第16話 駅前で待ち合わせ

 

 迎えた土曜日。現在時刻は朝10時。

 いつも学校に向かうより少し遅めに家を出た僕は、えびすさんとの待ち合わせ場所である本町の駅前広場にいる。


 今日は休日ということで朝から人通りが多い。友達同士で遊びに来たのかはたまた恋人同士でデートをするのか、お洒落な格好をした同性代の少年少女たちが目に付く中で、一人佇む僕はといえばーー上も下も定番のユニ〇ロ全身コーデだ。


 たしかアンクルパンツとかいう名前だった履きやすそうな見た目のズボンに、チェックのシャツ。上下で5000円を余裕で割るリーズナブルさがコンセプト。まあこういうのしか持ってないだけなんだけど。

 ただ幸いなことにユニ〇ロ製の服は攻めたデザインはしていないから余計なことをしないって意味では正解だったかも知れない。

 ガリガリで細長い手足も服を着ることで厚みが出れば『長さ』だけが残るし、髪を短くして外見に清潔感を滲ませることに成功した今の僕はまさしくユニ〇ロに選ばれし民らしく、広告のモデルほどとはなくても着こなしはそう悪くないと思う。


 通り過ぎていく女の人の目線もおおむね好意的だし、ほんの二週間ちょっと前に髪を切るために本町を訪れた時では考えられない変化だ。そういえば久世さんに刈り上げた部分の髪が伸びるから今の髪型を維持したいなら定期的に通えと言われてたっけ。

 グッズ代との兼ね合いもあるし散髪代は痛いけど、こうしてみるとまた元の姿には戻りたいとは思わない。また近々エヴァンスには行かないとな。


 10時10分、待ち人はまだ来ず。

 ちなみに言うとびすさんが遅刻してるわけではなくて、待ち合わせ時間まではあと20分も余裕がある。

 我ながら子供みたいな理由だと思うけど、友達と待ち合わせて遊びに行く経験は生まれて初めてで楽しみすぎて早く着き過ぎちゃったのだ。

 亜梨子ちゃんとも一緒に外を歩いたりしたけど、あれは友達と遊んだって言うのとはなんかちょっと違うしなぁ。


 ちなみに今日の予定を決めたのはえびすさんで、僕は待ち合わせ場所と時間以外は何をするのかもまるで知らない。

 典型的陰キャオタクで人ごみが嫌いな僕が本町まで来ること自体そう多くないし、たまーに来ても行き先は本屋かアニメショップの二択だ。

 なので中学時代はよく学校をサボって本町をぶらついていたというえびすさんにお任せしている。

 どこに行って何をするのか期待が8割で不安が2割、つまりワクワクしてるってこと。


 通りを歩く人の話し声やバスの発車音、タクシーのクラクション。そういった街の喧騒は普段ならただ煩わしく感じるけど、今はまるでアニメのBGMのように胸を高鳴らせる。

 今か、まだか、そろそろか。

 落ち着かずに広場の中を歩き回りながら駅周辺を見渡していると、横断歩道の向こうに見慣れた立ち姿を見付けた。


「おっ、秋良ー!」


 向こうも同じく気付いたみたいで、信号待ちをしていたえびすさんは僕に向かって大きく手を振ってきた。

 他に信号待ちをしている人の視線まで一斉に僕に集まってちょっと恥ずかしい。それでも遠慮がちに手を挙げて応えると、パッと笑顔を輝かせたえびすさんは青信号に変わった途端に駆け寄ってきた。


「悪ぃ、待たせたか?」


「ん。そんなことないよ、僕がちょっと早く来すぎちゃっただけ」


 事実を口にしただけなのにこれだとデートで待ち合わせしている男女の常套句みたいな……。

 変に意識してしまった僕とは違って、えびすさんはそんなこと気にした風でもなく僕の足の先から頭のてっぺんまで目を細めてじろじろと観察している。


「な、何?」


「いや、全身ユニ〇ロってお前。年頃の男子高校生ならもっと他にあんだろ。しかもそんだけファッション舐めてるくせに無駄に似合ってるのが余計腹立つ」


「えぇ……」


 誉めてるんだか貶してるんだか。

 そう言うえびすさんがどんな格好をしているのかといえば、ふんわりとしたスカートにハイソなノースリーブのブラウス、足元は高すぎないヒールといった出で立ちだった。

 肩こそ出ているけど全体的に露出が少なめて、正直な感想を言うと清楚な雰囲気で固めてきたえびすさんに僕は面食らった。

 制服の着こなしからしてもっと活動的というか肌色の多いファッションだとばかり思ってたのに。

 それが蓋を開けてみればどこぞのお嬢様のような可憐な装いだったものだから普段とのギャップと相まって目が離せない。


「どうしたよジロジロと。わたしにはこういうカッコ似合ってねーってか? 悪かったな、可愛い服が似合わねぇがさつ女で」


「なんでそうなるのさ。そうじゃなくてーー」


 ただ見ていただけでなんだってそんな卑屈な反応になるんだ。

 本人なりに事情があるのかもしれないけど、ここは声を大にして言わせてもらう。そんなことはないって。


 清楚な服が似合っていない?

