第9話 食事処【サンディスカ】

 疲れた。

 昨日のピゲオンさんの一芸のせいで壊れた我が家を修繕して、そのついでに僕の寝室も壊れてる事を思い出したユウさんのお陰で休日返上の修繕。いや、余計な事もされて大改修する事になったから。

 だけど、今日は仕事の日。ようやくあの二人から解放された。

 そんな二人には朝と昼のご飯は作ってきてるし、それに食事処この場所の事は教えてないから来る事も無い。大丈夫だ。うん。


 そんな事よりも―――。


 僕は気持ちを切り替えて閉まっているのをお知らせしている看板の下がった食事処のドアに手をかけて開けた。

 それと共にドアベルが心地よい音を鳴らす。


「おはようございます」

「はい。おはようね」


 ドアベルの音が響く店内に発した僕の言葉に返事をして奥からふくよかな女性が出てくる。

 ここ、食事処【サンディスカ】の店長、ディスカさんだ。


「グリムちゃん、昨日のお休み、お友達と町のお外に行ってたんだって?」

「え? はい。お友達というかなんというかですけど、なんで知ってるんですか?」

「そりゃあ、町の兵士さん達が話してるの聞いたからねぇ。なんでも、可愛い女の子と一緒だったそうじゃない。ふふ、良いわねぇ」

「え、あー、えっとその。はは」


 全然良くないんですけどね。

 反抗軍に入れられるわ、家壊されるわ。

 だけど、家壊されたとか言って、人攫いの事件も解決してないのに新たな変な火種を撒く訳にもいかないし、我慢だ。


 そう。早く、人攫いを解決したい。いや、解決してあげたい。

 何せ、最初に人攫いがいるのが分かったのは、ディスカさんの旦那さんが言ったからだから。

 そして最初に攫われたのも、ここの看板娘として働いていたディスカさんの娘さんだって話だし。

 ディスカさん、いつも気丈に振る舞ってるけど、旦那さんも娘さんもいなくなって……。


「それじゃあ皆来たみたいだし、今日も頑張っていこうねぇ」


 考えていたら、今日出勤の皆が来ていた。

 僕らは店長に答えて、今日の一日が始まる。

 とりあえずは席のセッティングと、仕込みの状況確認。

 そうしているうちに、開店の時間になり、最初は少なかった客足も徐々に増える。


 と言っても町に残ってる人達は少ないから席が満員になる事は無いんだけど。

 それに来るお客さんはほとんどが昼休憩で来た兵士さんで、たまーに見知った人達がくるくらいだ。

 そこに、見知ったお客さんが入ってくる。


「おっす。グリム。昨日ぶり~」


 今日は非番のようで私服のグレンさんが片手を上げて入ってきた。


「あ、グレンさん。昨日ぶりですね」

「どうだあの後、薬草パーティーは上手くいったか?」

「いやー、全然ですね」

「ほーん、そうか。ま、美味い薬草料理のために頑張ってくれよな」

「ありがとうございます」

「んじゃあ、今日はランチセット一つ」

「はい。承りました」


 そうして僕は厨房に行き調理中の同僚にグレンさんから聞いたメニューを書いた紙を置く。

 今日、僕は昼以降厨房でそれまではメニューを聞いて運ぶ係だ。

 冒険者の時は気ままに過ごしていた。それはそれで良かったけど、これもこれで悪くない。


「注文お願いしまーす!」

「注文お願いする」

「はい。今伺います」


 僕はすぐに声の聞こえたテーブルへ。


「グリム、メニューのこれと、これと、それ、お願い」

「うむ、よろしく頼む」


 そこには、昨日ずっと見た顔が二つ――……?

 見間違いかもしれない。

 うん。間違いない。昨日から見てるあの顔だ。間違いない。間違いない、のかぁ。

 間違いであって欲しかったなぁ。


「……何してるんですか二人とも」

「何って、お昼食べに来たんだけだけど」

「うむ。昼食だ」

「僕、お昼の分もって置いてきましたよね?」

「ちっちっち。甘いよグリム君。私がアレで足りると思っているのか!」

「うむ。お陰で我はパン一つだけであったぞ」


 宣言する二人。

 んー、なんというか。


「ピゲオンさん、一品無料で付けときますね」

「む? 良いのか?」

「はい」

「え!? ちょっと、グリム。私には!?」

「人の分まで食べる人には無いですよ」


 そう告げて僕は席から離れる。

 後ろからは文句を言うユウさんの声が聞こえるけど、無視無視。


「注文です」

「はいよー」


 紙を置いた瞬間、なんか変な疲れが。

 はぁ……。


「なあなあグリム」


 溜息をついたら声をかけられた。


「はい? どうかしました?」

「あそこで騒いでた可愛い子、噂のお前の友達か?」


 彼が指さす先。そこにいるのは少しむすーっとして席に座っているユウさんの姿。


「ああ―――。ええ、まあ」

「マジかよ。どこで会ったんだあんな可愛い子」

「どこって」


 急に家にやって来ました。なんて言えないし……。

 うーん。


「ねえちょっとグリム君!」


 悩んでいたら質問してきた同僚(男)を弾き飛ばして、同僚の女の子達がやって来た。

 な、なんだろう?


