オタク、髪を切る。~冴えない陰キャオタクの僕が髪を切ったら大変身して人生逆転ハーレム生活~
宮前さくら
月城亜梨子編
第1話 オタク、髪を切る。
キーンコーンと終業を告げるベルが鳴る。長かった一日もようやく終わりだ。
いそいそと鞄に教科書やノートを仕舞っていると、クラスの中心人物である綾瀬さんに肩を叩かれた。
「ねぇ、モップ頭。今日も掃除やっといてよ」
どうせ来るとは思ってたけどさ……というか僕の名前は
それに入学からかれこれ二ヶ月間、毎日毎日僕に掃除係を押し付けてくるけど本当はクラス全員で掃除しないといけないはずだろ。
今までは大人しく代わりに掃除してやってたけど、今日こそはビシッと言ってやるぞ!
「あ、あのっ……僕、今日はちょっと……」
「は? ウチになんか文句あんの? モップ頭の分際で」
「……いえ、ないです」
ダメですお父さん、お母さん。僕負けました。だって綾瀬さん怖いんだもの!
頭二つ分は背の低い女の子に睨み付けられただけで腰が引けてしまうくらいには、僕は度胸もないし喧嘩どころか運動もからっきしで手足は細いし背ばかりひょろ長い。
髪も伸ばし放題のボサボサで、これじゃあモップ頭って呼ばれても仕方ないですよね、あははは。
「キャハハ! 千夏千夏ー、かわいそーだって!」
「そーそー、モップくん震えてんじゃんウケる」
「いやいやウチはなんもしてないって。普通に頼んだだけだし。なぁ?」
なあ、って言われても今さっき僕のことガン付けてきましたよね?
そうは思っても口には出せない小心がうらめしい。
「う、うん。掃除なら僕が代わりにやっておくから皆は先に帰っていいよ」
そうして結局、今日も僕は一人で教室の掃除を引き受ける羽目になった。
綾瀬さん達ギャル集団といえば「きゃー、モップ頭やっさしー」と白々しく感謝して笑いながら教室を出ていき、他のクラスメイトにしても手伝ってくれる素振りは無かった。
殴られたりパシりにされたりするわけじゃないからイジメってほどではないんだろうけど、入学からこっち断れずにいたせいですっかり掃除係=僕って認識をされているみたいだ。
僕は美化委員でも用務員のおじさんでもなんでもなくて皆と同じ普通の学生なんだけど。
まあコミュ障が炸裂して友達も作れず面倒ごとを押し付けるのに丁度良い根暗ボッチをしてた僕にも責任はあるかも知れない。
要するにたまたまハズレくじを引かされたのが僕だったという話だ。
「でもっ! 明日からはっ、違うぞ! ふんぎいいぃ!」
床を掃くために机をまとめて移動させながら決意を新たにする。
今日は綾瀬さんの圧に敗北したけど、でも明日の僕は今日の僕とはひと味もふた味も違う……はず!
なにせこの後僕は生まれ変わるんだから。
「あ、やっば予約時間……!」
スマホでちらっと確認すると電話予約した時刻が迫ってきていた。
こうしちゃいられない、手早く掃除を済ませないと。
いつもならもう少し丁寧にやるところを大雑把に埃を取り、モップ(僕の頭ではない)でさっと拭いて机を並べ直すと僕は急いで教室を出た。
学校前のバス停で丁度発車間際だったバスに飛び乗り、座席に腰を下ろすとようやく一息付く。これなら何とか間に合いそうだ。
何でも予約を取るのも大変な人気店とのことで、そこの従業員と親しい知り合いがツテで僕の予約を頼み込んでくれたのだ。
それで遅刻なんかした日には知り合いにもお店側にも申し訳なさすぎる。だから今日は早く帰りたかったんだけど綾瀬さんがなぁ。
バスに揺られること15分、降車したのは僕の住んでいるギリギリ都会に引っ掛かるレベルの都市の中心街だった。
とはいえ平日の夕方ともなれば下校後に遊びに繰り出す学生や会社から帰宅する社会人でそれなりに人ごみが出来ている。
普段は人がたくさんいる場所は苦手だし来ないんだけど、お目当ての店はここにあるのだ。
華やかな大通りから一本外れた五階建ての雑居ビル。人ごみから逃げ込むようにビルに入った僕はエレベーターで三階のボタンを押した。
階ごとに店名が刻まれたプレートの三階部分には、エヴァンス美容院の文字が印字されている。
そう、今日僕は生まれて初めて美容院に髪を切りに来たのだ。
美容院なんて陽の者しか縁がないと思って生きてきたし今も滅茶苦茶ビビってるけど、とある事情で急遽イメチェンを迫られているので背に腹は代えられない。男は度胸だ。
