04:最期の光。
考え込んでいる暇はない。一歩間違えば、自分も仲間たちのように骸をさらしてしまうことになるのだから。
白魔法使いは改めてダンジョン脱出に動き出す。
その瞬間、フロア全体を震わせるような地響きが起こった。
同時に、必至に駆けてくる足音。乱れた呼吸と一緒に近づいてくる誰か。
死体を確認できていないのは、あとはパーティーのリーダーだけ。おそらく彼だろうと思い、合流するべきか少し悩む。
だがそんなわずかな寸暇さえなかった。
突如、悲鳴が上がる。
吹き飛ばされたリーダーの身体が、白魔法使いの目の前を横切った。
とっさに物陰へと身を潜める。
リーダーからも、おそらくいるであろう巨大蟹からも視界に入らないところに。
乱れる呼吸を必死に抑えつけながら、何が起こっているのかを窺おうとする。
リーダーはダンジョンの壁に激突し、落下。そのまま動かなくなった。
わずかにうめき声が聞こえる。
辛うじて絶命には至っていないようだ。
地響きが近づいてくる。
ダンジョンボスである巨大蟹が、隠れた白魔法使いの側を通り過ぎた。
巨体に似合わぬスムーズさ、素早さで移動する巨大蟹。
身動きの取れないリーダーの傍らまで接近し。
当たり前のように、鋭い足先を彼の彼の身体に突き刺した。
「ぐああああああああああああっ!」
苦痛まみれの悲鳴を上げるリーダー。
まだ息はある、と思う暇もなく。巨大蟹はハサミを振り上げ、勢いよくその剛腕を振り下ろす。
ぐしゃり
たった一撃で、リーダーを潰し殺した。
グチャグチャという音が聞こえる。
何をしているのかは見えない。
見ようとも思えない。
白魔法使いは口元を抑え、漏れ出そうになる叫び声を必至に飲み込む。
見つからないようにと、地の底から、天に祈る。
ひたすら声を押し殺し、身を縮め続ける。
どれくらい経ったのか。
ガシガシと地面を踏み砕く音が、その場から遠ざかっていった。
「……」
耳を澄ます。巨大蟹の足音はもう聞こえない
にも関わらず、白魔法使いは動くことができなかった。
ダンジョンに入った仲間は全員死んだ。生きているのはもう彼だけ。
悲しいし、辛い。
だがそれ以上に、死の恐怖が強くこみ上げる。死にたくない。
とにかく、ダンジョンから脱出する。それだけを考えて、白魔法使いは周囲を警戒しながら歩き出す。上層へ向かう階段を目指して。
巨大蟹が駆け回ったせいか、まったく魔物が現れない。心身がガタガタな今の彼にとってそれはありがたかった。
だが戦闘以上に、ダンジョンボスがどこからか現れやしないかと警戒し続けることが、彼の精神を疲弊させていた。
ダンジョンの地図は頭に入っている。もうすぐ、上層への階段がある場所だ。
もちろんその先も、地上に出るまで何階層も残っている。
けれど今はこのフロアから脱出することしか考えることができない。
ようやく、階段が見えた。
疲れ切った身体と気持ちに、これまで感じたことがないような歓喜が駆け巡る。
もう少しだ。もう少しで脱出できる。
張り詰めていた神経が、少しゆるむ。
周囲の索敵、注意を払うよりも前に、彼は駆け出してしまった。
ズズンッ
大きな、地響きが鳴る。
背筋が凍った。
その冷気が全身に及ぶよりも前に、身体強化の魔法を詠唱する。
魔力は空っぽ。ゆえに効果は微弱。まさに気休め。
それでも、震えを置き去りにするように駆け出した。
確かな実力と経験が、無意識に生き残るための動きを取らせる。
だが、すべて無意味だった。
白魔法使いは、背後から強大な何かによって身体を打ち払われ。
何が起きたかを把握するよりも前に、ダンジョンの壁に叩きつけられた。
自分の手足がちぎれ飛ぶ光景。
血飛沫と共に削れていく視界。
最後に目にしたのは、巨大な蟹。
彼が立ち上がることは、二度となかった。
-了-
ダンジョンボス「巨大蟹」に挑め! ゆきむらちひろ @makimura
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