夏コミ編

第24話 親友との距離感(物理)

 

「それで綾瀬たちがめっちゃ機嫌悪くてさ。白河が頑張って盛り上げようとしてたけど空気お通夜よお通夜」


「うわぁ、そりゃ災難だったね」


「……新戸がそれ言うか?」


「なんでさ」


「お前がクラス会来なかったからだろ、綾瀬たちがキレ気味だったの。俺の恨みをくらえー」


「痛い痛い、そんなこと言われたって僕用事あるってちゃんと断ったじゃん」


 昼休みの教室。すっかりいつもの風景になりつつあるけど、今日も羽入くんと机をくっ付けてだべっている。

 金曜の中間テストから二日間の休日を挟んだ午前の授業では、採点の終わったテストが返却され始めていて我がクラスは悲喜こもごもといった様子だった。

 僕はというと今のところ自己採点から大きいズレもなく目標の全教科平均点以上は無事に達成出来そうだ。羽入くんも手応え通りの結果みたいで、まだ全教科が返却されたわけじゃないけど夏休みに待ち受ける補習と追試のアンハッピーセットからは揃って縁遠そう。


 もっとも中にはテスト結果なんて全く気にも止めていない剛の者もいたりする。

 例えば、


「でも綾瀬たちが新戸に気があるのは流石に気付いてんだろ」


「……そりゃあ、何となくは。でも僕綾瀬さんは四月からのことがあって苦手だからさ」


「んぐんくんくっ、んむっ、むぐっ……ふぅ。なぁ秋良、綾瀬って誰だ?」


 いま僕と羽入くんの会話に口を挟んで来た、ハムスターよろしくおにぎりを頬張っていたえびすさんとか。

 なんで彼女がここにいるかと言うと昼休みになった直後に教室に押しかけてきたからだ。

 ちなみに気になるテストの点数は地雷原をタップダンスしているレベルで赤点スレスレだったけど本人は平然そのもの。えびすさんの夏休みの残り日数がめっちゃ気になる。


「誰ってほら、二週間くらい前に僕に絡んでたとこをえびすさんがガン付けた人いたでしょ。あの人だよ」


「? そんなやついたっけ?」


「覚えてないんだ……」


 綾瀬さんの方はえびすさんに目を付けられたと思い込んでる節があるのに。今だってえびすさんが教室に入って来た途端にそそくさ出てったし。

 なのに当の本人は記憶の片隅にも残ってないあたり、現実って意外とそんなもんだよな。


「あれっすよ、湊さんが今座ってる席の持ち主が綾瀬っす」


「えっ。そうだったのか、椅子借りちゃったし今度お礼がてら挨拶しとくかな」


「あーそれは止めといたほうが、本人ビビり散らかしてたんで。湊さん普通にしてるだけで覇気出てるから常人にはキツイっすよ」


「……羽入。お前わたしを何だと思ってんだ、そんな人を化け物みたいに」


「そりゃー北中の生きた伝説っすから。なんたって『紅夜叉』と言えばーーあ痛ったァァ!!」


「それを秋良の前で言うな馬鹿 っ!!」


 証拠隠滅図ろうとしてるとこ残念だけど、それもう羽入くんに聞いて知ってるんだよなぁ。

 にしてもこの二人、まともに会話するのは今日が初めてらしいけどびっくりするくらい息が合ってる。

 えびすさんは元ヤンだけど陽キャ寄りだし、羽入くんもオタク趣味を隠して陽キャグループに属していた猛者だ。コミュ力の高さは二人とも元陰キャぼっちの僕とは比べるまでもない。

 しかも互いにオタクで成金勇者のミュー好きなロリコンという共通点まであってかあっという間に打ち解けていた。

 もっとも今のやり取りに関してはえびすさん的に触れて欲しくない過去らしく、羽入くんは手痛い勉強料を支払うハメになったけど。


「ところでさ、さっきからずっと気になってたんだけど。いいか?」


 涙目で首を擦っていた羽入くんが、ふと僕に訊ねてきた。


「どうかしたの?」


「いや、新戸と湊さんってあくまで友達ってことでいいんだよな? それにしては、その……分かるだろ」


 ……あ~、それを聞いちゃいますか。


「お前、おかしなことを言うな。わたしと秋良が友達かなんてだろ!」


 何を言ってるんだと心外そうにえびすさんは胸を張るけど、僕には羽入くんが言いたいことがよく分かった。なんならいま教室にいる誰もがそう思っていることだろう。……えびすさん以外は。

