湊えびす編

第12話 今までと少しだけ違う日常

 

 日を跨いで月曜日。学生の本分を忘れずに学校に登校していた僕は、昼休みの教室でスマホを弄っていた。

 その理由がこれだ。


 おーたむーん:

 じゃあ今日は午後から仕事なんですか。うわぁ大変だ 12:05


 リドル・リデル:

 お仕事をいただけること自体は嬉しいんですけどね、ただ単位の調整がちょっと。秋良くんは今学校ですか? 12:05


 おーたむーん:

 いま丁度昼休みです。お昼食べて、次は英語の授業かな。木金に中間テストがあるから頑張らないと。英語は苦手なんで 12:07


 リドル・リデル:

 中間テストですか、そっちも大変そうですねぇ……そうだっ、じゃあ秋良くんがテスト頑張れるように良い点取れたらご褒美あげちゃいます! 私に出来る範囲なら何でも一つだけ叶えてあげますよ? 12:07


 おーたむーん:

 ……え? 12:08


 リドル・リデル:

 あ、そろそろお仕事の時間なので落ちますね。また後で〜 12:08


 おーたむーん:

 え? え? ご褒美って? それに何でもって、ホントに何でもいいんで


「おーい新戸ぉ、飯食わねぇの?」


 つい『何でも』の一言に釣られて爆速フリックしていた僕の頭に声が降ってきた。

 スマホの画面から頭を上げると、最近よく話をするようになったクラスメイトの姿があった。


「羽入くん。どしたの?」


「どしたのって昼休み入ったのに新戸がずーっとスマホと睨めっこしてるからさ。あと飯の誘い。……なに、彼女?」


「かっ、かの!? いやっ、いやいやいや、違うよ!?」


「動揺し過ぎだろ。絶対嘘付けないタイプよなー新戸ってさ」


 そう言いながら僕の前の人の席を借りて、当然のように机をくっ付けてくる羽入くん。陰キャぼっちだった僕が彼と話すようになったきっかけは先週まで遡る。


 イメージチェンジに成功したことでようやくクラスに受け入れられた僕だったのだけど、いくら外見が変わろうと中身は当然そのままなわけで。

 二ヶ月間クラスでぼっちを極めていた僕にクラス内の共通の話題なんて分かるはずもなく、こちらの話題の引き出しと言えばアニメ・漫画・ゲーム・声優……一般人相手には役に立たな過ぎた。


 こんな僕でも緊張せずに話せる例外は湊さんのような同じ趣味を持つオタク仲間くらいのものだ。オタクはオタク同士だとやたら饒舌になれる生命体なのだ。

 まあつまり羽入くんと僕がこうして関わるようになったのは彼もオタクだったのが理由だ。ただし羽入くんの場合は『隠れ』の一言が付くタイプだったけど。

 オタク仲間は欲しいけど自分のオタク趣味を明かすのも恥ずかしくて悶々としていた彼は、オタク趣味をオープンにしていた僕と話す機会を前々からうかがっていたらしい。受け身の僕としてはあっちから話しかけに来てくれる分には大歓迎だし、一週間話している内にこうしてお昼を一緒にするまでになっていた。

 自意識過剰でなければ、いわゆる友達ってやつだ。


「あ、それ。成金勇者のやつじゃん。しかも秋葉店限定じゃなかったっけ」


「週末に東京行って来たからさ、ついでに買ったんだ。いいでしょ」


 羽入くんが指差したのは僕のスマホにぶら下がっているアニメキャラのストラップだ。個人的に今期イチ推しのアニメ。理由といえば亜梨子ちゃんがメインヒロイン役で出演しているからなのだけど、それはそれとして作品人気も高い。

 羽入くんも観てるみたいで彼の推しはサブヒロインの男装ロリクーデレ忠犬サキュバスという属性のデパートみたいなキャラだった。ちなみにCVは亜梨子ちゃんと同じユニットTolemyトレミーのメンバーである日向ハレさん。湊さんとは色々趣味が合いそうだ。


