03:敵前逃亡。

 ダンジョンボスである巨大蟹。その巨大なハサミのフルスイングを受け、白魔法使いはダンジョンの固い地面に叩きつけられた。

 だが辛うじて命までは刈り取られなかったらしい。彼は全身を骨折し、その痛みによって意識を失い。同じ痛みによって、強引に意識を取り戻された。

 手足はおろか頭さえも動かせない。苦痛で息を絶え絶えにしながら、白魔法使いは周囲に意識を回してみる。

 広間には何かがいる様子がない。ここにいるのは彼だけ。パーティーの仲間たちも、巨大蟹もいないようだ。

 身体を動かすどころか、思考を働かせるだけでも激痛が走る。まるで折れた骨を粉々にされ、脳髄をすりつぶされているかのような感覚。

 そんな中で、なけなしの魔力を絞り出す。回復魔法。全身の骨が砕けて身動きできない身体を、辛うじて動かせる程度に修復し、回復させる。

 気休め程度ではあるものの、無理やり身体を動かせるようにして。ふらつきながらも立ち上がる。

 仲間たちはいない。逃げることに成功したのだろう。

 そう思い込むことにする。


「俺も、逃げないと」


 魔法で回復させたと言っても、体力は最小限。足に身体強化をかけたものの、それでも歩くのが精一杯。もう追加で魔法は使えないくらい、魔力はすっからかんになっている。

 それでも、こんなところにいつまでもいられない。

 頼りない足取りで、壁面に身をあずけながら、白魔法使いは広間から出ていった。

 だが早々に、絶望が彼を襲う。


「マジかよ」


 広間を出てすぐのところに、黒魔法使いの死体があった。

 全身を潰され、人間としての形はすでになしていない。頭だけが、辛うじて顔が判別できるような状態で残っていた。

 前衛3人に比べて、後衛である彼はフィジカルが弱い。その分だけ早く、巨大蟹に捕まってしまったのだろう。

 同じ後衛職である白魔法使いも他人事ではない。しかも今の彼は走ることすらできない状態だ。巨大蟹に見つかったら即死亡、と言って間違いない。

 目指すは、ダンジョンを上がる階段。

 白魔法使いは、周囲を警戒しながらゆっくりと歩き出す。

 しばらく歩いたところで。次はシーフの死体を発見した。

 足を潰され、恐怖まみれの顔のまま絶命している。

 彼はパーティーの斥候役を担い、素早さと隠密性が自慢の男だった。そんなシーフでも、ダンジョンボスのレベルには通用しなかったようだ。これまで積み上げてきた能力と自信がいとも簡単に潰されたことが、死に顔の驚愕ぶりから見て取れる。

 あのシーフの素早さでさえ、巨大蟹を振り切ることができなかった。例え満身創痍でなかったとしても、白魔法使いではあっという間に追い込まれてしまうだろう。

 彼は焦って先を急ぎたくなる気持ちをぐっと抑える。周囲の気配を探りながら、ダンジョンボスに見つからないことを最優先に、慎重に最深部を抜けるやり方に切り替える。

 ただでさえ体力も魔力も底をついている。仲間2人の死体を見つけ、他の2人も生存は絶望的。気力だって枯渇寸前だ。ダンジョンボスに見つかったら即死という状況で、暗く広いダンジョンを逃げ惑うのは神経を擦り減らせる。


「……っ」


 今度は、盾役だった戦士の死体を発見した。

 これまであらゆる魔物の攻撃を受けきってきた自慢の盾ごと、彼は身体を貫かれていた。もちろん絶命している。巨大蟹の鋭い足先で刺し殺されたのだろう。

 彼の防御の鉄壁ぶりは、同じパーティーの中で見続けていた。それでも太刀打ちできずあっさりと、盾と一緒に串刺しにされてしまっている。

 その惨状を目の当たりにして、白魔法使いは途方に暮れてしまう。全員が逃げ出す前に巨大蟹の一撃を受けた自分が今、辛うじて生きているのは奇跡でしかないと。




 -つづく-

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