第25話 計良先輩と北先輩
「にしても何の用なんだろうね、計良先輩」
「さあなー、秋良一人なら勧誘かなって思ったけど。うち部員少ないし。でもわたしも一緒ってことは違うだろうし」
「名前貸しくらいなら協力してもいいけどね。計良先輩には前お世話になったから」
「マジぃ!? なら入れ入れっ、このままじゃ来年には部員わたし一人になっちまう」
「考えとくけど……でもえびすさんが部長になったら、来年は入部希望者大量にいそうだけどな」
「は? なんでだよ?」
そりゃえびすさんみたいなスタイル良い超美人が部長なら部員なんて入れ食いでしょうよ。下心からなのは言うまでもないけど。
実際、今年の漫研もえびすさん目当ての入部希望者が後を断たなかったらしいし。計良先輩がこっそり全員お断りしたって前に言ってた気がする。
そんな話をしながら放課後の廊下を歩いていく。行き先は文化部棟。
歩き慣れてきた道のりを辿って着いたのは目的地である漫研の部室だ。
「一年の湊です。失礼しまーす!」
「し、失礼します!」
いつもなら勝手知ったる様子で入室するえびすさんだけど、今日はちゃんと挨拶をしてから部室のドアを開けた。
真似して続くと、何度目かになる漫研の部室はいつにも増して狭く感じる。僕ら以外にも中に人がいたからだ。
「あーごめんねぇ湊ちゃん、それに新戸くんも。ちょーっと今手が離せないからその辺で待ってて貰えるかな」
その内の一人、今日僕らを呼びつけた張本人である漫研部部長の計良先輩は絶賛作業中みたいだ。うず高く積まれたスケッチブックやラフ画の山の隙間から彼女の特徴的なアホ毛だけがチラリと見える。
「了解っす。修羅場ですか?」
「んーん。ただちょっと早めにやっつけておきたいのがあってねー。あ、北くんごめーん、ふたりにお茶出してあげてくれるー?」
紙束の山の向こうで計良先輩がそうお願いすると、部室の隅に鎮座していた室内が狭く感じる
「………………」
相変わらず、デカイ。
北先輩は計良先輩と同じ三年生だ。古めかしい表現だけど厳のような人でその身長は男子の中では上背な僕よりもさらに頭一つ分以上高い。さらに横幅もあるからまさしく巨人という言葉がぴったりだ。
一本踏み出すだけでズシンと音がしそうな巨体の北先輩が、その見た目に合わない可愛らしいカップとポットを手にお茶を注いでいる姿はなんともシュールだった。
「あざっす北先輩。相変わらずお茶淹れるの上手いっすね、いい香りー」
「あ、ありがとうございます……」
「………………」
無言のまま紅茶が注がれたカップをふたつ差し出してきた北先輩に礼を言って受け取る。
お茶の良し悪しなんて分からないけど、たしかに良い香りがするな。ズッと啜ってみると紅茶特有の気障ったらしい癖を感じなくて飲みやすい。
これはそういう銘柄だからか、それともえびすさんが言うように北先輩がお茶を淹れるのが上手いのか、それとも両方なのか。
「計良先輩計良先輩、わたしも見ていいっすかー」
「ん? いいよー、おいでおいでー」
ついつい舌先に感じる紅茶の風味に心を奪われていると、座って待っているのが退屈だったのかえびすさんは計良先輩の方に行ってしまった。
僕も見たーい、と言いたいところだけど狭い部室内には三人並べそうなスペースはなくて、ここで大人しくしているしかないみたいだ。
そうなるとつまりあっちは計良先輩とえびすさんの二人、こっちは僕と北先輩の二人になるんだけどーー
「……あの、北先輩ってお茶とか習ってたりしたんですか?」
「………………」
「あ、あははは自己流だったりとかするんですかね、すっごく美味しかったんで」
「………………」
「な、なんか煎れ方にコツとかってあったり……」
「………………」
「えっと……」
会話ミッション、失敗。
(めっちゃ気まずいんですけど!?)