「さっき親しげに話してた、あのかっこいい人誰!? 知り合い!?」


 目を輝かせてピゲオンさんを指さす。

 あー、


「まあ、知り合いですね」


 僕のその言葉にテンションが上がる女の子達。

 まあ、確かにピゲオンさんかっこいいし良い人けど。

 うーん、でも、二人の事知ってるこっちからしたらなんとも言えない。


「ねえ、グリム君。あの席への配膳私達が行っても良い?」

「お願い!」

「あ、俺も俺も!」


 そんな事を言ってくる人達。

 んー―――。


「良いですよ。僕、あとちょっとしたら厨房に入る時間ですし」

「「 ありがとう! 」」

「サンキュー。グリム」


 嬉しそうにお礼を言ってくる。

 まあ、本来は注文を取った人がその席に配膳するのが基本的なんだけど、そこまで厳しい決まりでも無いし。


「ふふ、若いって良いわね」


 そんな声がふと聞こえて見れば、ニコニコしながらディスカさんが店の奥から顔を覗かせてふふふと笑っていた。

 と、誰かが入店する音が聞こえる。


「いらっしゃいま―――……」


 その時、ホールで接客をしていた同僚の言葉が止まった。

 誰が来たんだろう?


 そう思って顔を覗かせると、玄関には、キチッとした服装の、線が細いといった感じの男性の姿。


「ごきげんよう。皆さん」


 この町の領主様が来店されていた。

 なんで急に、領主様来たんだろう? 何か用事があってかな?

 そう思っていたら、店の奥にいたディスカさんがホールへと出て来た。


「ご機嫌麗しゅう、領主様。来るなら連絡して下されば良かったですのに」

「いやいや、気を遣わなくても大丈夫ですよ。マダム・ディスカ。それに、僕の領地だから来るのは当然。なぜならば今は落ち着いている方だけど、あんな事が起きたんだ。僕自身、皆が安心して暮らせるように見回りもしなきゃとね。あと―――」


 領主様の視線が席へと向く。

 そこは、皆が席を立って領主様に頭を下げている中、


「むむぅ、これも頼めば良かった」

「ふむ。であれば、後ほど頼めば良かろう」

「だね」


 我関せずといった様子でメニューを見ながら言ってるユウさんとピゲオンさん《人組》の方に。

 ……。


「って、何してるの二人ともー! 頭下げて頭!」

「あ、グリム。追加でこれもお願い」

「うむ。あとこれも」

「え? あ、はい。分か―――」


 咄嗟に飛び出した僕は二人に言われたモノをメモに書く。

 って、違う!


「領主様来てるんだから頭下げて二人とも」

「なんで?」

「む? ああ、彼奴が領主か」


 小声で言ったら疑問符浮かべるユウさんと堂々と顔を動かして見やるピゲオンさん。

 自由すぎるよ本当に……。


「やあ」


 肩を落とすと同時に聞こえた声にビクリと反応して落とした肩を上げてしまう。

 気付かなかったけどすぐ傍まで領主様が来ていたみたい。

 ど、どうしよう。と、とりあえず挨拶だ。


「こ、こんにちは領主様」

「ああ、こんにちは。グリム君。それと―――、君達二人は初めましてだね。僕はここの領主をしているクリミ・プリンシパルという。君達は、噂になっている最近町に来た二人だね?」

「うん」

「うむ」

「貴様等、領主様に向かってその様な態度―――!」

「良いんだ」

「し、しかし」

「良いんだ。下がりなさい」


 飛び出そうとする勢いの側近を静止させる領主様。そんな領主様を物怖じせずに真っ直ぐに見やる二人。

 てか、良く物怖じせずに対応出来るよ二人とも。そんな二人に僕は正直ハラハラしかしないんだけど!


「そうか。であれば長くこの町にいてくれる事を願うよ。ああ、それと―――」


 そう言うと領主様は片膝立ちになってユウさんの方へと手を差し出す。


「君のような可憐なお嬢さんがこの町に来てくれるなんて凄く嬉しいよ。だけど、気を付けて欲しい。最近―――」

「あー、人攫いでしょ? 聞いた」


 領主様の言葉をバッサリと切り捨てるユウさん。

 それに出鼻を挫かれた領主様だけど、咳払いをして続ける。


「そうだ。ただ数は明らかに減っている。しかし―――」

「町の外に無闇に出るなって言いたいんでしょ。大丈夫だよ。出ないから」


 領主の言葉をバッサバッサするユウさん。

 そんな彼女の言動にもう心臓バックバクだよ僕は!


「ああ、理解が早くて助かるよ。来て早々君達に窮屈な思いをさせて悪いけれど、僕が総力を挙げてその不埒な輩を見つけ出すまで辛抱して欲しい」

「うん」

「分かった」

「ああ、えーと、それじゃあ」


 領主様は少し表情をひくつかせつつ、そう言うとテーブルに手をつき、そこにお金を置いた。


「む? 領主よ。金など置いてどうした?」

「ああ、それは窮屈な思いをさせてしまう分のささやかな君達へのプレゼントだ。受け取ってくれ」

「ほう、ではありがたく貰っておこう」

「それじゃあ、この町を楽しんでくれたまえ」


 領主様はそう言って店を出て行く。

 この二人の態度に苛立つどころか、お金までくれるなんて領主様、本当に良い人だなぁ。


「ねえ、グリム」

「はい。なんですか?」

「頼んでた料理まだー?」

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