「本町のショップにも置いてくれりゃいいのになー。こういう東京以外お断りみたいなやつ萎えるわぁ」


「わりかし近いんだから電車乗ってアキバみで行けばいいじゃない。なんなら僕自転車で通ってたこともあるよ東京、ちなみに往復で」


「はあ!? チャリで!? 何キロあると思ってんだよお前……」


「いやぁ、あの時は死ぬかと思ったよね。家着いたら足が痙攣して動けなくなってさ」


「そらそうだろ。てか、意外と根性あんだな新戸って。体力測定ほとんどドベだったのに」


 羽入くんと二人、弁当を広げて(僕はコンビニで買っておいた惣菜パン)他愛もない話に興じていたのだが、時計の針が昼休みの半分を指した頃ーーバンッと勢いよく教室の引き戸が開かれた。

 僕らをはじめ教室内にいた全員の視線が集まる中、廊下から現れたのはよく見知った人物だった。


「あ~き~ら~……お前ェ……わたしにガン無視こいて呑気に昼飯とは良い度胸してんじゃねぇか……!!」


 燃えるようなド派手な赤髪。下着が見えてしまいそうなほど開けた胸元に、挑発的に生足を晒した改造ミニスカート。のいつもお決まりの正装だ。


「あれ、湊さん? なんか約束とかしてたっけ」


「あれ湊さん、じゃねぇ! スマホ見ろスマホ!」


 なんだか随分とご立腹な様子。僕はもう慣れてるからいいけど、羽入くんなんて若干顔を強張らせてちゃってるじゃないか。

 まったく一体どうしたのやらと言われるままにスマホを引っ張り出してみれば、


「げ」


 MINATO:

 秋良ー、今日昼飯一緒に食わね? お前に聞きたいことあってさ。漫研部の部室集合で 11:55


 MINATO:

 先着いてる。おかず多めに作ったから摘まんでいいぞ 12:10


 MINATO:

 おい、待ちくたびれたんだけど。はよ来いよ 12:20


 MINATO:

 ……秋良?  12:25


 MINATO:

 不在着信 12:27


 MINATO:

 不在着信 12:28


 MINATO:

 不在着信 12:28


 MINATO:

 不在着信 12:29


 名字をそのままローマ字表記しただけのシンプルなユーザネーム。

 それは間違いな湊さん本人のものだ。最初のは時刻的に四限の終了間際に送信されていて、その後も数分おきに続いていた。最後の方になると1分と間隔が空いてない。

 亜梨子ちゃんとやり取りをしてたのと、羽入くんとの会話が盛り上がってスルーしてしまっていたみたいだ。極め付けに鬼電されてもガン無視してるし完全にやったわ、これ。


「おら立てっ、行くぞ! ーーあ、そだ。飯食ってたのに悪ぃな、こいつ借りてくから」


「わっ、とっとっとっ、ごめん羽入くん。そういうことみたいだからー!」


 湊さんに襟首を掴まれた僕は、引き摺られるようにして歩かされた。いくら僕が細身と言っても身長の分それなりに体重はあるはずなんだけど凄いパワー。

 そのまま教室を出ていくのかと思えば、ふと思い出したように湊さんが羽入くんに断りを入れる。滅茶苦茶やってるように見えて割りとこういうとこはしっかりしてるよな、湊さんって。

 ダブルブッキングになってしまったので僕も不格好な体勢のまま詫びると、羽入くんと言えば僕に向かって痛ましげな顔で合掌していた。いやいや、何もされないから……多分ね。



 ***



「で?」


 道中、湊さんに謝り倒した僕だったのだが。

 基本的にからっとした性格の彼女はなんだかんだと機嫌を直してくれて、僕らはいま漫研の部室にいる。

 室内は数日前に訪れた時より若干整理整頓されていた。もしかしたら僕を待っている間、暇つぶしに湊さんが片付けていたのかもしれない。

 机の上には大きめの重箱が広げられていて、一人分にしては明らかに量が多かった。なんとわざわざ僕の分のおかずも用意してくれたようだ。前回また食べたいと感想を言った覚えはあるけど律儀なことだなぁと思いつつ、ありがたく丸々と大きいから揚げに舌鼓を打っていると湊さんがそう口にした。


