第2話 オタク→イケメン=大変身!?

 

 エヴァンスに行った翌日の朝、教室のドアの前で僕はうろうろと右往左往していた。

 一晩経って朝起きた時、鏡を見れば昨日嫌というほど確認した顔があってああこれは現実なんだとなとようやく実感したのだけど、今度は別の心配事が生まれてきた。


 もしかして髪を切ったところで僕が思ってるほど変わってないのでは?


 久世さんや母さんは驚いてたし誉めてくれたけど、よくよく考えれば久世さんは美容師なんだから自分が髪をカットした客にリップサービスの一つくらいはするだろう。

 母さんは母さんで普段のズボラな僕を十数年も近くで見て来たわけで前と比べればミジンコ並の成長でも驚くに決まってる。


 実は僕ってイケメンなんじゃとか昨日は浮かれっぱなしだったけど、生まれてこのかたファッションセンス皆無な陰キャぼっちの自己評価なんてどこまでアテになるんだろうか。

 SNSに自撮りを上げてネット上の誰かに採点してもらおうかとも思ったけど、恥ずかしいしネットリテラシー的に危ないので止めた。エヴァンスを紹介してくれた友達はこういう時に限って音信不通だし。

 これでいざ教室の扉を開いてみたら、「陰キャオタクが似合わねぇお洒落してきやがったぜHAHAHA」なんてクラス中の笑い物にされるオチが待っていた場合軽く死ねる。

 もしそうなったら今日はこのまま家に帰って暫く学校はサボろう。うん、そうしよう。


 すぅー、はぁー。

 よし、行くぞ!


 意を決してガラっと引き戸を開けると、さっきまで賑やかだった教室の中が一瞬にして静まり返った。


(な、なんの沈黙!?)


 そして一拍置いて今度は一斉にどよめき声が上がる。


(なんのどよめき!?)


 皆が何を話しているのか気が気じゃないけど、悲しいことにクラスで話せる人は一人もいないし真っすぐに自分の席に向かう。ちなみに僕の後ろの席は綾瀬さんで、彼女も登校して来てるみたいだ。

 ダルそうに座席にもたれていた綾瀬さんは僕の姿を見ると目を丸くして、僕が自分の座席の椅子を引くと何とも言えない顔付きになった。UMAでも発見したみたいな顔だ。


 席に着いて一息付く。するとなんだか凄い視線を集めていることに気付いた。全身に突き刺さるみたいだ。針のむしろって多分今みたいな状況を言うんだろうな。

 特に真後ろの綾瀬さんから強烈なプレッシャーを受けているような……いやきっと気のせいだ、おそらく多分メイビー気のせい、


「ねぇ、ちょっと」


 現実逃避も虚しく背中越しに綾瀬さんが声を掛けてきた。

 だけどまだ呼ばれたのが僕だって決めつけるのはまだ早い。きっと彼女は僕の一つか二つ前の人に声を掛けたのだろう。

 振りむいてみたら実は自分の向こうにいる人を呼んでて気まずくなりましたーって経験は誰しも一度はあると思うけど(十敗)、これを回避するのは簡単。寝たフリなり聞こえないフリをして相手の様子を伺うのだ。


「ねぇってば」


 様子を見て別の人が反応したなら良し。もし自分が呼ばれていたなら、相手が自分の名前を口にするまで待てば恥をかくこともない。

 強いてデメリットを上げるなら、自分が呼ばれていた場合は相手を無視し続けることになるので人によってはブチ切れることもーー


「聞いてんのかよモップ頭ッ!!」


「はいっ!?」


 すっかり呼ばれ慣れたあだ名に反射的に振り返ると、綾瀬さんは呆然とした表情で口をパクパクとさせていた。そして震える手で僕の顔に指を差す。


「え……ホントにモップ、いや、新戸なの?」


 思えば僕を最初に『モップ頭』呼ばわりし始めたのは彼女なので、その綾瀬さんから本名で呼ばれるのには実に四月ぶりだ。

 ともかく僕が新戸秋良なのは間違いないので素直に頷くと、綾瀬さんを始め聞き耳を立てていた他のクラスメイトも口をあんぐりと開けて驚愕していた。


「「「「嘘おおおおおおおおおおおおっっ!!!!!」」」」


 おおっ、こういう時って案外綺麗にハモるもんなんだな。



 ***



 結論から言うと僕が朝に心配していた『髪切って変身したつもりだったけど実はブサイクなままで自意識過剰だった説』は杞憂に終わった。

 あの後まともに喋ったこともないクラスメイトに取り囲まれて、あれやこれやと聞かれた僕は勢いに圧倒されながらも一人ずつ答えを返した。その上でクラスメイト諸兄姉による僕への感想をまとめるなら、


 ・Nくん:松坂〇李みたい。

 ・Cさん:背高くてスタイル良い、韓国アイドルにいそう。

 ・Sくん:モデルやろうってモデル!

