第11話 旧友

 次の日、僕が仕事に行く頃にはもう既に街中に騎士団の人が来たという話題が広まっていた。

 そりゃそうだよね。あんなに大きな声で言ってたんだもの。

 というかあの人どうなったんだろう?

 まあ、大丈夫だと思うけど、それよりもゴミ出し―――。


「騎士団の人だー!」

「かっこいー!」

「すまない子供達。私は今、仕事中なんだ。退いてくれると助かる」

 

 いた。

 普通にいた。

 子供達に囲まれてた。そして困ってた。

 ゴミ出しのために外に出たらいるなんて思わなかった。


「彼女はいずれ僕、いや僕達の前に立ちはだかる相手。

 ここで倒す事も出来るだろう。

 だけどそれじゃあ面白くない。

 彼女にはそれ相応の場所で引導を―――」

「……何してるんですかユウさん」


 ぼそぼそと聞こえた声に振り返るとしゃがんで怪しい表情を浮かべているユウさんがいた。

 ……本当に、何してるんだろう。


「何って敵情視察に決まってるじゃん」


 さも当然のように言われた。


「敵情視察って」

「だって、私達の敵になる相手なんだよ? 今のうちに弱点を調べないと」

「ユウさん、とりあえず今は人攫いの方を敵として捉えておきましょうよ」

「ちっちっち。甘いよグリム。蜂蜜漬けのアマの実くらい甘いよ」


 どういう例えなのそれは。アマの実を更に蜂蜜に漬けるって。

 アマの実の味が分からないからなんとも言えないけど、なんとなく合わないような気がするなぁ。

 そういうのは、もっとこう甘みを引き出すような―――


「しかし、人攫いもだし、王国騎士団にも注意を払わなきゃいけないのが私達の辛いとこだよね」


 やれやれ仕方無いと言いつつ得意気に語るユウさん。

 うん。完全にこの状況楽しんでるね。ユウさん。


「とりあえず、今まだ仕事中なので僕はお店に戻りますね」

「ほいほい。私はまたしばらくあの騎士団を調べるね。行くよピゲオン」

「うむ」

「うわ!?」


 不意にピゲオンさんが出て来てビックリした!

 え? どこにいたの……?

 さっきまで明らかに僕とユウさんしかいなかったのに。


 僕が驚いているうちに二人はあのルールナさんとか言う人の事を追いかけて行った。

 正直それよりも人攫いの情報とか集めて欲しいんだけど。


「こんにちは」

「あ、はい。こんにちは」


 呆れていたら声をかけられ反射的に、咄嗟に振り向き返事をした。

 そこで見たのは、見知らぬ少年。

 いや、知ってる。

 夜に見た、馬車の中にいた少年だ。あの、目が合った少年。

 それが目の前に立ってる。

 改めて傍で見た帽子の下の表情は穏やかそうな少年だけど、対面しているだけでどこか不思議な緊張感がある。


「少し聞きたい事があるんだけど、良いかな?」

「聞きたい事、ですか? なんでしょうか?」

「この辺りにご飯食べるところってどこかにあるかな? 昨日来たばかりでどこに何があるのか分からなくて」


 そう言って頭を掻く少年。

 一瞬、昨日なんであそこにいたのか聞かれるのかと思って身構えちゃったけど、どうやらただ食事処を探していただけみたいだ。


「それでしたら、この建物の表に回って頂ければ僕の勤めている食事処ですので良ければどうぞ入っていってください」

「ありがとう。恩に着るよ。それと、敬語じゃ無くて良いよ。同い年だからね」

「え?」

「それじゃあ」


 少年は僕の教えた通りに店の表に回っていった。

 そんな少年の後ろ姿を見つつ考える。考えるけど、普通に考えてみてもおかしい。僕は彼みたいな少年と出会った事は無いはずなのになんで同い年だって彼は言ったんだろう?

 いや、どこかで会った事あったのかな?

 僕の記憶の中には無いけど。


「グリムくん! 裏口の前で何ボーッとしてるの!? 早くゴミ捨て戻ってきて。お客さん混んできてるんだから」

「へ? あ! す、すみません。今行きます!」


 いけない。急いでゴミ捨てて戻らないと!

