くすれば説得出来きるかも。
「今まで辛かったんですよね北先輩……でも大丈夫です、まずは勇気を出して声を上げましょう。立ち上がらなければ何も現実変わりません! ここで戦って人としての権利を勝ち取るんです!」
「それってさ、前に秋良がわたしにおすすめして来たアニメの台詞でなかった?」
しゃらっぷ、えびすさん。
今は男と男の大事な会話の最中だから。……たしかにお気に入りアニメの台詞を丸コピしたけども。会話と言いつつ北先輩は黙ったままだけども!
「さあ北先輩! 僕と一緒にコスプレを強制してくる悪の勢力と戦いましょう! 僕たちの平穏な生活のために!」
「………………!」
「だーれが悪の勢力ですってー! 新戸くんにたぶらかされないよね北くん? もし新戸くんの肩持つなら……北くんのこと嫌いになっちゃうんだから!!」
「………………!?」
「なんなんだこれ」
一人ノリから取り残されたえびすさんは呆れていたけど、僕と計良先輩には構う余裕はない。
僕は自分の尊厳のために、計良先輩は勝負の結果よりも恋人との信頼関係のために負けられない戦いがここにはあるのだ。
板挟みにされた北先輩は付き合いの浅い僕でも分かるくらい狼狽していた。
ダラダラと冷や汗を流して僕と計良先輩の間で何度も視線をさ迷わせていたのだけど、やがて片方に歩を進める。
「やったぁ! これで二対二だ!」
「そんなっ、北くん!?」
僕からは歓声が計良先輩からは悲鳴が上がる中、北先輩が選んだのはこちらだった。
いやいや、すみませんねぇ計良先輩。尊敬するこぬかあめ先生相手とはいえこの件に関しては僕も一歩も引くつもりはないので。
北先輩が付いてくれたなら状況は五分。恋人である計良先輩を北先輩に説得してもらえば少なくとも負けはあるまい。
あやうく中二病全開のコスプレ衣装を大衆の面前で披露するハメになるところだったけど、神様は僕を見捨てていなかった。ありがとうありがとう。
勝利を確信した僕は両手を広げて北先輩を歓迎して、
「ようこそです北先輩! 僕と一緒に二人と戦いましーー」
「………………。」
しかし北先輩は僕の肩に手を置くと、首をふるふると横に振った。まるで何かを謝るみたいに。え、なんで?
そして踵を返して今度は計良先輩の元に足を向けると、大柄な北先輩と比べると子供のような彼女の頭に大きな掌を乗せて壊れ物でも扱うように撫でる。
「北くん?」
「………………!」
「……そっか、そうだよねぇ。北くんが私のこと見捨てるはずないもんね!」
え、え、何それは。北先輩こっち派だったんじゃないの?
呆気に取られる僕の視線に気付いたのか、北先輩はじっとこっちを見返して頷いた。先輩の目には何か悟りを開いたような諦観の色が映っていて、不思議と言葉にもしていないのに先輩が何を言いたいのか伝わってくるみたいだ。
諦めろ、男は女に勝てない。
僕の意訳だから北先輩が本当にそう言ってるわけではないんだけど、ただ大まかな意味に関しては北先輩語検定においては僕よりも長じているえびすさんからしても合っていたようで。
「だってさ。ドンマイだな秋良ー、観念してわたしと一緒にコスプレしようぜ♪」
「そんなぁー……」
嬉しそうに肩を組んでくるえびすさんになされるがまま、三対一で負けが確定した僕は夏コミでコスプレをすることが決定したのだった。
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