第3話 幽閉
「まあ、そんな感じですね」
「はえー」
あれから僕は彼女に師匠の事を話した。
拾われた事、そこで師匠から名前を貰った事。師匠から色んな事を学び、そして、ある日居なくなった事まで。そして、そこから先の僕の歩みに関しても。
最初は目的の分からない彼女に対して恩師でもある師匠の事を話すのは気が引けたけど、目的とか関係なくただ話が聞きたいだけだったみたいでそれが分かりとりあえず話した。
そこで師匠が、昔、勇者と呼ばれた者と並び戦った魔法使いの一族だと知ってちょっと驚いたけど、師匠からその事に関して聞いた事は無かったから少し得したかな。
というか気にした事は無かったから、聞かなかっただけでもあるけれども。
「良いなぁ。私も仲間と冒険とかしたいなぁ」
まあ、師匠のそんな事を話した彼女は僕の話を聞いて、仲間と冒険に行く事にくびったけみたいだけど。
「すれば良いじゃないですか。王都から僕が前にいた街まで一人で魔物を倒しながら来たんですから戦いに関してはこの辺りも楽勝でしょうし、この町にギルドは無いですけど、僕がいた街まで戻れば―――」
「いや、私は。まあ、憧れるけど、実際には良いかなって。それに、王都から街の間の魔物ぐらいなら何が来ても一人でなんとでも出来るし……」
ぶつくさとなんか言いつつ抱いた枕に口を埋めながらいうリーダー。
なんとでも出来るって言葉が凄く、こう、心に刺さる。僕、魔法使いだから前衛職がいないと心許ないのに……。
いや、今は僕はもう冒険者じゃないんだから彼女の才能とかに嫉妬しても仕方無い。
というか、多分、いや、絶対冒険者をしていた時の僕よりも強くて有能な人だよね。この人。
なら、ギルドで冒険者業をやっていけばすぐにでも高ランク冒険者になれると思うんだけどな……。
ただなんでここまで仲間作ろうとしないんだろう?
「それよりもさ、明日お休みでしょ!?」
「え? あ、はい」
「じゃあさ、お互いの力量を見るために町の外に行こうよ!」
「えっ」
あれ?
「ん? 副リーダー、どうかしたー?」
「いえ、あの、明日は仕事探したりはしないんですか?」
「そんなの後でも出来るじゃん。今はやっぱりお互いの技量の把握に努めないと!」
「そうですか……」
てっきり明日は仕事を探しに行くと思ってたからその間ゆっくりしようと思ってたのに。
それに、休日にわざわざ外に行って魔物退治とか。でも、彼女が言う事も一理ある。これから反抗軍をして行くに当たって力量把握は重要な事だし―――。
……ん? あれ?
あ、違う違う! やめさせる方向で進めなきゃいけないのになんでやる方向に向かってるんだ。
僕が道を間違えたらダメだ! しっかりしろ!
「という訳で明日は朝早くに出発するから休もう! お休み!」
自分に気合いを込めていたらユウさんはそう言って布団をバサリと被り横になる。
ここからまだ話とかをしてほぼ夜通しになるのかと覚悟していたけど、張本人が寝るようだから少しホッとする。
まあ、あとは彼女が寝るまで待って部屋を出よう。
寝る前に出たらなんとなく騒がしくなりそうだし。
そう考え、しばらく待つ。
すると、数分もしないうちに寝息が聞こえてきた。
寝るの早くないかと思うけれど、それ程寝付きが良い子なのかもしれないな。
まあ、彼女が寝たのであれば早速部屋を出よう。
という事で、ドアに手をかける。
ふと、後ろを振り返るとリーダーは寝ている様子。
そうして寝てる分には普通の人にしか見えないけど、色々不明なんだよなぁ。
……今、色々考えても仕方無いか。
それに今日は疲れたし、そろそろ寝ちゃおう。
そう思う事にして、僕はドアを開け、
開け、開け……?
あれ?
ドアノブを回して開けようとするも全然開かない。
何で? 家の玄関以外のドアは鍵なんてついてないはずなのに……。
「ふくっくっく、どこに行こうというのかね?」
僕の後ろから突然そんな言葉が。
振り返ると、そこには目を擦りながら勝ち誇ったかのようにベッドに立つリーダーの姿。
「やはり、君は出ていくと思っていた。故にあの布団を変える時にドアに仕掛けていて正解だったな」
彼女は笑いながらそう宣言する。
つまり、このドアに何かされたんだろうけど、いったい何が……。
「ふっふっふ、気になっている様だね。じゃあ教えてあげよう! 私はその扉にこの
彼女の手には文字の書かれた手のひらに収まる程の大きさの紙が二枚。
でも、ただの紙では無く微量ではあるけど魔力を感じる。間違いなく魔符。
けど、彼女が言ったように本物の魔符だとしたら、少しどうかと思う。
だって、使い捨ての割に結構値が張るものだからこんな事に使うのはどうなんだろうか……?
「これは、不脱の魔符だよ。これを貼られたドアは固くなってどんな攻撃でも壊れずに、更に出れなくなるってわけ! 試してみたけどドアもだけど、部屋を囲ってる壁も一緒に固くなるからそこを壊す事も出来ない。まさに逃がさなくするための魔符だよ!」
「えっ」
いや、え?
