第22話 一世一代の嘘を君に捧ぐ
遡ること四月。
入学式が行われる内海府高等学校の体育館で、当然のごとく話し相手もいなくてぼっちをしていた僕に彼女は声をかけてきた。
『なぁ、もしかしてお前おーたむーんか?』
僕のハンドルネームを知っている人はそう多くない。まして顔とセットで知っている人は限られる。
反射的に振り向くと、そこには目のやり場に困る豊満な胸元を強調するように着崩したブラウスに膝上何㎝なのかツッコミたくなるようなミニスカートという出で立ちの、ド派手な赤毛の美人が立っていた。
『MINATOさん……?』
一度見たらまず忘れない強烈な印象。だいたい一月前、トレミーの誤報事件解決のため一緒に奔走した彼女の名前はすんなりと口から出て来た。
『おう! まっさかお前と同じ高校とはなー、びっくりだぜ』
『わたし本名湊えびすな。名前は可愛くねーからさ今まで通り名字の方で呼んでくれよ』
『へー、お前秋良ってのか。これからよろしくなー、秋良!』
にかっと笑った元ヤンの陽キャオタクとモップ頭の陰キャオタクはこうして偶然再会した。
僕とえびすさんは性格も性別も正反対もいいところだったけど、妙にウマが合って再会したその日から友達として関係を続けてもう二ヶ月、いやもうすぐ三カ月になるか。
僕と君は友達。それはいつまでも変わらない。
変わらないはず、だった。
目の前にいる現在のえびすさんは僕に友情を超えた想いを抱いているように思える。その胸に芽生えてしまった『恋』というラベルを貼られた厄介な感情を。
だけど
リドルくん《亜梨子ちゃん》の時とは違ってまだ間に合う。
いずれ独りでに気付くだろうし、別の誰かにに教えて貰う時が来るだろう。
でもそれまでの時間を少しだけでも引き延ばすことが出来るのなら僕は何だってする。
「全然変じゃないよえびすさん。それって友達ならよくあることだから」
例えば『恋』とは別の認識を刷り込んで、恋心を気付かせないようにしたりだとか。
人として倫理的にも道徳的にも胸を張れるのかと言われたら心苦しい。そもそも今日び小学生の女の子だって引っ掛からなそうな嘘だ。
だけどもう、これぐらいしか僕とえびすさんが友達のままでいる方法が無いってんなら、胡散臭いぺてん師にだってなってやろうじゃないか。
「僕もえびすさんに趣味友の一人としか思われてなくて、クラス友達とかの方が仲良いんだろうなーって卑屈になる時あるし」
一応言うとこれは本心。
最初から最後まで嘘で塗り固めて騙くらかす自信はない。だから、本当に思っていることに肉付けして少しずつ筋道をずらしていく。
「だからさ、友達が別の友達と話してて嫉妬するなんてよくあることなんだって。えびすさんはなんにもおかしくないから安心していいよ」
「……そうは言うけどよ。自慢じゃねぇが友達わりといるけど、わたし今までこんな気持ちになったことないぞ?」
とはいえこれはあくまで友達間での話だし、友人と呼べる存在なんて片手で余る僕じゃダース単位で友人がいるえびすさんを説き伏せるには分が悪い。
だから結局のところ、これは賭けだ。
「うん。でもそれはさ、女の子同士での話だよね」
「まあな。それがどうしたよ?」
えびすさんの心がまだ未成熟で恋愛感情を理解していないという賭け。
羽入くんが前に言っていた通りえびすさんは僕ほど親しい異性の友人はいないという賭け。
数いる友達の中でも僕を特別な友達だと思ってくれているという賭け。
そして特別な友達である僕の言うことなら、えびすさんは
「男同士女同士の友達関係とは少し勝手が違うんだよ、きっとさ。例えばだけど同性の友達に可愛いとかカッコいいとか思ったりするよね。でもそれって尊敬とかで他意はなくない?」
「まあ……そうかもな」