チン、と三階に到着して開いたドアの向こう側にままよと足を踏み出した。
小さな雑居ビルとはいえフロアを丸々一つ美容院で借りているので、中は結構広々としていた。
人気店の噂に偽りはないようでブックラックが備えられたスペースには順番待ちらしい人達が長椅子に腰掛け、思い思いに時間を潰している。
OL風の女性に女子高生、ホストのような見た目の若い男の人と客層は様々だけど、誰も彼もファッションセンスが高い。
イケてないモップ頭にはすっごい場違いな気がしてきたぞ……。
「いらっしゃいませ、ご予約のお客様ですか?」
そうは言っても今さら引き返せないので受付に向かうと、これまたお洒落で美人なお姉さんに声を掛けられた。
自慢じゃないがこれまでの人生で家族や一部除いた女の人からキモがら続けてきた僕に美人への耐性なんぞない。
はへ、と変な声が出たのを咳払いで無理矢理に誤魔化す。
「ん"ん"っ。あ、あのぉ、予約してた新戸なんですけど……」
「あらっ、17時にご予約の新戸様ですね! お待ちしておりました、ご用意出来ておりますのでこちらへどうぞ!」
なんだろうか、僕の名前を告げた瞬間に妙にお姉さんのテンションが上がったような気がする。
どことなく引っ掛かりを覚えつつ、お姉さんに案内されるまま鏡台や専用のリクライニングシートの並んだ作業スペースとでも言うべき場所へ通された。
その一つに腰掛けると、ナプキンのような布で上半身を覆われる。
「このまま少々お待ちください」
言われた通り椅子に背を預けていると、暫くしてさっきの受付のお姉さんが鋏がたくさん収まったバッグというかポーチのようなものを身に付けてやって来た。
その格好ってテレビで見る美容師がよくしてるやつだ。
てことはもしかして?
「本日はこの久世がお客様を担当させていただきます。秋良くんだよね。あの子からよく話は聞いてるよ~、今日はめいっぱいカッコよくなっちゃおっか!」
ここの従業員さんに僕の散髪を頼んだとは聞いていたけど、このお姉さんーー久世さんのことだったのか。
彼女とは今日で初対面だけど共通の知り合いがいると分かるとなんだか安心して緊張が少し解れた。
「は、はいっ! よろしくお願いします!」
「あははは、大人しい子って聞いてたけど結構元気ね。そんなに力強くお願いされたらお姉さんも気合い入れなくっちゃ。さてと、じゃあ早速ーー」
それからのことはよく覚えていない。
というのも昔から散髪代を小遣いに回すために自分で適当に切っていたし、服は母さんが買ってきたユニ○ロかしま○らという有り様の僕にファッションについて何か口を出せるわけもなく、久世さんに要望を聞かれても「お任せします」「それで良いと思います」の二択しか選択肢はなかった。
幸いそれでも久世さんは気分を害した様子もなく、迷いのない鋏捌きで頭の上のモップは見る間にどんどん体積を減らして行ってーー
「はい完成っと。それにしても秋良君見違えたねぇ〜。自分でカットしてなんだけどお姉さんもびっくり……っていうか凄いよ! 別人みたいにカッコいい!」
全ての工程が終わって鏡台に映し出された僕の姿は、まさに別人に生まれ変わったようだった。
もみあげの部分から上に刈り上げた久世さん曰くツーブロックという髪型。
今まで目にかかるほど伸びていた前髪も短くカットされて、すっきりとした輪郭やぱっちり二重の大きな瞳が露になっていた。眉も手入れして貰ったおかけで無駄毛もなくシャープに整っている。
テレビで見る男性アイドル顔負けのイケメンがそこにはいた。
「嘘。これが、僕?」
シャンプーが気持ちよくてうっかり寝落ちしてしまって、目が覚めたらコレだったので上手く飲み込めない。
いやもしかしたらドッキリ企画だったりするんじゃ。どこからか隠し撮りされてたりして。
試しに手を挙げてみると鏡の中の人物も手を挙げた。頬をつねってみれば……痛い。ドッキリでも夢でもない。
つまり正真正銘鏡の中のイケメンは僕ってことだ。
久世さんにはお腹を抱えて笑われてしまったけど、僕はこれが現実だと受け入れるまで鏡の前でパントマイムを繰り返していた。
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