「むぅ? んむっ、むぐ……いや、で? って言われても。それだけじゃ分かんないよ」


「昨日の今日なんだから一個しかねーだろ。ほらアレだよアレ、イベントあったろ」


「まあ、あったけど。それがどうかしたの?」


「……いや、だからな? なんつーかー……」


 湊さんにしては何だか妙に歯切れが悪い。不思議に思って話を聞いてみると、つまりこういうことだったらしい。


「なあんだよ心配して損したわ。秋良のことだし、生の亜梨子ちゃんと握手なんかしたらいつもの数倍はテンション狂って投稿しまくってそうなのにだんまりだったからよ。てっきりイベントでやらかして落ち込んでんのかと」


「まあ昨日はちょっと……ね」


 言われてみれば昨日はイベント後に何も呟いていなかった。でもそれは起こり過ぎてそこに気を割く余裕が無かったのと、誰かに向けて呟ける内容でもなかったからで。


「それに僕だってSNS触らない時くらいはあるよ」


 不満げにそう言うと、湊さんはピッと箸の先端を僕に向けた。


「嘘つけ。お前自分の投稿見直してみろって完全にジャンキーだから」


「う゛っ……」


 それを言われてしまうと自覚があるだけに心に来る。

 なにせ昨日の夜、自分がヤバい呟きをしていないか過去まで遡ってチェックしたばかりだ。リドルくんが亜梨子ちゃんということは僕の呟き内容も全てが彼女に筒抜けってことで、万が一センシティブな呟きがあった場合は証拠隠蔽も兼ねてね。

 幸い僕のネットリテラシーは十分に仕事をしてくれていたようで一発アウト案件は回避していたけど、呟きの傾向は7、8割がた亜梨子ちゃん関係のことばかり。

 しかも朝から晩まで何回も何回も呟やいているんだからジャンキー呼ばわりされても仕方ないかも知れない。


 ともかく誤解も解けてくっちゃべりながら昼飯に興じていると、湊さんがふと思い出したようにとんでもないことを言い出した。


「けど勿体ないことしたなぁ秋良。わたし誰か慰めるのとか苦手だからさぁ、もし秋良がマジ凹みしてたら胸揉ましてやろうと思ってたのに♪」


「っっ! ……んん"、またそんな冗談言って。もう僕乗ってやんないからね」


 うっかり反応しちゃうとこだったけど、どうせいつもみたくからかってるに決まってる。

 何回もやられれば流石の僕だって学習するのだ。


「冗談じゃねーって。ホレ、なんなら揉んでみるか?」


「ぶほっ!?」


 けど湊さんは不服そうな顔をすると、おもむろに組んだ腕を持ち上げて見せた。つられて腕に乗っかっている豊かな双丘がふよん揺れる。


 ときに、湊さんはちょっとその辺ではお目にかからないレベルの、グラビアアイドル顔負けなスタイルをお持ちだ。 

 なので男のぶしつけな視線にはいつも悩まされているらしくて、それを聞いて不快な思いをさせないようにいつもは目線を胸元を向けないように気を付けていたのだけどーー本人から胸を強調するようなポーズをされると流石に見てしまう。悲しいかな僕も男の子なので。


 手で持ち上げられたことで一層強調されているたわわ。その大きさもさることながら、ぴっちりと伸びきった生地の下の色まで透けてしまそうでーーはっ!


「あきらくぅ〜ん、今なにを考えてたのかなぁ〜? 」


 ……くそぅ。まんまと釣られてしまった。


「あははははっ! ほんっと可愛いーな秋良は。めっちゃわたしの胸に釘付けになってたぞお前!」


「ううっ……」


 実に愉快そうな湊さんに肩を叩かれながら、僕は何も言い返すことが出来ずに顔を赤くして俯くのだった。

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