北先輩って無口すぎるんだよなぁ、しかも無表情だから何考えてるか分かんないし。
幸いと言ったらいいのかは分からないけど誰に対しても
こちとら陰キャだし別段人と積極的に話し掛けたいわけでもないけど、二個も年上の先輩と一緒にいるのに黙ったままでいるのは失礼かなーと気くらいは遣う。
その後も北先輩から返事は一切無いまま、独り言と大差ない会話(?)をすること十数分。
ただでさえ低い僕のコミュ力に加えて話が広がらないとあっては話題もとうに尽き、気まずい空気が漂う中ようやく待ち人の作業は終わったようだ。
「よぅしこれでかんせー!」
「おおっ、さっすが計良先輩すっげぇ!」
「えへへー褒めても何も出ないよー。あっと、ごめんね新戸くん待たせちゃって」
「いえ全然待ってないですよ」
というのは嘘だ。正直めちゃくちゃ待ってたし助かった。
この短い間で僕のとっておきトーク集が全て壊滅して自身を喪失してるとこだったし。
「北くんもちゃんと新戸くんのお相手してたー?」
机に積まれた紙束の向こうからとてとてと現れた計良先輩は、巨人みたいな北先輩とは対照的に小人かなと思うくらい小さい。横に立ったらスケール感で半分くらいしかなさそう、というのは少し大げさな感想としても実測で140センチあるかないか。
顔立ちは可愛らしく童顔でぴょこんと生えたアホ毛がよく似合い、とてもじゃないが高校三年生には見えない彼女だけどただ子供っぽいだけかと言うとそれは少し違う。
出るところは平均値以上に出ているし、出なくていいところも少し。けど太っているというよりも『むっちりしている』という表現の方が合うかも。
男好きしそうなエロ漫画の住人的ロリ巨乳、それが計良先輩だった。
その小さな身長からは考えられないほど頼もしい計良先輩は中々の苦労人でもある。
計良先輩が入部した時の漫研は男女比がだいぶ男の方に傾いていて、そこに計良先輩のような可愛らしい女の子が入って来たものだから本人の意識とは関係なくサークルの姫的存在になってしまったのだとか。
モテないオタク男子の目の前に理想のオタク女子が現れればさもありなん。
そんな歪な形になってしまった漫研は、彼女が部員の一人とお付き合いをはじめたことがきっかけで崩壊する。これまた計良先輩が狙ってやったわけじゃないんだけど結果的にサークルクラッシャーになってしまって部員の多くが辞めるか幽霊部員と化し、結果活動人数が大きく減った漫研は今の狭い部室に移転となったという逸話があった。
全部えびすさんがとある筋から聞いたという話の又聞きになるけど。
そんな彼女はとても面倒見の良い人であのえびすさんも素直に慕っているし、僕も以前に助けて貰ったことのある恩人だ。
ちなみにだけど計良先輩が付き合っているお相手というのが、
「………………」
「うん、うん。そっか楽しかったんだ。新戸くんと仲良くなれそう? うふふ、良かったね北くん」
何を隠そう、北先輩だったりする。
どう見てもあれ北先輩の口は動いてるように見えないんだけど、どうやって会話してるんだろ。ていうか北先輩楽しんでくれてたのか、てっきり不機嫌なのかとばっかり思ってた。
それはそれとして戻ってきたえびすさんを捕まえると僕は声を潜めて抗議した。
「ちょっとえびすさん、助けてくれるんじゃなかったの。知ってるでしょ僕がその……北先輩のこと苦手だって」
あまり陰口みたいなのは好きじゃないけど、苦手なものは苦手なのだ。人間だもの。
えびすさんはバツが悪そうに頭を掻いて謝りながらも、どうやら彼女なりに思惑があったようだ。
「悪ぃ悪ぃ。でもさ、北先輩ってたしかに無口だし見た目は恐ぇかもだけど……良い人なんだよ」
「……別に悪い人だって僕も思ってるわけじゃないよ。でもさっき一言も話してくれなかったし」
「ははは、あの人めっちゃ恥ずかしがり屋だからな。秋良にはまだ慣れてないんだよ。でもほら見てみろよ」
えびすさんが指を差した先では笑顔で話しかける計良先輩と、黙ったままの北先輩というさっきと変わらない光景があった。
あれがどうしたって……あれ?
よく見るとほんの微か、数センチにも満たないくらいだけど計良先輩が話しかける度に北先輩の頭がほんの少しだけ動いている、ような。
もしかしてあれは相槌を打っているつもりなのか?
「な? 分かりづらいし下手くそもいいとこだけど、あの人なりにコミュニケーション取ろうと頑張ってんだよ。計良先輩相手だけじゃなくてわたしらにもな」
そう言われてみれば……たしかに無表情だし無言のままだったけど僕が話しかけた時も北先輩は相槌を打っていた気がする。
僕の気のせいかも知れないけど、計良先輩が言っていたように僕の話を楽しんでくれていたならもしかして。
「北先輩がさ、誤解されやすい人なのは分かるんだよ。けど外面だけで判断して欲しくねぇんだ。……わたしのこと色眼鏡で見なかった秋良には特に、さ」
「えびすさん……」
えびすさんは元ヤンだ。ヤンキーから足を洗った後も言動は男勝りだし髪色といい制服の着こなしといい見ての通りド派手で、そりゃあ色眼鏡で見られるのも仕方ない。
本人も承知の上でそういう言葉遣いやファンションをしてるんだろうけど、それでもやっぱり心のどこかでは素の自分を分かって欲しいという思いがあるんだろう。
そんな自分と不器用な北先輩を彼女は重ねて見ているのかも知れない。
えびすさんは強くて格好いい。
でも年頃の繊細な少女らしい顔を持っているのを僕はちゃんと分かっているつもりだ。
(そっ、か……そうだよね)
北先輩もえびすさんと同じように見た目と中身は違うんだ。きっと他人から見た僕もそうなように。
そう考えたら無口で大柄で無表情で何を考えているのかさっぱり分からない先輩が、少し身近な存在に思えて苦手意識が薄れてきた。
「そうだね。ちゃんと向き合ってみようと思う。……すぐには難しいかもだけど」
僕がそう言うと、えびすさんはまるで自分のことのようにパッと顔を綻ばせて喜んだ。
「うん、うん! なんか嬉しいな、わたしも手伝うよ!」
ところで僕らがそんな会話をしていたなんて知らない計良先輩は実に不思議そうな顔でこっちを見ていたのだけど、その時はじめて僕は北先輩の顔にうっすらと疑問の表情が浮かんでいるのが分かった気がした。
「ふたり共どうしたんだろー。ねー北くん?」
「………………?」
ま、相変わらず無口なままだったけどさ。
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