第13話 あの日のこと
「なあ、声優イベントってどんな感じなんだ?」
ひとしきり僕を弄って満足したらしい湊さんは、綺麗に巻けている卵焼きを啄みながら唐突に質問してきた。
「どうって?」
「雰囲気とか内容とか。今度ハレちゃんのイベントあるからイメトレしときたくてさ」
「へぇ、じゃあ
「そりゃあんだけ積めばな。財布のダメージが半端ねぇよ……」
ああ分かる分かる、学生に複数枚積みはきついよなぁ。
しかもそのイベントの抽選券ってアルバムに封入されてるやつじゃなかったっけ。シングルならともかくアルバムだと最低でも一枚3000円くらいするから、湊さんが死んだ魚みたいな目になってるのも納得だ。
「それよりどんな感じか教えてくれよ。あ、いや待て。秋良のことだから亜梨子ちゃん贔屓入りそうだしそれ抜きで頼むわ」
えー……亜梨子ちゃんを中心に語っていいなら400字詰めの原稿用紙何枚分だって感想聞かせてあげるのに。
「お前に亜梨子ちゃんのこと語らせると止まんねーから面倒くせぇんだよ。で、どんなもん?」
「うーん、そうだなぁ……」
仕方ない、じゃあ亜梨子ちゃん抜きでイベント自体の僕が思った素直な感想を話すならーー
「なんていうか、普通?」
「んなタンパクな。もっと何かないのかよ、こうさ」
「だってさ、イベント行けなくても現地参加した人のレポとか読むじゃない? あの感じのまんまだったし。こういうのって構成もテンプレ化してるだろうから」
これがライブなら衣装とか舞台演出、楽曲のセットリスト、合間に流れる映像なんかは毎回違うけど、普通の声優イベントにそこまで期待するのは酷な気がする。予算とか時間の都合もあるし。
そう説明すると湊さんは納得はしたけど、どこか物足りないようだった。
「そんなもんかー。構えすぎて肩透かしくらった感じだわ」
「まあファン向けイベントだからねー、主役と司会進行役次第だよ良くも悪くも。……でもね。いっこ教えとくと推しが目の前に来たら余裕とかなくなるよ」
実体験を元にそう忠告しておく。
なんなら、推しの日向ちゃんの正体が長年の友人だったなんて衝撃の展開もあるかも知れないからね。まさかそんなことないだろうけど。
「それ場数踏んで慣れる以外にどうしようもねーじゃん。初回は出たとこ勝負するしかなくね?」
「まあ、結局はそうだよね」
僕に出来るアドバイスなんてこんなものだ。所詮学生でしかない僕はファン活費用を親の小遣いに頼る子供だし、たかだか一回握手会に参加したくらいなもんで湊さんに先輩面できるほどじゃない。
退屈を持て余してか湊さんは椅子の背もたれに脱力してもたれかかると、椅子の前足を浮かせてゆらゆらと揺れていた。
今にも後ろに倒れてしまうじゃないかという不安とアングル的にお山が危うくて、二重の意味でハラハラしながら見守っていると彼女が話を振ってきた。
「あー、つまんねー。秋良ー、なんか面白い話ねぇ?」
「いやそんな雑なフリある?」
「お前またわたしの胸見てたろ。見物料代わりになんか話せ、早く、ハーリアップ」
訂正。世界一雑なうえに世界一断りにくい嫌なフリだった。
仕方ないじゃんか、目の前であんなに揺れてたらさぁ。
面白い話、面白い話……なにかあったかなと考えているとふと思いついた。
そんなことを考えるまでもなく、
「……面白いっていうか、びっくりした話でいいならあるよ」
「お? なになに? 聞かせろよ」
途端に飛び付いて身体を乗り出してくる湊さん。
本当は自分の中に仕舞い込んでおいた方が良いのだろうけど、誰かに相談したいという気持ちがずっと僕の中にはあった。なぜなら昨日あった出来事は僕一人が抱え込むには大きすぎることだったから。
その相談相手にするなら湊さん以上の敵役はいないだろう。
貴重なオタク友達だし、口も堅い。誰かに漏らしたりしない信頼できる。それに同性目線からの意見もくれるかもしれないし。
ただあまりにも経緯が複雑過ぎるし、いちから説明すると長すぎる。
だからまずオチの方から話すことにした。
「昨日僕さ、亜梨子ちゃんから告白されたんだよね」
「………………………………………………………お前、頭大丈夫か?」
たっぷりと10秒近く溜めてから湊さんはそう返した。
まあそういう反応になるよね普通。ところがどっこい、この話は嘘偽りのない事実なのだ。
だから僕は順を追って事の要点だけを湊さんに説明していった。
リドルくんとの関係や湊さんも関わっていた冬のあの事件、そして昨日の公園でのことを。
最初は僕を痛い子を見る目で見ていた湊さんだったけど、話が進む内に半信半疑といった顔付きになり、トドメに昨日撮った(撮らされた)ツーショット写真と亜梨子ちゃんとのチャットのやり取りを見せると流石に信じざるを得なくなったようで、今までに見たこともない珍妙な顔で溜め息を漏らした。
「はぁ~……いやびっくりだわ。こんなことってマジであんだな、アニメみてぇ」
本当にね、僕もまったく同じこと思った。
「でも良かったじゃねーか秋良。憧れの亜梨子ちゃんから認知されてて、しかも告白されるとか幸運ってレベルじゃねーぞ。当然OKしたんだろ?」
だから湊さんがこう返してくるだろうことも予想通りだったのだけど、答えは違った。
「ううん、OK