 そうしてゴミを集積場所に捨てて戻ると、お昼のラッシュ時間になっていた。

 僕は当番である厨房へと入り、頼まれたメニューのものを作っていく。

 このラッシュ時はまあまあ大変だけど、凄く働いてるって感じがして個人的には好きではある。

 お店の人達はあんまり好きじゃ無いらしいけど。


 そういえば、さっき話しかけてきた人。いるのかな?

 すぐに厨房に入っちゃったからホール見てないけど。

 でも、それよりも頼まれた料理作らないと。


 そんなこんなでお昼のラッシュ時間が終わり、またゆったりとした時間が流れる。

 この時間は皆で話したりとか、試作品作って見たりとかしてる。そんな余裕がある時間。

 昨日は大食いの二人が来て平らげていったけど、今日は敵情視察で来ないみたいだし。


 ……変な事してなきゃ良いけど。


「グリム、そろそろ俺上がるから、ホール対応頼むなー」

「はい。分かりました」


 そう答えて僕は厨房からホール対応へ。

 昨日は色々あって賑やかだったけど、今日はいつも通りゆっくりとした静かな午後。

 ホールにも今はお客さんはいないし、来るのゆっくり待ちながらちょっと家に帰ってからの事でも考えておこう。

 そこで思いついたのがユウさんから渡されたアマの実の種。どうしたら良いのかよく分からないけど、大抵の果物は種を乾かしてから土に埋めると良いって、冒険者時代に聞いたから、今、乾かしてるけどそろそろ土に埋めてみても良いかな。

 昨日の段階で結構乾いてたし。


 ―――カランカラーン


「いらっしゃいませ」


 考えていたらドアベルが鳴り、条件反射でドアの先の人へと声をかけた。

 こんな時間にお客さんなんて珍しいと思いつつ見やると、そこには、驚いた表情で固まる人達の姿。


 その人と同じ様に僕も固まってしまった。

 一人を除き、見知った顔が。かつての僕がいたパーティーのメンバーがここに訪れた。


「グリム。久しぶり。元気そうだな」


 先頭にいて固まっているパーティーリーダーのシュリオさんの前に出る形で、普段口数の少ない軽業師シンさんが発言する。

 ……正直、なんとなく気まずい。けど、お客さんだしなぁ。


「ど、どうも。お久しぶりです。どうぞ席に―――」

「グリムっ!」

「わわっ!?」


 席に案内しようとしたら思いっきりシンさんを押しのけたシュリオさんに肩を掴まれた。

 普段冷静なシュリオさんが突然そうやって来たもんだから、どう対応して良いのか分からない。というか、急にどうしたんだろ?


「グリム、戻ってきてくれないか」


 戸惑っていたらシュリオさんがそう言ってきた。

 その言葉に何か熱い感情が湧き上がる感じがした。だけど―――。


「ですけど」


「おいおい、リーダー。いらねぇだろそんな『壁魔法』しか使えない奴。お前等もそう思うだろ?」

「そうそう。それに後半なんてただいるだけのお荷物だったじゃない。ねー」

「そうそう。それに、私が来てからはただの宿取り係だもんねー。正直いらないわよ。私達のゴールドランクパーティーには。こんなお荷物」


 僕が言う前に、後ろにいた見た事ない子を押しのける形で大剣使いのガラシュールさんがいつものように両脇に二人をはべらせて入ってきた。その瞬間に張り詰める空気。

 でも、言ってる事は間違ってない。そうだよ。僕みたいな魔法使いより、ガラシュールさんの傍にいる彼女みたいな魔法を魔法使いの方が活躍出来るんだ。

 僕が戻ったところで―――


「確かにそうだな。すまない忘れてくれグリム」


 三人の言葉にシュリオさんもさっきの感極まったような様子では無く、普段の冷静な口調で言われた。

 でも、なんだろう。本当に急に雰囲気も変わった事に何か引っかかる。


「おい、それよりリーダー飯食おうぜ、飯」

「ああ、そうだな。グリム、座っても良いか?」

「え? ああ、はい。こちらへどうぞ」


 引っかかりはしたけど、まずは仕事だ。

 そう考えて皆を席に誘導し、注文を取る。


 さっきの少し嬉しかったけど、僕はもうパーティーから抜けた身。

 もう戻るなんてそんな事、期待するだけ無駄だ。

 自分に言い聞かせ、今の仕事に集中する事に。


 うん。それで良い。それで良いんだ。相手は知り合いのお客さん。それだけの関係で。


 僕はそうして普段通りに業務をこなした。

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