ダンジョンボス「巨大蟹」に挑め!

ゆきむらちひろ

01:結末と、事の起こり。

 走る、走る、白魔法使い。少なくとも気持ちだけは急いていた

 ここは、とあるダンジョンの最深部。初めてそこに足を踏み入れた者は、意外なほど整っている足場に困惑するかもしれない。入り組んではいるものの、例え全力疾走したとしても足を取られないほどに踏みしめられている。

 もちろんそれには理由がある。だが今の彼にとってそんなものはどうでもいい。仄暗いダンジョンを、満身創痍でフラフラになりながらも、しっかり歩を進めることができている。彼にしてみれば、むしろありがたいくらいだった。

 しかし、それは追いかけてくる側にも同じことが言えるわけで。


「あと少し」


 仲間の死に気を回す余裕もなく、全力で敵から逃げている。

 ハンターパーティーのバックアップを一手に担っていた白魔法使いの男。

 メンバーは全員死んだ。1人、2人、3人、4人。みんな呆気なく死んだ。

 辛うじて生き残っているのは、もう彼ひとりだけ。仲間4人の能力を魔法でかさ上げし続けることができる彼が、魔力をすっからかんにしながらも、なりふり構わずひたすら逃げに徹している。

 だがちっぽけな人間のあがきなど無力。

 敵は巨大な体躯からは想像できぬほどあっさりと彼に追いつき、捕捉した。


「っ、んぐぁっ!」


 背後で大きな地響きが起きたと思うや否や。巨大な力に打ち払われた。

 思い切り振り抜かれた巨大な剛腕が、いとも簡単に彼の身体を吹き飛ばす。

 背中から襲い掛かった攻撃に反応することできず、彼の身体は宙を舞い、踏み固められたダンジョンの地面に叩きつけられた。

 あらゆるところの骨が軋み、砕けた感覚が全身を走る。

 一瞬、意識が遠のく。

 だが意識を失うどころか、うめき声を上げる刹那すら彼にはない。


「っ!」


 気力を振るい、無理やり意識をつなぎとめようとし。

 敵のいる位置を把握しようと必至に顔を上げた。

 その時、すでに敵の巨大な腕は振るわれていて。

 彼のすぐ目の前にまで迫っていた。



 ―・―・―・―・―・―・―・―



 事の起こりはこうだ。

 地底深くへと続く大きな洞穴。通称「ダンジョン」。そこには多くの凶暴な魔物が巣食い、時折地上に現れては人々の生活を脅かしている。

 だが同時にダンジョンは、人々の生活に必要な素材や鉱石を生み出す場所であり、食糧事情を支える食肉用の魔物を狩る場所であった。

 ダンジョンとは、近寄るには危険で、関わらずに生きるには難しい存在。

 そこで現れたのが、「ハンター」と呼ばれる者たちだ。ダンジョンで魔物を狩り、間引きをし、生活に必要な鉱石や素材を採ってくる。そんなことを生業にする人たちが現れた。

 そうして、ダンジョン付近に人が集まり。やがて集団は集落になり、町となった。今では町中にハンターがあふれ、一攫千金を求める者も多く見られるようになった。

 そんなハンターの中で、近年メキメキと頭角を現しているパーティーがいた。魔物討伐も、素材の調達も、数々の依頼を早く確実にこなし、名を上げている。

 パーティーのメンバーも、それをしっかりと自覚していた。自分たちが成長している手応えをしっかりと感じ、実力に自信を持つようになっている。

 いささか、増長してしまうくらいに。

 そんなある時。


「ダンジョンボスを、俺たちで仕留めよう!」


 パーティーのリーダーが、仲間たちに提案をした。

 ダンジョンの最深部に、魔物の中でも特に巨大で強力なものが現れる。段違いに強いその魔物をさして、ハンターたちは「ダンジョンボス」と呼んでいた。

 ダンジョンボスと同じ系統の魔物は、体内に真珠を溜め込んでいることがある。素材を狩るハンターたちにとって、その魔物は馴染みのあるもの。だがダンジョンボスは通常の魔物よりもサイズが段違いに大きく、体内にある真珠も大きいに違いないと言われていた。そのため、大きな真珠を期待した貴族や商人などから懸賞金が出されている。

 まさに一攫千金の仕事といえるが、まだ討伐の報告は上がっていない。

 誰もそのダンジョンボスに敵わなかったからだ。

 ダンジョンそのものは既に隅々まで踏破されており、どこがどんな地形になっていて、どんな魔物が出現するのかなども把握されている。

 だがダンジョンボスは、同じダンジョンに巣食う魔物の中でも各段の強さを誇っている。最下層まで余裕を持って行けるハンターでも、徘徊するダンジョンボスに出くわしたら逃げる、というのがベターな対応とされていた。


「だからこそ、ここで俺たちが討伐できれば頭ひとつふたつ突き抜けられる」

「確かに、町中のハンターから一目置かれるようになるな」

「いやいや、むしろあの町じゃあ収まらないくらいのビッグになれるだろ」

「誰もやり遂げなかった名誉も、金も、俺たちのものだ」


 パーティーの4人が、気炎を揚げて盛り上がる。

 リーダーは攻撃偏重の戦士。

 他には、自ら敵前に出て攻撃を受け止める防御系戦士。

 素早いヒット&アウェイで敵を掻き回す斥候役のシーフ。

 圧倒的な魔力による攻撃魔法で敵を殲滅する黒魔法使い。

 彼らは自分たちの実力に自信があり、事実、ダンジョンの中の魔物に身の危険を感じることはなくなっている。他のハンターたちが避けるほどの強さを持つといっても、俺たちならダンジョンボスを倒せる! リーダーの思い付きに他のメンバーが乗り、皆がその気になっていった。


「いやいや、ちょっと待ってくれよ」


 盛り上がる面々に、冷静に「待った」を掛けた人物。パーティーの後方支援を一手に引き受ける5人目、白魔法使いだ。

 力と技術で押しまくるのがベースとなっているパーティーの最後尾に立ち、適時適所でバックアップをする回復役。そして、基本的にイケイケなメンバーが突出し過ぎないようにするストッパー役でもあった。

 今日も彼は、意気込みに任せて突っ走りそうになった仲間たちを制止する。


「町のハンターたちが誰も手を出せてないんだ。討伐に乗り出すにしても、情報をできるだけ集めて、しっかりと下準備をしてからの方がいい」


 勢いに水を差す、けれど正当過ぎる言い分。

 パーティーメンバーも馬鹿ではない。物事の良し悪しを判断できないほど脳筋というわけではないので、白魔法使いの彼が言っていることは理解できている。

 これまでも、彼らは諫められれば踏みとどまることができていた。

 だが今回は、彼以外のメンバーの意気込みの方が、理性に勝った。ダンジョンボスの打倒という、誰もなしえていないことに挑む。その高揚感に酔っていたと言っていい。誰も、白魔法使いの制止に耳を貸さなかった。


「俺たちが力を合わせれば、どんな魔物でも敵じゃない」

「俺たちのチームワークで倒せない敵は、これまでいなかったじゃないか」

「これからも、俺たちに敵う魔物はいないに決まってる」


 仲間たちはそう言って、テンションを上げている。

 とどめは、リーダーの言葉だ。


「ビビってるなら、町で待っていろ。俺たちだけで仕留めてきてやる」


 4対1。どれだけ止めても意味がないと分かり。

 白魔法使いは仕方なく、一緒にダンジョン最深部へ向かうことになった。




 -つづく-

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