第19話 今日はわたしが優先だろ
おーたむーん:
ごめんなさい! 友達と映画観てたので気付けませんでした! なんか用でしたか? 13:32
映画館にいたから仕方ないとはいえ、推しからのチャットが届いていたのに一時間以上気付かずに放置とかこれはまずいですよ。
優しい亜梨子ちゃんがこのくらいで怒ったりはしないと思うけど、彼女は今をときめく大人気声優なのだ。スケジュールは朝から晩までぎっちぎちの多忙なはずで、その合間を縫ってわざわざ僕に話しかけてくれたというのに気付けなかったでは申し訳ない。
送った瞬間に即既読が付いた。
通知で気付いたにしても早過ぎるからもしかしてチャット画面を開きっぱなしにしてたのかな?
それから一分と待つことなくピコンと通知音が鳴る。
リドル・リデル:
そうだったんですか。とくに用があったわけではないんですけど今日はオフで暇をしていたので 13:33
リドル・リデル:
秋良くんが良ければ少しお話しませんか? 13:33
「『いいですよ』っと」
美人声優からのお誘いに一にも二にもなく了承する。えびすさんはふて寝してて今は僕も暇だし。
照り焼きバーガーの付け合わせで頼んだフライドポテトを摘まみながら、しばし亜梨子ちゃんとのチャットを楽しむことにした。
それにしてもリドルくんだった時から思っていたけど、亜梨子ちゃんって返信してくる速度滅茶苦茶早いよな。それとも僕が遅いだけか。
リドル・リデル:
映画って何を観たんですか? 最近行けてないから、秋良くんのおすすめなら観に行こうかなぁ 13:35
おーたむーん:
魔砲少女アハト・アハトの劇場版です。友達が日向さんの大ファンで、それで 13:37
リデル・リデル:
ハレちゃんのファンの方なんですか! 今度本人に会ったら伝えておきますね 13:37
おーたむーん:
本当ですか!? 友達も知ったら喜ぶと思います。今度の日向さんのイベントに参加するみたいなので。……まあ今は拗ねてふて寝してますけど 13:38
リドル・リデル:
なにかあったんですか? 13:39
おーたむーん:
いえ、ちょっと方向性の違いというか。気にしなくて大丈夫です 13:40
リドル・リデル:
???? 13:40
「くふっ、何ソレ」
亜梨子ちゃんがチャットに貼り付けてきた、小首を傾げてハテナマークを浮かべた間抜けな顔のリスのスタンプが可笑しくて笑っていると、向かいの席のえびすさんが顔を上げた。
「んだよ。さっきから随分と楽しそうじゃねーか」
「あ、ごめん声出てた? ちょっとねー、ほら」
えびすさんはまだ拗ねモードらしく目が細い。出会ったばかりの頃なら睨まれているんじゃないかってビビり散らかしてたところだけど、入学から二ヶ月も一緒にいれば流石にもう慣れた。これは睨んでいるんじゃなくて構って欲しい時のサインだ。
僕と亜梨子ちゃんの事情についてはえびすさんも知っているから、別に隠す必要もないしスマホの画面を見せた。
「あぁ、亜梨子ちゃんね。どーりで秋良がみっともなくデレデレしてるわけだ」
「……なんか言い方にトゲない?」
「べっつにー? お前の気のせいだろ」
そう言うとえびすさんはまた腕を枕にしてしまった。
たださっきまでと違って顔を俯かせずに顎を腕に乗せて、僕をじーっと見つめてくる。
ただ見られてるだけなのに無言の抗議が籠められているようで、やましいことは何もないのに後ろ暗いことをしている気分になった。
なになに? 何が言いたいのさ。
視線の意味を読み取ろうとしていると、またピコンと音が。
リドル・リデル:
そういえば秋良くん、お友達ってどんな方なんですか? 13:43
どんな方って、いま僕の目の前でへそを曲げている赤髪ロリコン元ヤンキーですよーーとは流石に書けないから、ここは
おーたむーん:
んー、いつも元気で声が大きくて、可愛い物が大好きな人です。あとは髪色がちょっと明るくてお洒落好きかな 13:45
