02:ダンジョンボスとの初邂逅。
町の営みの中心になっていると言って過言ではない存在・ダンジョン。
地下深くまでその空洞は伸びており、幾多もの階層が重なって、そのひとつひとつのフロアは相当の広さがあった。深く潜っていくほどに、現れる魔物も強力になっていく。
そのため、実力を過信したハンターがダンジョン深くまで潜り過ぎ、格上の魔物に広いフロアを追い立てられるという事態が少なからず起こる。なお、そのハンターたちの大多数は地上に出ることが出来ず、命を落としていた。
だが。新進気鋭と呼ばれた彼ら5人組パーティーはそこに含まれない。彼らはダンジョンに入り、襲ってくる魔物たちをたやすく蹴散らしながら、最深部に向かって黙々と進んでいく。
彼らにとって、このダンジョンに巣食う魔物はもはや敵ではなかった。傷ひとつ負うことなく最深部へ到達。目の前には、ダンジョンボスの根城と言われている、広間のような空間がある。
「いるか?」
ダンジョンボスは広間に居座っているとされている。だが最深部の同じフロアを徘徊することも多く、探索中のハンターが不意に出くわすということも少なくなかった。
幸い、パーティーはそういった事故に遭うことこともなく。ダンジョンボスのいる広間を覗き見し、様子を窺う余裕もあった。
「……いるぞ」
斥候役であるシーフが、広間の様子を探り、答える。ダンジョンボスからは死角になる位置で、さらに隠蔽の能力も極限まで上げての観察だ。ダンジョンボスは彼らパーティーの存在に気付いた様子は見られない。
ダンジョンの最深部にいる、ボス格の魔物。
それは巨大な蟹だった。
見掛けはまさに、蟹そのもの。しかしとんでもなく大きな体躯をしている。
犬、人間、虎、と倍々に身体が大きくなると考えて。
虎から熊、サイ、象とサイズアップ。
さらに倍の大きさになった、蟹。それがこのダンジョンのボスだ。
確かに、見上げるほどの巨体から繰り出される攻撃は驚異だろう。
「だが、しょせんは蟹だ」
「俺たちパーティーがレベルアップする踏み台になってもらおう」
「いつも通りやれば、難しいことは何もないだろ?」
「落ち着いて、大胆にいこうぜ」
気合を入れるパーティーメンバー。いつものようにフォーメーションを組み、電撃戦でペースをつかむべく、突撃に備える。
好戦的な様子を隠さない仲間たちに、白魔法使いはルーティンのように魔法を掛ける。攻撃力、防御力、魔力、素早さ、スタミナなど諸々。あらゆる能力値を、魔法によってアップさせる。
「効いてるか?」
「もちろんだ」
「いつもながら頼もしいね、お前の魔法は」
「何が相手でも、負ける気がしねぇよ」
「さっさとあのでっかい蟹を、丸焼き細切れにしてやろうぜ」
サイド、広間の様子を窺う。
ダンジョンボスはまだ彼らの存在に気付いていない。
「行くぞ」
リーダーの合図。彼は返事を待たずに、剣を手にして駆け出していく。
続けて盾を抱えた戦士が、少し遅れて彼を追う。
さらにシーフがふたりに追随した。
そんな3人を見送りつつ、黒魔法使いが威力高めの攻撃魔法をぶち込んだ。
これが彼らの、手強い魔物を相手にする時の常套手段。
後方遠距離からの不意打ちで大ダメージを与え。
虚を突かれた魔物にリーダーが剛腕任せの一撃で追加ダメージ。
彼らを敵と認識した相手の反撃を、盾役の戦士が受けきってみせ。
止まった敵の意識を、シーフが急所を狙ったヒット&アウェイで散らす。
隙の広がったところに魔法で追撃。
たじろぐ敵にリーダーが再び斬り掛かり、という繰り返し。
それを白魔法使いが最後尾で全体を把握しつつ、適時カバーする。
これが彼らパーティーの必勝パターンだった。
どんなに強力な魔物も、彼らはこの先方で勝ち続けてきた。いかにダンジョンボスが強力であろうと打ち倒せると、誰もがそう思っていた。
事実、ダンジョンボスの巨大蟹は、轟音と爆炎に包まれながら動きを見せない。声すら上げない。
彼らはこれをチャンスと捉えた。
立ち上る炎と煙に、ダンジョンボスの大きな体躯が包まれてしまっている。
逆に言えばあちらからは、小さな人間の姿は煙に紛れて見て取れない。
このスキに、リーダーは接近。
そこらの魔物ならたやすく屠ってみせる、渾身の一撃を振るわんとする。
だが。
「ぐはぁっ!」
人間の戦術戦略など、ダンジョンボスの剛腕ひとつで薙ぎ払われた。
わずらわしいとばかりに振るわれた、巨大蟹の恐るべきハサミ。
そのひと振りで、リーダーはたやすく排除される。
大きい広間の中央を駆けていた彼は、一瞬で壁際まで吹き飛んだ。
「なっ」
すぐ後ろを追っていたガード役の戦士は、目の前から消えたリーダーに目と意識を持っていかれた。これまで経験したことのない展開に驚愕し、ほんの一瞬だけ動きを止める。
それは明らかなミス。
巨大蟹は続けて逆のハサミを振るい、戦士に襲い掛かる。
戦士は無意識に、長年の相棒である盾を掲げた。
このパーティーに加わってから今まで、あらゆる魔物の攻撃を受け止め、相手の動きを止めてきた戦士。盾役を一手に担ってきた彼は、それこそ何倍もの大きさの魔物たちの攻撃さえ耐えてきた。
例えダンジョンボスの攻撃だろうと、自分の盾なら受けきれる。
積み重ねてきた実力と自信を胸に、巨大蟹の剛腕を受け止めようと構える。
だが、無意味だった。
「ごぼぉっ!」
所詮、人間は小物だということか。
どれだけ防御力を誇る盾だろうと、攻撃を受けきれる地力があろうと、そんなものはダンジョンボスには意味をなさない。戦士は巨大蟹のハサミのひと振りで吹き飛ばされ、ダンジョンの壁に叩きつけられる。
「くそっ」
戦士ふたりが一瞬で蹴散らされ、遊撃役だったシーフの足が止まる。
敵の懐に入るまであと一歩のところ。そこはダンジョンボスの攻撃範囲。
マズイ。
直感からすぐに離脱しようとした瞬間。
ボアアアアアアアアアアアアアア!
