一時の気の迷い

 大切な人、将来を誓った人は、娘と私を置いて旅立っていった。

 

 


 いくら血が繋がっていないとはいえ、なんとなく親は子の考えていることがわかるものなんだな。と思った。いや、これはうちだけなのかも。真偽はわからないので置いておく。

 ならば、目は口程に物を言うということわざがあるし、やっぱりあの子の目の変化で気付いたってことだろう。いつからだろうか。和花菜が大切だったあの人によく似た目で私の事を見始めたのは。

 

 ……ともかく、和花菜は十中八九私に恋愛的な好意を抱いている気がする。おそらくそれで悩んでいるのか、大学受験まであと約一年だというのに勉学に集中できていないようだ。その証拠に、少しずつではあるが、娘の成績は右肩下がりだ。たとえこれが思い違いだったとしても、何か悩み事があるのは間違いないと確信していたので、夕飯の時に本人に聞いてみることにした。


「ねぇ和花菜」

「どうしたの? 母さん」

「その……一つ訪ねたい事があるの。いい?」

「あ、うん……いいよ」

「……最近何か悩んでいるみたいだけど、大丈夫? 私でよければ相談に乗るよ」


 そう言うと和花菜は、焦りの表情を出した。そもそも和花菜は、悩み事があれば私か伶菜さんにすぐ相談してくる子だった。だから他の悩みであれば、私にここで相談するはず。だが、和花菜は無言。しかしこれだけでは思い違いかどうかわからないので、更に踏み入った質問をかける。


「もしかしてそれは、恋の話?」


 和花菜が更なる焦りを見せ、更に「なんで?」という感じの疑問の表情も若干見せた。あぁ、すごくわかりやすい子だ。もうここまで来れば確定だろう。私は、意を決して核心に触れる事にした。


「……やっぱりかぁ」


 そう呟いて、言葉を続ける。


「和花菜はさ、多分、私に対して、抱いてはいけない感情を抱いてしまったから、悩んでしまっているんじゃないのかな? 違う?」


 和花菜が今にも泣きそうな目で私を見てきた。まずい、やりすぎてしまった。


「……違わ……、……ないです……でも母さん、私の事、嫌いにならないで……気持ち悪がらないで……、……見捨てないで……」


 和花菜の口から、事実が告げられる。予想していた事なので、今更驚いたりはしない。和花菜は、不安で不安でたまらない表情をしている。子が親に恋愛感情を持つ。私はこれにどう返すべきだろうか。少なくとも「気持ち悪い!」と突っぱねる気は全くない。血は繋がってないとはいえ大切な子だし。何よりそのような感情は一切湧かなかったからだ。しかし、和花菜の恋愛感情を素直に受け入れるのは和花菜の保護者として……母親として間違っている気がする。では、どうするべきなのだろうか……


「大学受験が終わるまで」


 思わず私は、一言話してしまっていた。


「どういうこと?」

「私のせいで勉強に集中できないなら、大学受験が終わるまで、親子としてだけでなく、その、恋人として、疑似的に和花菜と付き合ってあげるってこと。もちろん他の誰にもバレない範囲で、だからね。合格でも不合格でも、一回目の受験が終わったらそこでまた普通の親子に戻る。私とずっと恋人になるために、ずっと留年されるのは困るからね」


 とりあえず大学受験が終わるまでの、保留の一手を。




「はぁ……」


 その日の夜、大きなベッドで一人、今日の出来事について反省する。あの場で突っぱねはしないにしても、やんわりと普通の親子としてこれから暮らしていこうと伝えてもよかったじゃないか。いや、でも、そうなったら余計勉学に集中できなくなったり、最悪自分で……いや、この話について考えるのはやめよう。とにかく、疑似的に、一年だけ、義理とはいえ、母娘で付き合うのはどうなのか、他に手は無かったのだろうか。どうして、あんな事を言ってしまったのか。


「なんで私なんかを……」


 年甲斐もなく、掛け布団の中の足を軽くバタバタさせてしまった。私としては、和花菜には私の分まで幸せになってほしい。大学に行けば、異性にせよ同性にせよ三十台の私なんかより魅力的な人がたくさんいるだろう。そうすれば、きっと和花菜の目も覚める。きっとこの疑似恋愛は、私達親子の、一時の気の迷いだ。

 

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