「だよなぁ、やっぱ。自分の推しに告白されて付き合わないやつとかいるわけなーー…………はあああああ!? お前なんつった今!?」
うんうんと頷いていた湊さんの顔が凍り付き、そのまま暫く固まっていたかと思えばガタンッと椅子を蹴とばすように立ち上がって僕の肩を揺さぶってきた。
「ちょ、ちょちょちょ、落ちついてってば湊さん! ちゃんと理由があるんだって!」
「ハァ!? 理由だぁ!? んなもんあるなら今すぐ言ってみろ!!」
「言うっ、言うから揺さぶるの止めて。吐いちゃう、吐いちゃうから!」
「おお吐けっ、キリキリ吐け! 隠し事は残らず全部吐きやがれ!!」
「ち、ちがっ! そっちの吐くじゃなくて……うっぷ……待って……ホントやばいから、手ぇ放してぇええ!!」
まるで話を聞いてくれない湊さんと格闘すること数分、なんとか胃液をぶち撒ける醜態を晒さずに済んだ僕は、ヘッドロックをキメられたまま昨日の顛末を彼女に白状させられた。
自分で言うのもなんだが何とも情けない話になるのだけど。
***
遡ること一日前くらい。正確に言うと18時間前。
あの公園で亜梨子ちゃんに告白の返事を迫られた、僕は受け入れるのか断るかの二択をどうしても決めれずにいた。
短時間に衝撃の事実のオンパレードが襲い掛かってきて困惑しきりのところに一息付く間もないまま今度は告白されて返事も、となって僕の頭はすっかり限界を迎えていたのだ。
これがもう少し時間を置いていいなら話もまた違っていたろうけど、すぐ答えろと言われては出せる答えも出てこず。
かと言っていつまでも亜梨子ちゃんを待たせるわけにも行かないと完全に逃げ場所を失っていた僕の頭に突如として閃くものが浮かんだ。
今にして思えば頭が回らなすぎておかしくなっていただけだろう。でもその時の僕には画期的なアイデアに思えたのだ。
それはつまり自分で決めれないなら誰かに相談すればいいじゃん、というごくごく普通で理に叶った考えだった。
……ただしその相談相手が相談相手だったのだけど。
本人を放置して誰かに相談しようとする構図も中々キマっているけど、そもそも電話で誰かに助けを求めという考えすら頭に浮かばなかった僕は、単純に自分の一番近くにいた人に相談に乗って欲しいと頭を下げた。
公園の中には僕と亜梨子ちゃんの二人きりで他には誰も見当たらない。
僕が二重人格でもなければ話せる相手はただの一人。
そう、僕は月城亜梨子に告白された相談を、月城亜梨子本人にしたのだった。
これにはさしもの亜梨子ちゃんも言葉を失っていた。
そりゃあそうだ、告白した相手から返事する前にその相談をさせてくださいと頭を下げられれば誰でもそうなる。100年の恋が冷める瞬間かも知れない。
それでも余裕の欠片も無かった僕は恥も外聞もなく自分の心境を洗いざらい彼女にブチ撒けた。
月城亜梨子のことが間違いなく好きだと言うことも、けれどそれが恋愛感情なのかよく分からないこと。
上手く行くかも分からない恋愛関係より今まで通りの友情関係を優先させたいという気持ちが自分の中にあること。
だから告白の返事を決められずにいることーー全て言い切った僕は吹っ切れに吹っ切れてもうどうにでもなれというある種の清々しい気分になっていた。もしくはヤケになっていただけか。
どうせ告白を受け入れようが断ろうが以前の関係には戻れないのだ。
でもそもそもの話、月城亜梨子とネットのフレンドであるという状況自体普通じゃない。
僕も他のファンと同じように一線を引いて遠くから声優・月城亜梨子を応援するのが本来あるべき形だろう。
リドルくんという一年来の友人を失うことになったとしても、その悲しみは時が解決すると信じて僕は彼女の沙汰を待った。
かくして告白の返事を待たれていたはずが、そのことについて相談した返事を僕が待つという奇妙な空間が出来上がったのだが。
てっきり失望感たっぷり、あるいは怒り心頭、もしくは呆然としているかのどれかだと思っていた亜梨子ちゃんの反応は、意外にも冷静なものだった。
小声で「事を急ぎ過ぎましたか」と呟いた彼女は、僕に一つの提案をしてくれた。
「おーたむーんさんの言いたいことは分かりました。なので、いま告白の返事を聞くのは止めにします。その代わり……今日からはリドル・リデルではなく月城亜梨子として私と友人になってください。一緒に過ごしていく中で私のことを知ってもらって、おーたむーんさんの中で答えが出たらその時に改めて告白の返事を聞かせて貰ってもいいですか?」
それは僕の杞憂していたことを全て配慮してくれた形で、彼女の懐の広さとそれに比べて情けなさ過ぎる自分に泣きたくなりつつも、僕はその提案をありがたく受け入れたのだった。
こうしてリドル・リデルという僕の友達は、月城亜梨子という本来の名前に戻ってもしばらく友人関係を続けてくれることになった。
僕と彼女の関係がどう変化するのかは分からない。
ただ選択するまでの時間を引き伸ばしているだけなのかも知れない。
そうだとしてもまだ時間はあるのだ。
後悔しないようじっくりと考えて答えを出すのも悪くはないだろう。
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