 なぜなら、


「だって二人とも距離感バグり過ぎじゃないっすか?」


 至極真っ当な羽入くんの疑問に、僕にピッタリと寄り添うようにして真隣に座っているえびすさんが可愛らしくこてんと首を傾けた。

 椅子と椅子は完全にくっ付いていて間がないので僕の肩にえびすさんの頭が乗る。それほどに近い距離感。

 クーラーの効いた教室の中だと、えびすさんの体温が制服の生地越しに伝わってくるくらいだ。


 誰がどう見たって普通の友達の距離感じゃあない。だけどそれを認めるわけにもいかない事情がこっちにはあるわけでして。


「わたしと秋良は親友なんだから普通だろこのくらい。なー、秋良ー?」


「ウン、ソウダネー。これくらいフツーだよフツー」


「はぁ!? いやいやいやいや、おかしいだろ! 正気かよ新戸!!?」


 土曜の一件からというもの、えびすさんは僕との間のパーソナルスペースを狭めていて、むしろそんなもの存在するのかというほどべったりになってしまった。

 これも自分の撒いた種なので好きにさせるしかない。というか、迂闊に止めようとするとえびすさんが嘘から目覚めてしまう可能性があるから何も言えないんだけど。


 都合が良いことに元ヤンってことで有名なえびすさんにビビってか普通は気付いても遠巻きに見てくるだけか、もしくは単純に恋人同士だと勘違いしている。

 だけど中には羽入くんのように違和感を覚えて直接口出ししてくる人もいるわけで。

 そんな時はどうする? そうだね、口封じだね。


「あのなぁよく聞けよ? 気付いてないのか知らんけどそんだけベタベタしてたらもう恋びーー」


「おっと羽入くん口に食べかすついてるじゃあないか。ダメだよー行儀悪いのはさ」


「もがっ!? 新戸おまっ、もがもがもがっ」


 ふう、危ない危ない。

 悪いね羽入くん。君と僕の仲とはいえ、えびすさんが勘づくようなことを言わせるわけにはいかないんだ。

 もがく羽入くんの口を塞ぐべく格闘していると、えびすさんが胡乱げな目を僕らに向けてきた。


「何してんだお前ら。ずいぶん楽しそうなことしてんな」


「ぶはっ、これのどこが楽しそうに見え、もがもがっ!?」


「羽入くんの口が汚れてたから拭いてあげてるだけだよ、気にしないで」


 そう言いつつえびすさんには見えない死角から羽入くんに片手を縦に立てて謝ると、彼は何か訳アリだと悟ってくれたようで大きく目を見開くと人差し指を一本立ててきた。


(貸し一つな)


(ごめん、ありがと)


 口で言う代わりに羽入くんに手のひらを向けて感謝する。いや羽入くんが察しが良くて本当に助かった。

 今後もこういうことはあるだろう。今みたいに僕が一緒の時ならフォロー出来るけど、えびすさんが僕以外の友達といる時はどうしようもない。

 遅かれ早かれ彼女に付いた嘘はバレる日が来る。それでも出来るならそれが一日でも伸びるのを祈るくらいは許して欲しい。

 いずれ向き合うことにはなるだろうけど、僕はまだこのモラトリアムみたいな曖昧な関係に甘えていたい。


 えびすさんは訝しげな様子だったけど八月に迫ったトレミーのサマーライブの話を振ったらどうにか誤魔化せた。話をしている内になんと羽入くんが星野ひかりのファンだったことが発覚して三人で盛り上がっていると、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。

 僕と羽入くんは選択科目も同じだから五限はこのまま教室授業。

 えびすさんはそもそもクラスが違うので借りていた綾瀬さんの席を元に戻して教師のドアをくぐろうとした時、なにか思い出したのかこっちに振り返った。


「やべっ忘れてた。秋良、今日の放課後って暇か?」


「とくに予定はないけど。どうかしたの」


「いや計良先輩がさ、わたしと秋良になんか用あるらしいんだよ。来れたら放課後に部室まで来て欲しいって」


 計良先輩というと漫画研究部の部長だ。僕の狭い交遊関係にギリギリ入る知人の一人。

 テストも終わったことだし部活もやってない僕は自由気ままな身の上だし、とくに断る理由もないな。


「りょーかい。放課後になったら部室行けばいい?」


「他の先輩がいると秋良一人じゃ入りづらいだろ。教室まで迎えに行くからわたしと一緒に行こうぜ」


 う゛っ、それを言われると……でも女の子にエスコートされるのはどうなんだろうか、男のプライド的に。それ以前に人として。


「それに今日は北先輩も来るみたいだし」


「それなら僕は教室でえびすさん待ってようかなっ!」


「ん。じゃあまた放課後なー」


 前言撤回。

 男のプライドなんてなんの役にも立ちはしないのだ、そんなものは犬にでも食わせておけばいい。

 掌を返した弱者男性の僕は、強者たるえびすさんの背中に隠れることをあっさりと決めた。北先輩ってちょっと苦手なんだよね。


 弁当箱片手にスカートを翻して教室を出ていくえびすさんの背を見送ってふと思った。

 同じ漫研だから計良先輩がえびすさんに用があるのは分かるけど、部外者の僕も一緒にってなんの用事なんだろう?

 

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