第18話 魔砲少女と爆死声優と未読と

 

 せっかくだから、僕らが観ている魔砲少女アハト・アハトという作品を少し説明しようと思う。



 地球とは別次元のとある世界。そこには想像を絶するほどの超科学を有する文明が存在した。

 大国同士の戦争にかかりきりだった彼らは、未知のエネルギーである『魔力』を発見する。この魔力を兵器として利用出来ないか模索した彼らは、持てる科学の粋を集結させて『魔砲』という全く新たな武器を産み出した。

 大戦に投入された魔砲の威力は凄まじく、お互いが開発した魔砲の攻撃によって国どころか星そのものが存亡の危機に陥るほどに追い込まれた彼らは、魔砲を禁忌の力として封じた。

 しかし幾星霜を経てとある人物が封印を破り、八本の魔砲が持ち出されてしまう。宇宙の争乱を望むその人物は魔砲を別次元へと転移させ、次元の壁を越えて地球に流れ着いた魔砲は最終的に八人のマスターの手へと渡る。

 その内の一本である八番目の魔砲『アハト』を偶然拾った少女八宮ふたばは、アハトのマスターとして残り七本の魔砲を回収し、宇宙の平和を守るための戦いに身を投じることになるのだったーー。



 というのがアハト・アハトのあらすじだ。

 魔法少女モノって一般的には低年齢層向け(もしくは一部の大きなお友達向け)なのだけど、そのジャンルに別角度からアプローチしたこのアニメは定番のロリ可愛いキャラクターに対してメカメカしい武器や戦闘服だとか大迫力の戦闘シーンがギャップになってて、子供でなくても楽しめる作品に仕上がっていた。


 僕はTVシリーズを観てたから大筋の展開を知ってたけど、いざ劇場版を見てみると前評判通り全編新規作画の色彩豊かな映像とぬるぬる動く戦闘シーンに興奮しっぱなしだ。

 しかもTVアニメ版では悲劇的な別れ方をすることになる主人公のふたばと敵役であり悲しい過去を持つ少女『アイン』にも劇場版ではオリジナル展開としてハッピーエンドが用意されてて、これには古参ファンの目にも涙。

 シアター内のあちこちからすすり泣きが聞こえてくる。というか、僕のすぐそばからも聞こえた。


 右隣をチラっと見れば、えびすさんがボロボロと涙を流して号泣している。小さい声でなにか呟いてたから耳をすませてみたら「ふたアイ尊い。無理マジもう氏ぬ」……いやいや、少なくとも四回はもう観てるでしょ貴女。



 ***



「いやあ~何回見ても泣けるよなぁ、あのラストシーンさぁ」


「だねぇ。監督変わってたから大丈夫か心配だったけどあれは良改変でしょ」


「新穂監督って元々アハト・アハトのファンだったらしいぜ? インタビューで言ってた」


「へぇーだからか。良い感じでファンメイドっぽさあったもんね」


 上映が終了して映画館を後にした僕達は、二号館の一階にあるハンバーガー屋にいた。丁度いい時間だったんで感想を語りがてらお昼を食べようという話になったのだ。

 ちなみにえびすさんが欲しがっていた肝心の来場者特典はというと、えびすさんはまたしても外れていたけど運よく僕の貰った分が日向ちゃんのサイン色紙だった。

 約束だったんで手渡したら、感極まったえびすさんに公衆の面前で抱き付かれて嬉しいやら恥ずかしいやらなハプニングを経て、今は彼女の豊かな胸元に大事そうに抱えられている。

 ようやく手に入れてご機嫌なのは分かるんだけど、ケチャップが付いちゃいそうでハラハラするから早くバッグに仕舞った方がいいんじゃないかなーって思ったり。


「それにしてもえびすさんは泣きすぎでしょ。何周目?」


「あん? ……えーっと初日に二回観たろ。んで木曜に三回で今日だから、六周かな」


「いや観すぎ観すぎっ! だいたいお金は大丈夫なの?」


 つい先日に日向さんのアルバム積んだせいでひぃひぃ言ってのに。

 聞いてみたらえびすさんは指でお金のマークを作ってウインクして見せた。


「へへっ、ちょいと臨時収入が入ってさ。けっこう割良かったし秋良もやりたかったら今度誘ってやるよ」


 元ヤンのえびすさんがそう言うと、失礼だけどちょっと怪しい仕事の勧誘に思える不思議。でもオタ活してると金欠は付き物だし僕もバイトしないとなぁ。特に夏は何かと入り用だし。


「ていうかさー、分かって貰えるかわかんねーけどわたし的にはアニメの内容も良いんだけど、アインの水森さん相手にハレちゃんが演技で張れるようになってるのが感動するわけ。……あと、のに出てるの久しぶりで別の意味でも泣ける」


 えびすさんがシェイクを片手にそう力説するのを、照り焼きバーガーを頬張りながら聞く。あむあむ、うん。やっぱこの店は照り焼きだな。


「そういえばアハト・アハトくらいだっけ、日向ちゃん主役のまともなアニメって」


「そうなんだよなー、しかもアニメ自体は五年前だし。なんで今さら劇場版作ったのか謎だわ」


「製作会社の事情かな。あそこ最近ヒット作出せてないし」


「世知辛~……ま、何にせよ劇場版作ってくれたのは感謝しかないけどな。ファンとしてはそろそろ汚名返上して、今まで馬鹿にしてきたヤツらに目に物見せてやりたいからよ」


 悔しげな顔でぐっと握りこぶしを作るえびすさんに、事情を知っている僕は同情を禁じ得なかった。

 僕は亜梨子ちゃん最推しの月の民だから同じユニットのメンバーとはいえ日向さんについては熟知しているとまでは行かないけど、それでもある程度の知識はある。


 えびすさんの推しである日向ハレは現在26歳。10代でデビューして20代半ばになる頃にはベテランの風格を醸し出す者もいる女性声優の中だと遅咲きの部類に入る。

 彼女についてのネットでの評判を集めるなら、


 ・小さくて可愛い合法ロリ

 ・甘めの声に癒される

 ・トークがキレキレ

 ・トレミーで最年少に見える最年長...etc


 ……一人目えびすさんじゃないよね?