「何してるんですか!? これじゃあ、一生この部屋から出られないじゃないですか!」
「なーに言ってるの。そんな訳ないじゃん。効果は明日の昼までだし、ドアがダメなら、窓から出れば―――」
そう言って彼女の手が窓に触れる。丁度、魔符を持った方の手が。
「「 …… 」」
魔符が触れ、勝手に魔符が貼り付いた窓は彼女が押してもびくともしない。勿論、鍵なんかはかかっていなかった。さっきまでは。
「あははー、ねえ、グリムー」
「なんでしょうか?」
「この部屋に備蓄とかってある?」
「無いですね」
「そうだよねー」
「当たり前じゃないですか。寝室ですし」
「だよねー。あ、もしかして他に出入り口とか」
「無いですね」
「だよねー……」
お互いに沈黙。
というか、こんなに慌てるって事は。まさか、
「あのー、ユウさん?」
「何?」
「解除の方法とか……」
「知ってたらもう解除してるよぉ」
朝とか先程までの勢いが消えたユウさんは落ち込んでベッドにへたり込んだ。
というか、やっぱり解除の仕方知らないんだ。
思っていた最悪の事態が当たってしまった。
どうしよう。これじゃあ昼までこのままって事になる。
それは折角の休みが完全に潰れるって事だから避けたい。
でも、どうすれば良いのか……。
「ねぇ、グリム」
「どうしました?」
「どうしよう」
「それを今考えてるんですけど、というか解除の札とかなかったんですか?」
「そんな都合の良い物売られてないよぉ。魔符なんて効果が終わればただの紙だし。それにもしあったとしてもそもそもこれ、裏取引で販売されてるものだもん」
「なんでそんなの買ったんですか!」
普通に裏で販売してるような物買って使うって。
「え? 買ってないよ?」
「え?」
「これ、裏取引の人達倒して手に入れた物だもん」
「……えっ」
いや、えっ?
裏取引の人達を倒し……、え?
色々言いたい事あるけど、えーと……。
そんなやばい人達を倒したのこの人。
しかも、さっきからの口ぶり的に一人でやった可能性も……。
い、いや、でも、悪者って言ったってピンキリだし……。
裏取引って言っても裏の顔を持つ商人とか、そう、護衛も一人二人くらいの大した相手じゃなかった可能性も。
「でも、流石にこれを手に入れた時の戦いは疲れたよぉ。
「ブラ―――……え?」
前言撤回。やばいこの人。
確か、先月辺りの新聞で組織が捕まったって見た気がするけど漆黒の賢者とか王国中で、殺人や違法行為、目的のためには手段を選ばずに活動し名を轟かせていた大犯罪組織だ。
確かにその組織は今はもう無いって発表されてる。
そのボスと幹部をこの人が倒したって……。
あれ? でも、捕まえたのって王国軍の騎士団と勇者一族って書かれてた様な?
それの共同戦線で追い詰めたって見た様な気がするけど……。
「どうかした?」
「え? あ、あー、いえ、一人で潰しちゃうなんて凄いなぁって思いまして」
「ふふ、でしょ!」
そう言って微笑む彼女に若干恐怖を覚える。
けど、新聞と情報が食い違うところから察するに嘘かもしれない。
いや、きっと嘘だと思う。
そもそもそんな人達の関係者だとしても反抗軍を作ろうなんて言わないでしょ。
でも、拭えないこの不安は何だろう。
うう……。
「あ、それよりもグリム。本当にどうしよう」
「え?」
「不脱の魔符だよ。どうやって解除しよう」
普通に悩むユウさん。
その姿に、やっぱりこの人が壊滅させたのは嘘なんじゃないかなと思う。
というかあの組織を一人で壊滅出来るなら僕みたいなのを仲間に誘って反抗軍なんてやらないだろうし。
そうだ。そうに違いない。そうあって欲しい。
「ねえ、グリムは何か良い案思いついた?」
「え?」
やばい。この人の事を考えてたから何も考えて無い。
そ、それらしい事言えば大丈夫かな……?
「あー、壁がダメなら床とか壊せませんかね?」
何言ってるんだ僕は!
壁がダメなら普通に床もダメでしょうよ!
冷静になれ僕……。
「それだ!」
「え?」
更に良い案を考えようとしたら彼女はそう言い、腰に差している鞘に収まった状態の剣を握る。
そして鞘に収まってるまま剣を構える。
って、ちょっと!?
「あの―――」
「危ないから下がってて!」
彼女のその言葉に咄嗟に背中側の壁に避難する僕。
そして、次の瞬間―――
「はぁぁぁあああああああああ!!!!」
振り降ろされる鞘に収まったままの剣とまとわりついた凄まじい力が床にぶつかり、衝撃波、轟音を発生させた。
咄嗟に魔法で氷の壁を生成したけど、それさえも衝撃波でいとも容易く破壊され、僕の目には無傷の壁と窓。そして消し飛んだ家具の数々と大穴の開いた床が映る。
僕がいたところの床以外何も無い。
その現実にもし魔法が間に合わなかったらと思うと、腰が抜けた。
……あれ? というか、ユウさんは……?
まさか自分の技で自滅―――
「流石は副リーダー! 床は盲点だったよ!」
穴の下からそんな彼女の元気な声。
どうやら無事みたい。
その事に安堵したもののふと、思う。
そういえば、僕の寝室にあった物は一緒に下に落ちたのかな……?
そう考え穴を見やる。
下の階。空き部屋の真ん中ではこちらに向かい手を上げる彼女と、散らばる残骸があるのみで家具はない。
いや、ある。破片と成り果てたタンスやベッドの破片が下の部屋に散らばり、タンスの中にあったであろう物は壊れ、散乱し、原型を留めている物は上からじゃ見つからない。
そしてこちらを見ている彼女の辺りを布団の中身の羽根がゆっくりと地面に落ちている。
まるで激しい戦いの後で崩落した建物の上に立つ聖女様のように見える様な彼女と周りの光景に、僕は膝から崩れ落ちた。
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