第15話 テスト明け

 

 ときに僕の通っている学校、内海府高等学校では三学期制ではなくて二学期制を採用している。

 三学期制の学校と比べると春休みと秋休みが少し短めな代わりに、夏休みと冬休みはちょっと長め。あとは定期テストの時期もずれてて六月の中頃、昨日と今日の二日間に分けて中間テストが行われていた。

 とくに偏差値も高くない普通の高校なのだけど、二学期制で学期ごとに中間テストと期末テストが一回ずつということはそれだけテスト範囲も広くなるわけで……入学してから最初の中間テストとはいえ、一夜漬けで何とかするには覚える量が多過ぎた。

 つまり僕がなにを言いたいかというと、


「ウチ世界史やばいんだけどー、あそこなんて書いたー?」


「アカン。俺半分も設問埋められなかったわ……」


「関数グラフってなんなんよそれぇー!」


 今日で中間テストは全日程を終了し、採点が終わって返却されるのを待つばかり。今さら泣いても笑っても結果は変わらない。

 日ごろサボっていた勉強のツケを払わされているクラスメイト達を尻目に自分の席で自己採点していると羽入くんが話しかけて来た。


「よ、新戸。いやぁ死屍累々って感じだな」


「あははは、だね。羽入くんはテストどうだったの?」


「まあ俺はぼちぼちってとこ。そう言う新戸は?」


「僕もまあまあかな。今回は結構勉強したからね。テスト返ってくるのが楽しみだよ」


 自己採点した感じ、不安だった英語を含めてかなり手ごたえはある。少なくとも平均点を下回ってる教科はないはずだ。

 僕がそう答えると羽入くんは意外そうな顔を見せた。


「へぇー随分自信ありげじゃん。死にそうな顔してたからてっきりヤバいのかと思ったわ。気付いてねーかも知れんけど目の隈凄いぞ」


「うそ、そんなに? ここのところよく寝てなかったからなぁ」


 一夜漬けで足りないなら四夜漬け。そんな力技で月曜からこっち、かなりのハードスケジュールで勉強してたもんだから一日あたりの睡眠時間は推してはかるべしと言ったところ。

 羽入くんに指摘された途端に猛烈な疲労と眠気が思い出したかのように襲いかかってきて、口から大きな欠伸まで漏れてきた。


「おいおいまだ午後も授業あるのに大丈夫かよ」


「へーきへーき。今日は帰ったらそのまま寝るからそれまでは、ふわああぁ」


 ダメだ欠伸が止まんない。気をしっかり保ってないと今にも寝ちゃいそうだ。


「平気そうにはまるで見えんけど。無理だけはすんなよ、何かあったら遠慮せずに俺に言えよな」


「……うん。ありがと」


 こうして話すようになって二週間もまだ経ってないってのに、羽入くんの真剣な目付きは本気で僕のことを心配してくれているようだった。

 まったく羽入くんといい亜梨子ちゃんやえびすさんといい、数は少ないけど僕は友達に恵まれたな。


「にしても、何でいきなりテス勉頑張ってたんだ? 先週とか全然ノリ気じゃなかったよな」


「ん、ちょっとね。ご褒美目当っていうかーーまあ個人的な理由」


 ご褒美というのは勿論だけど亜梨子ちゃんと約束していた例のアレのことだった。

 全教科平均点以上ならOKというわりとぬるいラインを出されたので、これなら何とかなるだろうということで今回は頑張ってみた。……ちなみに決して『何でも』の一言に釣られたわけではないので悪しからず。

 それでも日頃の勉強不足が祟って連日連夜の勉強漬けでようやくとった有り様ではあったけど。

 もし亜梨子ちゃんが提案してくれなかったら早々に教科書を放り投げて、今頃は教室のあちらこちらで呻いている魑魅魍魎クラスメイトの仲間入りをしていたかも知れない。

 やっぱり勉強はサボらずに普段から習慣付けないとダメだな。


「何だよご褒美って。なんか親にねだったりしたん? ……いや待て分かった。例の彼女だろ」


「え。……いや、チガイマスケド?」


 亜梨子ちゃんとの約束の内容をそのまま言うわけにはいかないしボカしたのに、羽入くんがまさかの嗅覚を見せたせいで思わずカタコトになってしまった。


「いやいや、隠さなくてもいいって。俺はちゃあんと分かってるからさ」


「その生暖かい目なんかゾワっとするから止めて欲しいんだけど。ちなみに何が分かってるって?」


 そう聞くと羽入くんは「そりゃお前の彼女のことに決まってんだろ」と鼻を擦ってみせた。

 得意気なところ悪いけど僕と亜梨子ちゃんの関係まで予想出来るわけないし不正解確定なんだよなぁ。それも別に付き合ってるわけじゃないけど。

 はてさて羽入くんはどこの誰が僕の彼女だと勘違いしているだろう?


「湊さんだろ、新戸の彼女ってさ」


「……はい?」


 まさかのチョイス。

 流石にこう返ってくるとは予想出来なかった。

 ていうか、なにをどうしたらえびすさんと僕が付き合ってるってことになるんだ。


「だってこないだ教室まで新戸のこと迎えに来てたじゃん。スマホ見ろとか湊さんがキレてたけど、あれ俺が声かけた時に弄ってたやつだろ。あん時は邪魔しちまって悪かったな、二人で約束してる時は俺の誘いは断ってくれていいからさ」


 ……ああ~、なるほど。状況だけ見たらそう繋がってもおかしくないのか。

 いやでも本人に聞いたことはないけどえびすさんって男子の友達もたくさんいるんだし、もう誰か恋人がいても不思議じゃないんじゃ。


「いや、あの人見た目はド派手だけどガードめちゃくちゃ堅いぞ? 今まで告白したやつ全員フラれてるし、中学ん時も誰かと付き合ったって話聞いたことねーな。てか、そもそも男と二人きりでいるのとか新戸以外で見たことないし」


「そうなの? 羽入くん随分詳しいんだね」


「俺あの人と同中だったからな。湊さんは俺のこと覚えてなさそうだけど」


「同じ中学校ってことは、たしか北中だっけ」


「そーそー。北チューの『紅夜叉』って言えば地元じゃ有名でさ、ヤンキー相手には容赦ないけど俺らみたいな普通の生徒には優しいからすげぇ慕われてたんだぜ、湊さんって」


 はへー、元ヤンだとは本人の口から聞いてたけど。しかも羽入くんとえびすさんにそんな共通点があったとは。

 にしてもえびすさんの普段の過激な着こなしといい中学時代の荒れっぷりといい、経験を積んでいるんだろうなって勝手に思ってたけど正直意外だった。


 それはそれとして、えびすさんと僕はあくまでも友達同士。付き合ってる事実なんてどこにもない。

 そう説明してはみたけど、羽入くんはてんで信じてくれなかった。


「だーかーらー。えびすさんはただの友達なんだって。そういう対象には見てないから」


「嘘つけ、こないだまで名字呼びだったのに急に下の名前で呼んどいて。だいたいあんな胸デカい美人を意識しないとか無理あるだろ」


「いやまあそれは……そうだけどさ」


 確かにえびすさんはとても魅力的な女の子だ。容姿やスタイルは言うまでもないし、白状すると彼女のふとした女の子らしい仕草に見惚れてしまう時もある。

 だけど女の子として意識するよりも先に友達になったもんだから、そういう目で見るのはいけない気がして僕は彼女を異性としては見ないようにしていた。

 

「お話し中邪魔しちゃって悪いんだけど、二人ともちょっといいかな?」


 この感覚をどう説明したものかと悩んでいると、僕と羽入くんの会話に誰かが割り込んできた。

 癖のないおさげ髪がトレードマークの真面目そうな雰囲気の女生徒。我が1年A組のクラス委員長でもある白河ほとりさんだ。


「あれ、どうかしたの? 白河さん」


「なんだ珍しいじゃん。俺らは別にいいけど」


「うん、あのね? 女子の間で明日中間テストのお疲れ様会しようって話になってるの。それで参加出来る人聞いて回ってるんだけど、二人はどうかなって」


 白河さんのお話というのは陰キャオタクには眩しい陽キャイベントへのお誘いだった。

 希望者参加と言いつつ僕はこれまでこの手のイベントに誘われた覚えが一回もない。翌日の教室で盛り上がるクラスメイト達を虚しく見ていたものだけど、お声がかかったということは僕にもようやく人権が与えられたみたいだ。


