第6話 ジェスチャーゲーム

 

 トークライブというからてっきり30分話してそれで終わりなのかと思ってたら、トークパートは前半の15分で後半からはファン参加型のジェスチャーゲームをするらしい。

 大橋さんの出したお題を亜梨子ちゃんがジェスチャーで表現して、それを僕らが早押しで答えるクイズ形式。お題は亜梨子ちゃんが今まで出した曲関連だとか。


 前半だけでも亜梨子ちゃんのレアな表情の数々を至近距離から拝めて大満足だったのだけど、こうもファン心理をくすぐってくるなら受けて立ってやろうじゃないか。

 月城亜梨子に関すること問題なら僕も少々、いやかなり自信がある。

 これは全問正解してしまうかもなぁ、なんて調子に乗っていた僕だったのだけどーー


「はい、正解でーす! 答えは3rdシングル、ユナイトのMVから望遠鏡を覗く月城でした!」


「すごいすごーい! どうして分かったんですか?」


「あはは、たまたまですよ。ユナイトは好きな曲だしMVも無限リピートしてたんで」


 しかしてその高い鼻は早々にへし折られた。それはもうバッキバキに。

 今だって正解した大学生くらいの青年が亜梨子ちゃんに直接声を掛けられて頬を緩ませているのを、僕は指を咥えて見ているだけだ。


「はー、皆よく分かるねぇ。本番前にスタッフとリハーサルしたけど正解率二割くらいだったのに」


「もうっ! 私のスタッフさんならそこは分かってくださいよー!」


 大橋さんと亜梨子ちゃんの掛け合いに会場はどっと沸いたけど僕の口からは乾いた笑い声しか出てこなかった。

 というのもジェスチャーゲームが始まってからさっきの問題で七問が終了して、観客側の正答率は100%。

 その内で僕が答えることが出来た問題は0個。

 ゼロ、一つも無し。……もう泣きたい。


 イキってたくせに口ほどにもないじゃんと思うかも知れないけど、ちょっと待って欲しい。

 釈明させてもらうと答えが分からなかったわけじゃない。どの問題も答え自体は分かっていたし、あと少し手を挙げるのが早ければ解答者に選ばれたのは僕のはずだったのに。


(幾らなんでもこの人達早すぎない!?)


 結局のところはその一言に尽きる。

 そう言えば前にリドルくんと話していた時、声優アイドル現場あるあるでジェスチャーゲームは定番だって聞いたような。なんでだか珍しくリドルくんが愚痴っぽかったのでよく覚えている。


 間違いない、現場慣れしているジェスチャーゲームの歴戦の猛者がこの中には何人も混じっている。その証拠にさっきから連答している人も目立つし。

 時間的にあとそう何問もないだろうから、このままだといいトコなしで終わってしまいそうだ。


「じゃあ次で最終問題にしようかな。皆さん優秀みたいなので最後はちょっと難しくしたから張り切ってくださいねー。じゃあ、月城だけこれ見て」


 大橋さんが客席からは見えないようにしてフリップを見せると、亜梨子ちゃんの顔が一瞬強ばった。


「大橋さん、これ流石に難しすぎませんか?」


「まあまあ、景品とかあるわけじゃないし。当てれたら凄いよねってことで。んじゃ行くよー、制限時間30秒ね。よーいどん」


「あっ、ちょっと待ってください! えーと、えーっと」


 迎えた最終問題、しかも難問と明言されているこの問題を答えられれば月城亜梨子ファンとしてひとかどの者と言えるだろう。

 さあ、来い。脳内に蓄積された二年分の亜梨子ちゃんデータベースにてお相手しようじゃないか!


 亜梨子ちゃんはどうしたら伝わり易いか随分悩んでいるようだったけど、大橋さんに急かされて慌ててジェスチャーを始めた。

 ……始めたのだけど、えっと、これは……なんだろう?


(う、宇宙人? いやタコか、イカかも)


 亜梨子ちゃんは空中に両手で大きな丸を描いて、その下で手をゆらゆらと漂わせていた。

 普通に考えれば例に挙げた幾つかの内のどれかだと思うだろうけど、お題が彼女がソロ活動で出した曲に関係しているというのが難点で。それらが該当しそうな楽曲がちょっと思い付いかない。