リドル・リデル:
へぇ……何だか秋良くんとは正反対なイメージの人なんですね。あ、秋良くんが暗いとかそういう意味じゃありませんからね!? 13:45
おーたむーん:
あはは分かってますよ。まあでも実際僕って明るい方じゃないしウジウジしてるから、その友達にはいつも背中を押してもらってばっかりで。だから馬が合うのかも知れないですね 13:47
リドル・リデル:
いい関係ですね。……私も欲しいなぁ、そんなお友達。よく考えてみたら私って秋良くんと同業の子を抜きにしたらプライベートでお友達っていないかも 13:48
おーたむーん:
そうなんですか? でも大学ってサークルとかゼミとかで交流あるんじゃ 13:49
リドル・リデル:
それがお仕事があるのでサークルには全然顔を出せてなくて。それに私って元々人と話すのは得意な方じゃないんです 13:50
なんと、意外な事実発覚。
僕の中での亜梨子ちゃん、というかリドルくん像はわりと人懐っこいイメージがあったんだけど違うらしい。親しい人にだけは性格が変わるタイプなのかな。
その場合、自分で言うのもなんだけど僕は親しいカテゴリーに入るってことか。
その後も亜梨子ちゃんが貴重なプライベート事情について語ってくれるもんだからついつい話は盛り上がって時間は飛ぶように過ぎてしまって、僕がそのことに気付いたのはふとスマホから顔を上げた時だった。
「あっ」
目が合った瞬間分かった。
多分だけど、何かやらかしたって。
「………………」
顔にありありと「わたしは今怒っています(控えめ表現)」と書かれた、膨れっ面の湊えびすがそこにいた。
時間を見てみると14時をとっくに回ってて、つまり30分以上えびすさんを放置しちゃってたらしい。冷や汗がタラリと背筋を垂れていく。
蛇に睨まれた蛙よろしく迂闊に動けずにいると、またピコンとチャットが送られてきた。
リドル・リデル:
そういえば都合が良かったらなんですけけど、今年の夏に秋良くんをお誘いしたいイベントがあるんです。良かったらお友達も一緒にどうですか? ちなみに一応ですけどお友達って男性の方ですよね? 14:02
こういう時に限ってめちゃくちゃ気になる内容じゃんか。なにイベントって。
でも今えびすさんじゃなくて亜梨子ちゃんの方を優先するとマズそうのは流石に僕でも分かる。
だからって亜梨子ちゃんの方を無視するという選択はファンとして出来ないから、取りあえず聞かれていたことにだけパッと返信した。
おーたむーん:
いえ、女の子です 14:02
そう言われた亜梨子ちゃんがどう思うか、深く考えることもなく。
リデル・リデル:
………え? 14:03
リドル・リデル:
えっ? えっ? えっ? 14:03
リドル・リデル:
どういうことですかっ!? 私以外の女の子のお友達と、今お出かけしてるんですか!? 14:03
「おわっ、なになになに!?」
亜梨子ちゃんの反応は劇的だった。
ピコンピコンピコンと通知音が続けざまに鳴ったかと思えば送り主は全て亜梨子ちゃんだ。
やけに慌ててる様子だけどえびすさんが女の子だと何か不都合なこととかあるっけ?
僕ざ首を捻っていると今度は通話の着信音が鳴った。
そうこうしている間にもえびすさんの不機嫌メーターがどんどん溜まっているのが見て取れて、けど電話に出ないわけにもいかないし通話ボタンを押してみれば、スピーカーの向こうの相手はやっぱりというか亜梨子ちゃんだった。
『秋良くんっ! ちゃんと説明してもらいますよ、どういうことですか!!』
「もしもし。どういうこともなにも言った通りですけど」
よく分からないがどうも彼女にとっては一大事らしい。心当たりがまるで無かったのだけど、亜梨子ちゃんが続けた言葉で自分があまりに迂闊だったか思い知った。
『女の子の友達とお出かけって、それってデートですよねっ!!?』
「え?」
デート? 誰と誰が?
