第20話 もしかしてこれが修羅場ってやつですか?
突然だけど、僕は亜梨子ちゃんのファンになる前からオタクを名乗っていただけあってアニメなんかはよく観る。
コレが好きって物はなくて基本的には雑食に何でも。
異世界転生俺TUEEE系や中二病チックなバトル物はもちろん、古参ファンが幅を利かせてるSFアニメも抑えてるし、百合アニメを観ながらてぇてぇと呟くのはもはや日常風景だ。
その内の一つとしてラブコメもよく観るんだけど、ラブコメの主人公っていうのは大抵が両手に花どころか両足に余るレベルでヒロインをはべらせているハーレム男だったりする。
いつまでも思わせぶりな態度のままヒロイン達に接して、複数人から好意を寄せられているのに自分の想いをはっきりしようとしない主人公に「この主人公は一体何がしたいんだ?」っていつも不思議だったんだけど。
まさかその疑問の答えを、こんな形で理解させられることになるとは。
というのも、
「秋良ぁもういいだろー。そろそろ行こうって、な? な?」
『もしもし秋良くん。さっきから女の子の声がするんですけど、もしかしてその娘がえびすさんなのかしら? なんだか距離が随分近い気がしますけどお友達とは節度ある距離を保った方が良いと思いますよ? もしお友達に気を遣って言えないようなら、私が代わりに言ってあげますから電話代わってください』
「いやー……あの、ですね」
いつもの10割増し甘えん坊な気がするえびすさんは半ば僕に抱き着くようにして身体を揺さぶってくるし、その一方で亜梨子ちゃんは感情の乗らない氷みたいに冷徹な声でとつとつと話しかけてきて背筋が寒くなってきた。
女の子二人に板挟みにされるまさにハーレムラブコメで見たような光景だ。
もしかしてこれが修羅場ってやつですか?
あちらを立てればこちらが立たず、そりゃラブコメ主人公もどちらにするか選べないわけだよ。今まで優柔不断なやつだなーとか思ってた全ラブコメ主人公達に謝りたい、本当にすまんかった。
けどアニメの主人公ならこういう時も何だかんだとどうにかなるけど、主人公じゃない僕には駆けつけてくれるお助けキャラやご都合展開も期待出来ないわけで……これどうやって切り抜ければいいんだろうね?
すっかり困り果てた僕の代わりに均衡した状況を動かしたのはえびすさんだった。
「いい加減もう行こうぜっ、ほら立てよ秋良!」
左腕がふにょんとした柔らかな感触に包まれたかと思うと、身体が引っ張られて無理矢理席を立たされた。そのまま僕を引きずるようにしてえびすさんは歩き出す。
「ちょっ、えびすさん放して!」
「やだ。放さない。そしたらどうせ、またわたしのことほったらかして亜梨子ちゃんとイチャイチャするんだろ」
「いやそっちじゃなくてね、色々当たって大変なことになってるからさぁ!?」
もっと言うと当たってるどころか挟まってる。
そりゃあ僕も男だし嬉しくないと言ったら嘘になるけど、えびすさんは友達だ。僕を友達で興奮する最低野郎にしないためにも離れて欲しいんだけど、えびすさんはまるで聞く耳を持っちゃくれない。
しばらく放置しちゃってた反動なのか、むしろ一層強く腕を胸の谷間に抱き締めちゃって振り払おうとするとどうしてもデリケートな部分に触れてしまうので抵抗するにも上手くいかず。
加えて何よりもマズイのは通話を繋ぎっぱなしだった亜梨子ちゃんがスマホのスピーカー越しに異常を察知していたことだった。
『どうしました!? もしもしっ、大丈夫なんですか秋良くん!! ……返事がありませんね。どういうこと? 嫌がる秋良くんを無理矢理にーーはっ! これはまさか、誘拐!?』
「そんな大ごとじゃありませんから落ち着いて落ち着いて!」
もしかしてこの人、結構ポンコツなのでは。
そのまま警察に電話を掛けそうな暴走具合の亜梨子ちゃんを制止すると、彼女は電話口でほっとため息を漏らした。
『ああ秋良くん、良かったぁ。心配したんですよ?声が急に遠くなったと思ったら慌てている様子だったので。何があったんですか』
「いやっ……別に、大したことは。友達が何か見つけたらしくてはしゃいでただけで」
貴女と会話していたらそれに嫉妬した女友達に抱き付かれて只今連行されている真っ最中です、なーんて言ったらまた面倒なことになりそうだ。
ここはひとつ誤魔化しておくとし、
『嘘ですよね、それ』
あっさりバレた。なんで分かったの!?
『これでも声のお仕事をさせてもらってるので耳は良いんですよ私。ところでなにが
冷え冷えとした声色。音漏れだけでほとんど状況把握されちゃってますかね、これは。下手に誤魔化ず正直に言った方が良かったか。
いやでも白状するにしたってこの状況を上手く亜梨子ちゃんに説明出来る気がしないっていうか、どう言葉を尽くしても事態が悪化する未来しか見えないんだよなぁ。
どうしたものか頭を悩ませる間にも僕はえびすさんにズルズルと引き摺られてて、心なしか亜梨子ちゃんと会話し出した瞬間にまた抱き付く力が強まった。もうね、当たってるとかじゃなく当ててるよねそれ。
道行く人には往来でイチャ付いているバカップルにでも見えるのかさっきから人目を集めて恥ずかしいことこのうえない。
前門の虎後門の狼ならぬ、右耳に亜梨子ちゃん左腕にはえびすさん。
一度に両方を相手するのはどう考えたって無理。かくなる上はどっちか一人を優先しないと。
推しと友人、どちらを選ぶか天秤にかけた結果、心苦しいけど僕が選んだのはえびすさんの方だった。
「あーっと! どうも手が離せなそうなので後で折り返し電話掛けます! すみません、じゃあ!」
『なっ、待ってくださいまだ話は終わってなーー』
一言謝罪を入れてから通話終了のボタンを押すと、プツンっと亜梨子ちゃんの声がそこで途切れた。
直ぐ様聞き覚えのある通知音が立て続けに鳴ったけど気付かないフリをして電源ボタンをオフにする。後でたっぷり謝るし話も聞くのでどうにか許してください。
推しを蔑ろにしている罪悪感は大きいなんてものじゃない。
でもそれよりも今は、明らかにさっきから様子がおかしいえびすさんの方が僕は気掛かりだ。
女の子の考えていることなんてさっぱりだけど、今のえびすさんが普通じゃないのだけは分かる。
僕が亜梨子ちゃんが最推しだけど日向ハレと星野ひかりの二人もグループ推ししてるように、えびすさんも最推しは日向さんだけど亜梨子ちゃんのことも推してたはずだ。
なのに僕と亜梨子ちゃんが話している間に割って入って邪魔をするなんてオタクとしてあるまじきマナーで、普段の彼女なら絶対するはずがない。
男女間のソレというよりは同じオタクとしての嗅覚が湊えびすの異常を僕に告げていた。
ずんずんと腕を引いて歩くえびすさんはどこに向かっているんだろう、そしてなにを考えているんだろう。
何一つとして分からないまま僕は大人しく後をついていった。
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