 いやいや、むしろ滅茶苦茶似合ってた。

 たしかにえびすさんは美少女というより美人、可愛いというより綺麗なタイプ。女子の平均身長と比べてるなら上背な方だし、引っ込むとこは引っ込み出るところがしっかり出ている大人びた体型なのもあって実年齢より背伸びをしたファッションでも違和感なく着こなせるだろう。

 でもそれは女の子らしい服装が似合わないって意味じゃなくて幅広く着こなせるというだけだ。

 普段の快活で蠱惑的な印象から一変して、まだ十代半ばの幼さの残るあどけなさと清楚が強調された装いはDTオタクの僕からしても唸るものがある。


 だけど当のえびすさんはそのことを全く自覚してないらしい。

 なのでテスト勉強の成果で少しだけ増したかもしれない語彙力をフル活用して力説したのだけど、最初は眉を曲げて聞いていたえびすさんは次第に顔を俯かせてしまい、最終的には耳を手で塞いでしまった。

 あれ、何が悪かったんだ? オタクの悪いところが出て早口過ぎたかな。

 よしじゃあ今度はもっと丁寧にえびすさんの魅力を分かりやすく説明してーー


「いやっ、いい。分かった、もう秋良の言いたいこと分かったから! もう止めてくれっ」


「まだ語り尽くしてないんだけど。……ていうかえびすさん顔真っ赤じゃない? 熱とか大丈夫?」


 6月も半ばを過ぎ、本日も天気は快晴。

 気温はすでに20度後半にタッチしてて、駅前広場には日光を遮るものは何もない。

 もしかした日射病とか熱中症かも。

 放っておくと馬鹿にならないし、とりあえず熱があるか測らないと。

 体温計は……こんなところにあるわけないし、仕方ない。なら、


「えびすさんごめん。ちょっと触るね」


「は? なに言ってんだいきなり。って馬鹿馬鹿おまっなにしようとしてん、きゃっっ!」


 僕はえびすさんに顔を近付けると、そもままぷるんっとした唇にーーでは勿論なくて、おでことおでこをピトリとくっつけた。

 こっちは熱っぽい自覚もないし平熱も平均的だから、これで熱く感じたなら体温が上がってるってことだ。


「んーちょっと熱っぽい、かな? えびすさん、一回駅中行って涼もうよ。地下ならクーラーも効いてるしーーってどしたの?」


 声をかけてそう促したのだけど彼女は動こうとしなかった。

 熱が上がっているのか一層赤くりんごのようになった顔を両手で押さえて、わなわなと震えている。

 幸い見た感じはまだ体調が悪いわけではなさそうだけど、一体どうしたんだろう?

 様子のおかしなえびすさんを見守っていると、彼女はゆっくりと顔を上げてーー


「秋良のアホー!! このすけこましッ!! 女たらしのキザ野郎ー!!!」


 そんな捨て台詞と共にダッと走り去って行ってしまった。

 どことなくデジャブを感じるような。

 ああ、そういえば先週の日曜日も同じように亜梨子ちゃんを不機嫌にさせて先に行かれちゃったことあったっけ。


 それにしても人をすけこましだとか女たらしとか酷い言いざまだ。そんなことした覚えまったくないし、まあ告白は一応されたけど保留中だから女遊び以前に彼女だって出来ちゃいないのに。


 そのまま置いてけぼりにされるのかと思いきや、見る間に小さくなった背中は立ち止まるとこっちに振り返った。

 何も言わずにじぃーっと僕を見てくるえびすさん。

 なるほど、なんで怒らせてしまったのかは分からないけど短い付き合いでもこれは分かる。「早く来い」のサインだ。


「待ってよー! えびすさーん!」


 友達と遊びにきた初めての休日はまだまだ始まったばかり。

 僕は胸の高鳴りを抑えられないままえびすさんの元へと急いだ。

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