僕と、えびすさんが?
僕らはただ待ち合わせて遊びに来ただけで断じてデートなんかじゃないぞ。
……あ、でも冷静に考えてみたら同年代の親類以外の異性と二人きりで遊びに来てるこの状況って赤の他人から見たらデートしていると思われてもおかしくないのでは。
そんでもって亜梨子ちゃんとは今は友人に戻っているけど、一度は告白されて返事を保留してもらっている複雑な関係なわけで。
その亜梨子ちゃんが、僕と
『秋良くん。あんなことを言っていたのに私のことはただのキープだったんですね……ショックです』
「いやっ、いやいやいや! 違うんですよっ、えびすさんは恋人とかじゃなくてただの友達なんですって! 本当に! 誓って嘘とかじゃありませんから!!」
『ふーん、えびすさんって言うですね恋人さんの名前……』
「ああもうっ! いいですかっ、だからですねーー」
まるで浮気現場を目撃されたダメ男のような扱いだけどそんな事実はない。ないったらない。
なんとしても亜梨子ちゃんの誤解を解くために、僕は持ちうるなけなしの知識と弁論の才能を総動員させる。
よく男女間で友情は成立しないという人物がいるけれど、あれはその人物やその身の回りの人間関係においては異性を友人以上に認識してしまうケースが偶々起きてしまったというだけであり、恋愛感情を抜きにした異性間の友情というものは確かに存在する。
友人同士が余暇に一緒に遊びに出かけることはごくごく自然なことで、そこに恋愛感情を見出そうとすることこそがナンセンス。多様性が謳われる現代社会に於いてはより広い視野を持つのが現代人のマナーではあるまいか。
『……秋良くん、何となく難しい風な言い回しで私を丸め込もうとしてませんか?』
ぎくり。
バレたか。
いやでも嘘は言っていないよ?
僕とえびすは異性ではあるけど紛れもなく友人同士。そこに恋愛感情なんてものはこれっぽちもないんだから。
探られても痛い腹が無いからボロなんて出るはずもなく、落ち着いてきた僕は亜梨子ちゃんの追及に嘘偽りなく答えた。それだけで誤解を解くには十分だろうから。
最初こそ完全に僕を女の子をモテアソブ遊び人扱いしていた亜梨子ちゃんも、僕があまりにも堂々としているからか次第に語気も弱くなっていき、最終的には信じてくれた。
『秋良くんがそこまで言うなら分かりました、信じます。……その代わりですけど、今度そのお友達を私にも紹介して下さい』
「? 本人に聞いてみますけど、それまたどうして?」
『うふふ、女の子同士にしか出来ないお話があるので。秋良くんは気にしなくてもいいですよ……きっとお友達の方も私とお話したいと思ってるでしょうし』
「は、はぁ」
一体どんな話し合いをするつもりなんだろうか。何となくだけど下手に触れない方が良い気がする、やぶ蛇になりそうっていうか。
ともあれこれでめでたく誤解も解けて一件落着。よかったよかったと胸を撫で下ろして、
「……えびすさん?」
誰かに服の裾を引かれた気がして目をやると、いつの間にか僕のすぐ隣にえびすさんが立っていた。
やばい。亜梨子ちゃんに説明するのに必死でまた放置しちゃってた。
度重なる扱いについにえびすさんも腹を据えかねて元ヤンの血を呼び覚ましたのかと思いきや、どうもそういう雰囲気じゃない。
眉はへにょっと下がって元気がなくて、裾を掴む手もまるですがり付くみたいだ。
「秋良ぁ、いつまで話してんだよぅ……わたしと遊びに来てんだから、今日はわたしが優先だろ」
いつも快活さもどこかへ消えて、弱々しい声でそう言ってきた女友達が
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