 流石の猛者達もこの問題には頭を悩ませているようで、近くの席の人同士で相談し合う声で会場内はざわめいていた。


「ーー29、30。はい終了でーす。じゃあ分かった人は挙手して何のジェスチャーなのかと曲名を当ててみてください」


 七問目までは我先にと挙がっていた手も今回ばかりはすぐには挙がらない。

 それでも果敢に何人かがチャレンジしたけど結果は全員不正解。

 時間も押しているし、このままだと正解者は出ないんじゃないかという雰囲気が客席に漂う。


「あらら? 今回は正解者0人で終わりそうかな? 流石に問題難しくし過ぎたか」


「当たり前ですよ。あんなの引っ掛け問題みたいなものじゃないですか」


 ーー引っ掛け問題。


 亜梨子ちゃんのその言葉を聞いた瞬間、僕の灰色の脳内で何かが弾けた。

 問題自体が難しいとばかり思っていたけど、引っ掛け問題ということはたぶん純粋な難易度ではなく発想の転換が必要ってこと。

 つまりは問題ではなく出題形式自体が今までとパターンを変えてきたとするなら。


「お、そこの野球帽を被った男前なお兄さん。お答えをどうぞー」


 気付けば僕は手を挙げていた。大橋さんに指されて立ち上がる。

 ステージ上の亜梨子ちゃんのクリッとした大きな瞳に見つめられて口ごもりそうになるけど、僕は確信を持って答えを口にした。


「えっと、たぶんテレビアニメ『メメズの冒険』のEDに出て来る空中クラゲのジェスチャーで、曲は『水面下のアポクリファ』だと思うま、……いえ思います」


 少し噛みそうにはなったけど、なんとか言い切ることが出来た。

 暫しの間大橋さんは溜めの時間を作り、そして、


「ーー正解ですっ! いやあ、お見事!! 正直言ってこの問題が分かる人がいるとは思いませんでした。皆さん惜しみ無い拍手をお兄さんに送ってあげてください!!」


 今日一番の歓声が会場内に上がった。

 いや良かったー、自信はあったけど正解してて。亜梨子ちゃんのあの言葉が無かったら気付けなかった。

 周囲の月の民仲間からも「やるじゃん」「あの迷作のED映像とかよく覚えてたね」と誉められて、自尊心を満たすより気恥ずかしさの方が上回った僕はペコペコと頭を下げてさっさと席に座ろうとしたのだけど、その時耳にか細い声が届いた。


「ーーなんで、分かったんですか」


「えっ?」


 顔を上げてみると、目を真ん丸にした月城亜梨子が僕を見ていた。

 難問だったとはいえクイズで答えただけなのに大げさなリアクションだと思いつつも、推しに話しかけてられて舞い上がらないファンなんているはずもなく。

 鼻の下が伸びてだらしない表情になっているのを自覚しつつも抑えられないまま、僕は自慢気に彼女に説明する。


「あれはですね! ありすちゃーー月城さんが、『引っ掛け問題みたい』って言っていたのを聞いて閃きまして。それまでの七問はMVのワンシーンから出題されてたから、今度はMVじゃなくて別の映像から出題しているんじゃないかと」


 普段は亜梨子ちゃん呼びしてるくせに、いざ本人を前にするとなんだか恥ずかしくて他人行儀な『月城さん』呼びになるチキンな僕。まあ実際他人なんだけども。


「それで思い当たったのか『メメズの冒険』のEDムービーでして。僕、水面下のアポクリファ大好きなんで鬼リピしてたから目に焼き付いてたんですよね、あははは」


 途中言葉が思い付かなかったから耳が覚えていた七問目を正解した人のコメントを若干パクりつつ締めくくったのだけど、どうも亜梨子ちゃんは納得していないようだった。


「いえ、そっちではなく。どうして空中クラゲのこと知ってたんですか?」


 これはどうしてジェスチャーがクラゲを指していると分かったのか、という意味じゃなくて、どうして空中クラゲという名前だと分かったのか、という意味の方だろう。


 なんのこっちゃと思う人もいるだろうけど実はこれもっともな疑問で、空中クラゲというのはお題になっていた『メメズの冒険』のアニメに登場する空飛ぶクラゲのような生き物だ。

 なのだけど空中クラゲはアニメの監督が演出目的で勝手に追加した生き物で、原作には当然登場しないしアニメ本編でもその名前が明かされることはない。BDを全巻購入すると付いてくるブ厚い設定資料集を読み込んでようやく正式名称が判明するという謎の生き物なのだ。

 なぜ僕がそれを知っているかと言えば答えは単純だ。


「僕、アニメ特典の設定資料集を持ってるので」


 つまるところアニメ版のBDを全巻買い揃えたわけだ。お年玉と小遣いの前借りを注ぎ込んだので、おかげで当時の僕はしばらくの間素寒貧になったけど。

 しれっと数万円を費やした事実を告げると、亜梨子ちゃんは随分困惑した様子だった。


「か、買ったんですかメメズの冒険のBD。なんでまた……」


 その後の言葉は口にするのをはばかられたのか続けなかったけど、言いたいことは理解出来た。

 アニメ版『メメズの冒険』を一度でも見たことがあれば誰だって分かる。

 端的に言ってしまえばあのアニメは二度どころか一度だって観る価値の無いクソアニーーげふんげふん、だからだ。

 ただ僕がそれを認めようとしないのは涙を呑んで送り出した諭吉が無価値だったと思いたくないからだけど、仮にも主演を務めていた亜梨子ちゃんが出演作品をネガキャンしたと取られかねない発言をするのは危うい気もする。

 どう答えたら穏便に事が運ぶか頭を悩ませていたけど、幸いその心配は杞憂で終わった。


「おーい、月城。いつまでくっちゃべってんだー。ファン想いなのはいいことだけど時間押してるんだから進行に従ってくれい」


 妙な雰囲気になりかけていた会場の空気を変えてくれたのは大橋さんだった。さりげなくファンとの会話に熱中してうっかりしてしまったという図にしようとしてるあたり、間違いなく亜梨子ちゃんの発言に気付いたうえでだろう。見事なファインプレーと言わざるをえない。


「で、でも私まだっ!」


「おお、そうだなーその話は後で聞くから。……さて、名残惜しいですがもうお時間が来てしまいました。トークライブは以上で終了となりまして、続けて握手会となります。準備の為少し時間をいただきますが、スタッフの指示に従って並んでお待ちください。ではここまで司会進行を務めさせていただきました大橋とー?」


「……皆さん今日は本当にありがとうございました、月城亜梨子でした」


「はいっ! では皆さん、お疲れ様でしたー!!」


 不服そうな亜梨子ちゃんも大橋さんに促されるとどこか不貞腐れたような簡素な挨拶を残して、ファン一同の歓声を浴びながらステージ脇に消えて行った。

 残された僕はといえばなんで彼女が『メメズの冒険』の話に拘ったのかまるで分からず頭に疑問符を浮かべていた。

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