和花菜の春休み
今日から和花菜は春休みに入る。和花菜は元々の成績がよかったので、成績自体は落ちていても特に問題なく進級はできた。勉学の遅れはいずれ取り戻せるだろう。いつもとは違い、今日から作る弁当はしばらく一人分。
「おはよぅ~寧音母さん」
「おはよう、和花菜」
規則正しい和花菜は、休みの日でもいつも通りの時間に起きてくる。
「お昼作り置きしてあるから、あたためて食べてね」
「わかった~」
和花菜の長期休みのお昼は、時間がないので大体冷食か作り置きで済ませてもらっている。和花菜を家に一人残すのは罪悪感が少しあるが、生きるためなのだから許してもらいたい。
出勤の時間、いつもは和花菜が先に家を出るので、いつもとは逆転した場所で、いってきますではなく、いってらっしゃいのハグをされる。
「いってきます」
「いってらっしゃい、寧音母さん」
これも「いつものこと」になってしまったのか。なんて出勤中に考える。一年後、これが「いつものこと」ではなくなった時、和花菜は耐えられるのだろうか。一年経つ前に、私に飽きてくれるのが、一番手っ取り早くてありがたいのだが。
今日は残業が長引いてとても疲れた。もう外もだいぶ暗くなっていて、へとへとな私は家の玄関を開けると、いい匂いが奥から漂ってくる。
「おかえりなさい、寧音母さん。今日はだいぶ疲れたみたいだけど、大丈夫? あ、夜ご飯にと肉じゃがとお味噌汁作ったんだ。味見もしたから、きっと美味しいはず。お風呂ももうすぐ沸くけど、どっちにする?」
疲れた体に、娘の優しさが染み渡る。私は和花菜に、忘れていた日課をするために、娘を抱きしめる。
「ただいま、和花菜。それと、本当にありがとう」
「これくらい、お安い御用だよ」
「まずは、ご飯をいただきましょうか」
「「いただきます」」
目の前には白ご飯と、人参とこんにゃくが入った肉じゃがと、細かく刻んだお豆腐とねぎの味噌汁。まずは、肉じゃがを一口いただく。
「……おいしい」
「本当!?」
「うん、すっごく美味しい」
「いつも寧音母さんの手伝いしてたからね、美味しいごはんが作れたのは、寧音母さんのおかげだよ」
思わず、昔の事を思い出してしまう。和花菜の料理は、大切な人に似ていて、ちょっと違う味がした。
「片付けも一人でやるから」と言っていたが、そこは二人でやって、先にお風呂に入らせてもらっている。脱衣所で物音がしたかと思うと、
「お背中流しましょうか」
と和花菜がお風呂に入ってくる。まぁ変な事はされないだろうし、黙って受け入れる事にした。「痒いところはありませんか」「もっと上の方!」「わかりました」「そこそこ!」なんてやり取りを交わしながら洗ってもらった後、私が湯船に浸かり、和花菜は自分の体を洗い始める。
「ねぇ寧音母さん」
「なーに? 和花菜」
「今度のお休みに、公園にお花見に行かない?」
「……うーん」
「お弁当、私が作るから」
「……『普通の親子として』なら行ってもいいよ。あと、お弁当は二人で作ろっか」
「やた!」
体を洗い終わった和花菜が、湯船に浸かっている私の足の間に入ってきた。和花菜の体は華奢で柔らかく、重たい体で寄りかかられているわけではないが、うちのお風呂だといかんせん狭い。
「ちょっと……狭いでしょ?」
「たまにはいいじゃん。このくらい」
「まったく和花菜ったら……」
ここで渋々ながらも和花菜を受け入れるあたり、私もまだまだ娘に甘いな。なんて考えるのだった。
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