 こほん、ともかく様々なんだけど、そこからえびすさんのようなファンの意見を省くと決まって上がる通り名というかあだ名が一つある。


 その名も『爆死声優』。


 爆死と言ってもガチャとかじゃなくて、日向さんの場合は主演を務めたアニメが軒並み売上が振るわないことからそう呼ばれてしまっている。

 日向さんに限らず当たり作が少ない声優はそういう扱いを受けるのはままあるんだけど、ぶっちゃけ日向さんはその中でも輪をかけて作品運がなかった。


 例えば放送前に大々的に広告を打って『あの有名監督とあのアニメスタジオが夢のタッグを!?』みたいな謳い文句の所謂で見事に主役を勝ち取ったと思えば、凄いのは作画ばかりでストーリー穴ぼこだらけというハリボテアニメだったりする運の無さ。

 亜梨子ちゃんにとってのメメズの冒険みたいなアニメの主役ばっかりをやってるって言えば伝わりやすいかな。


 本人のせいでは全くないんだけど、口さがない一部のネット掲示板の住民からは『死神』呼ばわりされている始末で、大ファンであるえびすさんが気にしちゃうのもやむなしっていうか。

 ここは一つ何か明るい話題でも提供して空気をどうにか……あ、そうだ。


「でもほら、最近は成金勇者の役とかも評判いいじゃない。僕の友達も好きって言ってたよー、日向さんのキャラ」


 数少ない三択の内一人は目の前にいるし、もう一人はわざわざ名前を隠す必要もない亜梨子ちゃんだから、つまりは残る羽入くんのことだ。

 羽入くんの推しキャラは日向ちゃんが声を当てている男装ロリクーデレ忠犬サキュバスっ娘だったはずだ。たしか名前はーー


「マジで!? ミューちゃん推しとか見る目あんじゃねぇか! 誰だよそいつ、わたし見たことあるっけ」


 そうそうミューだミュー。

 サブヒロインだから出番はメインほどじゃないけど、キャラクターデザインの秀逸さと日向ちゃんのロリボイスが合わさって今期話題沸騰中のキャラクター。

 SNSで見かけたとあるアニメショップの非公式人気投票だと亜梨子ちゃんが声を担当しているメインヒロインのシオンを押さえて見事に一位だった気がする。僕としてはちょっと複雑。


「こないだえびすさんが教室来た時に一緒にいたよ? えびすさんと同じ中学って言ってたけど」


「ああーあいつか! ……覚えてねぇな。今度会ったら話してみっか」


 やっぱり羽入くんのことは覚えてなかったらしい。

 薄情って言うよりか、えびすさんは中学時代は全然学校に行ってなかったらしいから単純に関わりが無かったんだろう。

 多分話してみたら二人は気が合うんじゃないかなーと何となく思う。


「ちなみに秋良の推しキャラ誰なん?」


「ん? そりゃシオンだよ、もちろん。CV亜梨子ちゃんだし」


「……はああああぁ、そうだったわ。わたしが聞いたのが馬鹿だった」


 ミューの話を振ったらテンション爆上がりだったのに、僕の推しがシオンだと知った途端えびすさんはテーブルに上半身を預けて拗ねてしまった。


 どうしてだか、いつもえびすさんは僕が同じアニメを見ていると推しキャラを揃えたがる。そして残念なことに今のところ被ったことは一度もない。

 というのも僕が正統派ヒロインが好きなのに対して、えびすさんはアハト・アハトのふたばや成金勇者のミューのようなロリキャラが大好物だからだ。三次元の推しである日向さんも背が低い童顔で実年齢より一回り以上若く見える容姿なあたり、ホントぶれないなこの人。


「まあでもミューも可愛いよね。主人公に一途でさ、この間の回とか仲間の中で一人だけ主人公を信じててウルって来たし」


「なら推し乗り換えろ」


 ご機嫌取りにフォローしてみれば中々理不尽なことを言ってくるえびすさん。


「や、僕ロリはちょっと。最低でも15歳以上からでお願いします」


「けっ!!」


 それっきりえびすさんはぷくっと頬を膨らまして返事をしてくれなくなった。同じオタクとはいえ好みは相容れないこともある、虚しいなぁ。

 まあいつものことだから暫く放置しておけば勝手に機嫌は直るだろうけど。


 でも唯一の話し相手がこれじゃやることもなくて暇だから、スマホでも弄ってよ。   

 ポケットから取り出して電源ボタンをタッチすると、あれ? 画面真っ暗なままだ。そっか、そういえばシアターに入った時に電源オフにしてたっけ。

 電源ボタンを長押しするとややあって起動画面が立ち上がり、見慣れた亜梨子ちゃんの待ち受け画面がお出迎えしてくれた。

 ロックをスワイプして解除すると、電源が切れている間の通知が次々とポップされていきーー


「……やっば」


 その内の一つに見逃せない物を見つけて、急いでアプリを開いた。



 リドル・リデル:

 秋良くんこんにちは。今お時間ありますか? 12:15



 今の時刻は13時30分ちょい過ぎ。一時間とちょっと未読スルーしてたみたい。

 僕は大慌てて亜梨子ちゃんに返信するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る