巨大蟹の雄叫びが響いた。
シーフは至近距離で、自身の何倍も巨大な敵の雄叫びを浴びる。
そして振るわれる、ダンジョンボスの剛腕とハサミ。
危機一髪。シーフは硬直しかけた身体を無理やり動かし、身を投げた。
「ぶごぉっ!」
直撃こそ免れた。しかしその攻撃は、かすっただけで致命傷に等しい。
彼は戦士ふたりより防御の薄いシーフ。振るわれる巨大ハサミがわずかに引っかかるだけで、全身を持っていかれてしまう。強化された素早さを活かせないまま、彼も地面へと叩きつけられた。
これで3人。前衛全員がたちまち無力化され、残るは後衛の魔法使いだけ。
「くっ」
次の獲物はお前だとばかりに、ダンジョンボスの目が向けられる。
思わず黒魔法使いが息をのむ。
一瞬怯むも、彼とてそれなり以上に経験を積んできた魔法使い。敵が迫ってくるとなれば、対処すべく身体が動く。咄嗟に攻撃魔法の詠唱を開始する。
敵の早さと自分までの距離を読み取って、詠唱が間に合う魔法から最も強力なものを瞬時にチョイス。接敵ギリギリにぶちかまし、少しでも怯ませて、次の呪文詠唱の時間を稼ぐ。それが、敵の接近を許した黒魔法使いのセオリーだ。
だがそれも、ダンジョンボスには通じない。
巨大蟹の動きは素早かった。
その巨大な体躯にに使わない俊敏さで、黒魔法使いとの距離をあっという間に詰めてくる。
つまり、選んだ攻撃魔法の詠唱は間に合わないということ。
それを理解した黒魔法使いの顔が、絶望に染まる。
しかし。
「間に合え!」
パーティーの最後尾から、叫び声が響く。
同時に白魔法使いの防御魔法が飛んだ。
とんでもなく大きな、衝突音が激しく鳴り響く。
間一髪。巨大蟹と黒魔法使いの間に魔法の障壁を貼ることに成功する。
だがそれも気休め。
巨大ハサミの一撃を抑えられたのは、ほんの一瞬。障壁は、ダンジョンボスによって力任せに破られた。
一瞬とはいえ稼ぐことができた隙に、黒魔法使いは必至に回避行動を取る。
まともに食らったていたら全身が粉々になっていただろう巨大ハサミの攻撃を、勢いよく地面に叩きつけられる程度のダメージに抑えることができた。それでも黒魔法使いは血まみれになり、全身打撲に骨折の重症を負った。
「コイツ強すぎだろ」
残ったのは白魔法使いただひとり。彼は悪態を吐きながら、全力の回復魔法を仲間4人に飛ばし、体力を全快させる。続けて精神に作用する魔法を当てて、彼らの意識を無理やり覚醒させた。
「目を覚ませ! でなきゃ死ぬぞ!」
活を入れるように叫び、最後の仕上げとばかりに能力アップの魔法を重ね掛け。自分を含む5人の体力、腕力、素早さ、その他もろもろを強引に上げる。副作用でどうなるかなどは後回しだ。そんなことは生き残ってから考える。
「みんな逃げろ!」
敵わない。
白魔法使いはすぐにそう判断し、戦闘から逃走に意識を切り替える。
「全員散開!死にたくなけりゃ、魔法が効いてるうちに少しでも遠くへっ」
ぐはっ。
すべて言い切るよりも前に、巨大蟹のハサミが白魔法使いに打ち込まれた。
体力自慢のリーダーやガード役がなす術もなく吹き飛ばされるのだ。頭脳と魔法でのバックアップが仕事の白魔法使いは、その威力に耐えられるはずもない。
強化魔法は意味をなさず、彼はいとも簡単に叩きのめされ、地面を舐めることになり。全身が粉々になるような感覚と共に、意識を飛ばしてしまった。
「ひっ」
巨大蟹の桁違いな暴力によって、あっさり蹴散らされたパーティーメンバー。白魔法使いが掛けた決死の回復魔法によって、残りの4人は身体面では全快した。
しかし、精神面はボロボロのまま。
これまで数多の魔物を狩ってきて、危機も修羅場も多くくぐり抜けてきた自負があった。事実彼らの実力は町のハンターたちにも認められており、自ら豪語するのに遜色のないものを持っている。
だが相手が悪すぎた。
ダンジョンボスは、彼らが思っていたよりも遥かに格上だった。
パーティーメンバー4人は辛うじて立ち上がる。
ちょうどそこで、圧倒的強者である巨大蟹と目が合ってしまう。
彼らは理解した。次の獲物として狙いをつけられたと。
「うわああああああああああああああっ!」
全員が、全力で、その場から逃げ出した。
矜持も体裁も何もかもを投げ捨てて。
-つづく-
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます