第17話 映画館に行こう!
てっきり不機嫌なのかと思っていたえびすさんだけど、追い付いた僕の背中を「遅ぇぞ」と軽く叩くと鼻歌を口ずさむほどの上機嫌さで歩き出した。
怒っていたかと思えば次の瞬間には笑っていたり最近女の子と関わる機会がともに増えたけど、やっぱり女心というのは複雑怪奇だ。まるで理解出来る気がしない。男には一生女心を理解出来る日は来ないのかもしれないな。
「それで今日はどうするの?」
「ん~? ま、わたしに付いてこいって。いいとこ連れてってやるから」
えびすさんに言われるがままに表通りを歩いて行くと、デパートが立ち並ぶ商業エリアに差しかかった。
この辺りは僕もたまに利用する本屋とかも入っているけど、高校生が遊びに来る場所というよりかファミリー向けだ。
今もお父さんとお母さんの腕にぶら下がってブランコのように揺れている男の子がデパートの回転扉をくぐって行ったのを見送って、さらにその一本奥の通りへ。
そのまま暫く道なりに進んで見えてきたのは、ビルの側面に大きく一と二と数字が書かれている二棟続きの商業施設だった。
大分昔に前を通りかかったくらいの知識だけど一号館は幾つものテナント店がひしめいてるファッションビルだ。いかにもお洒落な彼女が好きそうだなぁと思ったけど、えびすさんが足を向けたのはそちらではなく隣の二号館のほうだった。
「ここって、映画館?」
「そ。お前と観に来たかったんだよなー、あれあれ」
二号館の入り口には上映中の映画のポスターが何枚も貼られていた。映画はあまり見ない方だけど、えびすさんが指差したその内の一つは僕もよく知っている作品だ。
「そっかもう公開したんだっけ。なんだかんだ観れてなかったや」
「へへっ、わたしは初日に観に行ったぜ。もちろん舞台挨拶の回で。ハレちゃんが相変わらずちんまりしてて可愛くてよー、こうぐりぐり頭撫で回したくなって堪んねぇんだ」
「……前々から思ってたけどさ、えびすさんの日向さん愛ってなんか歪んでない? ペット相手みたいっていうか」
「は? どこがだよ。……あーでも、ハレちゃんがペットっていいな。首輪とか似合いそー」
そう言ってえびすさんはうへへと締まりなく口元を弛ませた。これはちょっと手遅れかも分からんね。
危ない人は放っておくとして、その口ぶりからも分かるようにこの映画は彼女の推しである日向ハレの出演作だった。
その名も劇場版・魔砲少女アハト・アハト。
同名のTVアニメシリーズをリファインした劇場版で、ただの総集編ではなくなんと全編新規作画。とくに戦闘シーンとか比べ物にならないほどスケールアップしているらしく、TV版と違ったオリジナル展開もあって先週公開されてからというものネットでの評価は上々だ。
にしても僕はともかくえびすさんは視聴済みらしいのに、何でまたここに連れて来たのかと思えば、
「頼むっ、秋良も手伝ってくれ! 二週目のハレちゃんのサイン色紙どうしても欲しくてさ、木曜も二回観たんだけどまだ当ててねーんだ。このとーり!」
パンっと両手を合わせて頼み込んでくるえびすさん。
この手の特典商法は週ごとに手を変え品を変えオタクの財布を削りに来るけど、どうやらえびすさんは見事に沼ってるらしい。
そんなこったろうとは思ったけどさぁ、せっかく遊びに来たってのに友達を特典回収に付き合わせるかな普通。
まあどうせいつか観に行こうかなとは思ってたし、入場者特典には僕はそこまで興味ないから譲るのはやぶさかではない。
やぶさかではないのだけど、僕は別のことが気になった。
「あれ待って。一昨日ってテストあったじゃん。勉強してなかったの?」
「あん? テスト勉強なんざしなくてもよゆーだって。全教科半分は回答欄埋めたしな」
自信満々に胸を張ってみせるえびすさん。
木曜日は朝から四教科分のテストがあって、テスト勉強のためって理由でお昼までの半日授業だった。
亜梨子ちゃんのご褒美がかかっていた僕は即帰宅して勉強してたけど、時間があればそれだけ遊びたくなるのがある意味学生の本分っていうか、テスト勉強をそっちのけに遊んでいた生徒も結構いたみたいでかくいうえびすさんもその口らしい。
「半分埋めたってそれもう半分は空欄ってことなんじゃ……」
「赤点は回避してるだろ、心配いらねーって。それより行こーぜ」
言うが早いかシアターのある二階へと続くエスカレーターにえびすさんは飛び乗ってしまう。
本当に大丈夫なのかなぁ、夏休み補習だらけにならなきゃいいけど。
一抹の不安を抱きつつも僕はエスカレーターのタラップに足を乗せるのだった。
***
二階に上がると扉が開け放たれていた一階とは打って変わって、こっちはクーラが良く効いて冷え冷えとしていた。
休日は映画に行こうとは誰しも考えるらしく、友達や恋人に家族連れと色んな人がロビーで時間待ちをしている。
ただ気のせいでなければいかにも僕らご同類という感じのーーいわゆるオタクたちが一番多い。
アハト・アハトの主人公である八宮ふたばと、敵役で後に親友になるアインが描かれたフルグラTシャツを着ている人もいるし単純に周回してるだけかえびすさんと同じく二週目の特典目当てなのか。
なんにせよキラキラしてる陽キャばかりの空間よりはこういう方が落ち着く。
自動券売機で空席を確認すると丁度二人並んで取れる良さげな座席があったので購入して、入場時間までロビーのソファーに腰かけて待つことにした。
暇潰しに亜梨子ちゃんでパブサしていると、ドリンクを買いに行っていたえびすさんが馬鹿デカい山盛りのポップコーンを抱えて戻ってきた。
「おまたー」
「うわっ何それ全部食べるの?」
「流石にわたしも一人じゃ食わねーよ。シェアしようぜシェア」
友達同士で食べ物を分け合いながら一緒に映画鑑賞。なんだか青春ドラマのワンシーンみたいだ。
「あ、でも僕なんも買ってないや」
「いいよ、付き合わせちゃってるし奢りで。そん代わりサイン色紙は頼んだ!」
ポップコーンの容器を片手で支えて、ぶいっとピースをするえびすさん。
頼んだって言われてもランダム封入じゃん。……ま、最近は結構ツイてるし運に期待しますか。
上映中に食べる分が無くなっちゃったら寂しいのでちびちびとポップコーンを摘まみつつ、10分かそこらアハト・アハトの話に花を咲かせているとロビーのスピーカーからアナウンスが流れた。
『ご来場の皆様に申し上げます。11時15分より上映開始の魔砲少女アハト・アハトでお待ちのお客様、一番シアターへご案内いたしますので中央ロビー前にお越し下さい。重ねて申し上げます。11時15分よりーーー』
「おっ、時間だ。そろそろ行こうぜ」
待ちに待ったというほどでもないけどようやく呼ばれた僕らは係員が列形成をしている列に並んだ。
列にはやはりというかロビーにいたオタクたちが並んでいて男性比率が高い。けど中にはえびすさん以外にも女の子の姿がチラホラとあった。
不思議に思ってたらえびすさんが教えてくれたけど、可愛い女の子キャラクターが好きな女子って今はわりといるらしい。
アハト・アハトは男性特化のコンテンツ(とくに一定層の紳士向け)だとばかり思っていたけど、どこに需要があるかって分かんないもんだなぁ。
係員の誘導に従って列はゆっくりと進み、シアターとロビーを区切る柵でスタッフのお姉さんに発券した券を見せると、半券をもぎられて中へと通される。
ロビーの案内図で確認した一番シアターは真っすぐ行って左の最奥。もっとも他の人がいるから流れに付いていくだけでいいけど。
音漏れ防止の重厚な作りの扉をくぐると、高低差を作って400席ほどの座席が並んでいた。
そういえば映画はア○プラとかで観ちゃうからこうして映画館に来たのなんていつぶりだろ。小学生の時に〇ンモールのシアターに連れてもらった記憶があるしそれ以来かも知れない。
相変らず映画館って空気が落ち着いているっていうか独特な感じがする。
「Jの25だとあの辺かな」
「中央寄りだし悪くはねぇよな。良い席残ってたもんだ」
シアター中央の少し右側の席。目の前に大通路があるから前の座席の頭の高さを心配する必要もないし、上映間もない先週とか本町じゃなくて東京の劇場なら間違いなく埋まってただろう。
座席に着いて上映中の注意事項に従ってスマホの電源を切って暫く待っていると、シアター内の照明が落ちてスクリーン以外が闇に包まれた。
うんざりするほど長い広告をぼうっと眺めていると、右隣に座っているえびすさんがこしょりと耳打ちして来た。
「ホント言うとさ、わたし初日に秋良と一緒に観に来たかったんだ。でも誘おうと思ったらお前亜梨子ちゃんの握手会行っちゃうし、ちょっと寂しかったんだからな」
「え」
……そっか。
公開日の先週の日曜日って言えば、丁度亜梨子ちゃんのイベントがあった日だ。
笑顔で送り出してくれたえびすさんだけど心の内ではそんなこと思ってたなんて。
「ご、ごめん。僕気付かなくて」
「謝んなよ、わたしだってハレちゃんのイベントブッキングしてたらそっち優先するだろうし。……それに、今一緒に座ってくれてるんだからそれでいーよ♡」
そう告げてきた声色が妙に可愛らしく感じられて、耳がくすぐったい。
な、なんだ今の。
なんでか心臓がばくばくする。
この感覚はまるでーーそうだ、亜梨子ちゃんと会ってた時みたいな感じ。いやでもえびすさん相手にそんなはずが、
「秋良、そろそろ始まるぞ」
自分の中の正体不明の感情と自問自答しているとえびすさんに肩を叩かれた。スクリーンを見れば配給会社のロゴが映し出されている。BDを再生すると本編が始まる前に流れるお決まりのアレだ。
いけないいけない、気持ちを切り替えないと。
せっかくの映画なんだし楽しまないと勿体ない。
もやもやとしている頭の中を誤魔化すように、僕はスクリーンへと意識を集中させた。
それでも結局、映画に夢中になって目を輝かせている彼女の横顔を何回か覗き見てしまったけれど。
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