 それにしてもなんで白河さんが人集めなんてしているんだろ。

 いつも外から見ていた感じだと、こういうのを企画するのは決まってだった気がするのだけど。


「俺は行こうかな、明日暇だし。他のメンバーは?」


「えーっと私と羽入くんの他だと檜山さんと、江藤くんと、藤井さんとーー」


 流石は表だと普通に陽キャしてる羽入くんだ、即決してみせた彼に白河さんは指を折りながら今決まっているメンバーの名前を挙げていく。

 誰も彼もクラスでトップカーストにいる面子ばかり。そして最後に名前を呼ばれたのは、


「あとは綾瀬さん達かな」


 チラっと白河さんの目線が窓際でたむろしている綾瀬さんに向いた。釣られてそちらを向くと、いつもの取り巻き二人を横に従えている彼女と目が合った。


 先週えびすさんにメンチを切られてからと言うもの、僕に下手に絡むとえびすさんが出張ってくると思ったのか最近の彼女はすっかり大人しかった。

 おかげで僕の学校生活も実に平和だったのだけど、いま僕を見つめる目には先週のあの時と同じく背筋にぞくりと悪寒が走るようなモノを感じた。


「……それで新戸くんはどうかな?」


「あ、いや、僕はちょっと……」


「もし時間空いてるなら少しでも顔を出してくれると嬉しいんだけどな。夕方まで遊ぶつもりだからどこかだけでもいいし、ある程度は新戸くんの予定に合わせるからっ」


 断ろうとすると白河さんは妙に必死になって食い下がってきた。今までろくに話したこともないのに僕が参加しただけで何で嬉しいんだろうと首を捻るけど、しきりに綾瀬さん達の方を伺う彼女を見てピンとくる。


(なるほど、白河さんに頼んだのか)


 予想でしかないけど、自分で誘うと僕に警戒されてしまうと綾瀬さんは思ったのかも知れない。実際そうなっただろうし。

 でも申し訳ないことに綾瀬さんを抜きにしてもどのみち僕は参加するつもりはなかった。


「ごめんね白河さん。僕明日は一日用事があるからさ、遠慮しとくよ」


「ええっ、そんなーー」


「なんだ新戸来ないのかよ。どっか行くのか?」


「うん、ちょっとね。えびすさんと本町まで遊びに行く約束してるんだ」


 べつに隠す必要もないし、むしろ使正直に答えておく。

 そう、丁度テスト前にえびすさんに誘われた遊びに行く日程というのが同じく土曜日だった。

 まあでも時間をやり繰りすればクラスの集まりにも少しは参加出来るかも知れないけど、綾瀬さん達が参加するなら遠慮したいしそれは黙っておこう。

 全くいいタイミングでえびすさんも誘ってくれたものだ。


「は!? おいおい湊さんと二人きりとかそれデートじゃんか!」


「だーから違うんだって。普通に遊びに行くだけだから」


 さっきまでの話の流れもあって興奮した羽入くんが大きな声でえびすさんの名前を出すと、こっちの様子を窺っていた綾瀬さん達は露骨に慌てていた。そして何やら白河さんにジャスチャーを送っている。両手で大きくバツ印。それが意味するところは。


「そ、そうなんだ。ならお邪魔しちゃ悪いよね、明日は楽しんでね。じゃあ、私はこれで……」


 あれだけしつこく誘って来てたのが嘘みたいに、白河さんはそそくさと綾瀬さん達の方に戻って行った。

 残された僕は羽入くんと顔を見合わせた。


「白河なんか変じゃなかったか、今の」


「さあてね、どうだろ。でも助かったよ羽入くんナイスアシスト」


「は? 何がだよ」


「んーん。なんでもないよ」


 白河さんには悪いけど綾瀬さんの相手はお任せしよう、僕は関わりたくないから。

 若くして中間管理職の苦しみを味わっていそうなクラス委員長に心の中で合掌だけしておく。南無。

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