 ・Tさん:髪の毛一本くれない? まつ毛でもいいよハァハァハァ……。


 などなど。……なんか一人怖い人もいたけど基本こんな感じで、我がクラスに期待の星が誕生したと皆騒いでいた。

 総合的に評価すると僕はイケメンということらしいけどいまいち実感がない。

 鈍感なフリをして自慢してる嫌なやつみたいに見えるかもだけど、昨日の今日で自分を取り巻く人の評価がこうも真逆に変わってしまうと他人のことみたいでまだしっくり来ないんだ。

 なにせ昨日までのクラスにおける僕は『モップ頭』のボッチな陰キャラオタクで、誰かから好意的に目を向けられることも話しかけられることも無かったんだから。

 今日初めてクラスの一員として仲間に入れてもらったような気さえする。二ヶ月間同じクラスで過ごして来たはずなのにね。


 とまあ、慣れない注目を浴びて大変だったけど一念発起して髪を切りにいってどうだったかと感想を聞かれれば、概ね良かった。話しかけてくれた男子生徒に気が合いそうな人もいて友達も出来そうだし。

 ただの内に含まれない以前のままの方が良かったかもなぁと思う部分もあった。

 というのも、


「なぁなぁ秋良さあ。ウチらと一緒にお昼食べに行くよな?」


「そーそー、秋良くんも可愛い女の子に囲まれるの嫌いじゃないでしょ? 男の子なんだし☆」


「アハッ、秋良固まってるー。かーわいっ!」


 昼休みを告げる鐘が鳴り、いつものように購買でパンでも買おうかと思っていた僕は気付けば綾瀬さん達ギャル集団に捕まった。

 今まで散々『モップ』呼ばわりしてたのに急に名前呼び捨てとは、これいかに。

 幾らイメージチェンジに成功しようが長年の陰キャ生活で女子への耐性が無いこともそうなのだけど、この三人に対してはそれ以前に四月からこっちいい思い出がないしぶっちゃけお近づきになりたくない。


「ぼ、僕いつも一人で食べてるから。綾瀬さん達だけでお昼行って来て」


 勇気を出して断ったけど、綾瀬さん達はまるで聞いてくれなかった。


「今日は新戸と一緒に食べたい気分なんだよ。今までのお詫びも兼ねてさ、いいっしょ?」


「わたしたちお昼は屋上でいつも食べてんの。秋良くんも今日からはそこで食べよー」


「ふふーん、両手に華ってねー♪ たのしーよー、いっちに、いっちに、いっちに」


「あのっ、ちょっと、あっあっあっ」


 どころか、いつの間にかがっちりと左右の腕を取られ、背中を押されて無理矢理教室の外へと押し出されてしまう。

 今までのお詫びとは言うけど綾瀬さんが僕を見る目や背中に触れる手付きは何か怪しい。さりげなくお尻やお腹にまで手が伸びて擦っている気がするのは僕の勘違いじゃないはず。

 さしずめまな板の上の鯉の気分とでも言うべきか、このまま連行されたらお昼を食べるだけでなく僕自身も気がする。

 昨日までの旧・新戸秋良ならクラスメイトも見て見ぬフリをしたろうけど、新・新戸秋良となった僕にはそれなりに心配してくれるようで、何人かが僕が嫌がっているじゃないかと口を挟んでくれたけどそこはクラスの中心人物である綾瀬さん。ひと睨みで抗議を封殺すると僕をドナドナする作業に戻った。


 やっぱり綾瀬さんって怖いよねー、分かる分かるー……なーんて現実逃避してる余裕があるわけもなく、僕は何がとは言わないが全年齢指定からR-15指定に変わる前になんとか綾瀬さん達から逃げ出そうともがいていたのだが、万策尽きる前に助け船が入った。


「なんだよなんだよ見に来たらおもしれーことになってんじゃねーか」


 男勝りな喋り方にド派手に染めた赤い髪。ブラウスを大きく開けて豊満な谷間を見せつけ、改造していると一目で分かる膝上何cmかも分からないミニスカート。

 うちの高校が服装や髪色にかなり緩くなければ即生徒指導室行き間違いなしの過激な格好だ。


「あれっ、どしたのさ湊さん」


「おーう、ちょっと様子見にな。秋良お前、顔貸せや」


 初見の人だとヤンキーにしか見えない彼女だけど、生憎と彼女は僕の知り合いだった。

 名前は湊えびす。

 僕に昨日赴いたエヴァンス美容院を紹介してくれた人物でもあり、彼女が認めてくれるかは分からないけどーー僕の数少ない友人の一人だ。

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