「でしょ。男女の友達でもそこは基本的には一緒なんだよ。でも異性だからこんがらがっちゃうだけで」
同性を恋愛対象に見る人なら話も違うだろうけど、今はまた別の話だ。
「どうしたって相手が異性だとカッコいいとか可愛いとか思っちゃうと特別な意味に誤解しそうになるけどさ、相手が友達でも憧れること自体は普通なんだって。だから大丈夫だよ」
実際のところえびすさんが僕を見る目は友情の延長線上にはもう無いと思う。
最間は間違いなく100%友情しかなかったはずだけど、今はもう枝分かれした恋愛感情に繋がる線の上にある。
だけどその線は隣合っていて区別が難しいし、当のえびすさんですら自分の想いがすでに分岐していることに気付いていない。
僕には一方通行の感情の線を分岐前に逆走させることも、もしくは穏便に再度分岐させるやり方なんて知らない。
だから出来ることは一つだ。
「じゃあ秋良もわたしのことそう思ったりするのか?」
「もちろんだよ! ……本人の目の前で言うのは照れ臭いけど、えびすさん美人で明るいしスタイルもいいから。ーーでもね、これは友情なんだって間違いなく断言出来る」
それは分岐した後の名前を張り替えてしまうことだ。
えびすさんがこれは恋愛感情なんだって気付く前に、今も窓から見える景色は友情のままで変わっていないんだよーと囁いて騙くらかす。
「そう、なのかな。わたし舎弟はいるけど男の友達ってお前が初めてだからさ、それが合ってるのか分かんねぇ。それに……友達相手にこんなに胸がドキドキってするのか?」
あと一押しってところでえびすさんは踏みとどまった。
彼女の目にはもう僕しか映ってなくて、口にするまでもなく『好きだ』と書かれているようだ。
結局のところ友情と恋愛感情の最大の違いは相手を意識しているかどうかだと思う。
今のえびすさんは完全に僕を意識してしまっている。そこに引っ掛かりを覚えている限りは容易には丸め込めそうもない。
だからこそ僕は貼り替えた行先きの名前を元通りの友人関係じゃなく、熱血なところのあるえびすさんが好きそうな関係性にしてやった。
「普通の友達に感じないようなことまで僕には思ってくれてるなら、それってえびすさんにとっては僕が『親友』ってことなんじゃないかな」
「……親友?」
「そ、親友。ベストフレンド。えびすさんは今までにいた?」
「いなかった、と思うけど……」
「僕もだよ、ならお揃いだね! 僕とえびすさんはきっと、お互いが人生で最初に出来た親友同士なんだよ」
……自分で言ってて吐き気がするほどに空々しい。
人でなしだって思うかも知れないけど、でも僕は本当に彼女とは友人のままい続けていつかは親友になりたかった。リドルくんとだってそうだ。
決して恋愛関係に発展したいだとか畏れ多い高望みはしちゃいなかった。
なのに、どうしてだろう。亜梨子ちゃんもえびすさんも
友達でいいのに。
友達でいてくれるだけでいいのに。
僕はもう二度と、あんな想いをするのはごめんなのに。
『アイツほんと気持ち悪くてさー、口開いたらアニメの話ばっかだし。あたしも幼馴染みだからって話かけられて迷惑してるんだよね。ーーぶっちゃけ誰かに殺して欲しいくらいだから、あんなキモオタ』
ううっ……っダメだダメだ!
気分が沈むととっくの昔に乗り越えたはずの幻聴が聞こえてくる。
大丈夫、今の僕は昔とは違うんだ。
あの時は誰も助けてくれなかったけど、今は亜梨子ちゃんもえびすさんもいる。羽入くんだって。
だからさ、みんな僕とは友達のままでいて欲しい。
お願いだから。それ以上は望まないから。
僕のことは友達だって言ってよーーねぇ、えびすさん。
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