第46話 Light Brown-2

「っ!?」


翠を抱き上げたまま三歩歩いた芹沢が、ラップトップを片手で避けて、キャビネットの上に翠を下ろした。


「これでちょっとは首、楽?」


項を撫でた手のひらが支えるように後ろ頭を包み込んで、視線を合わせた芹沢が掠れた声で尋ねて来る。


その眼差しにチラチラと見え隠れするのは隠し切れない情欲の炎で、ああ、目を合わせるんじゃなかったと即座に後悔した。


「ら、く・・・だけど、ちょ・・・」


ずいとこちらに身を乗り出して来た芹沢が、空いている手を翠の背中に這わせて、そのままゆっくりと体重を掛けた。


スローモーションのように視界が変わっていく。


キャビネットのスチールの冷たさを手の甲で感じた途端、真上から覗き込んできた芹沢がもう一度唇を塞ぎにかかって来た。


今度は唇の隙間を抉じ開けるように舐められて、仰のいた隙に入り込んできた舌が上顎を優しく擽る。


支えるために後ろ頭に添えられていた手のひらが、今度は捕獲するためのそれに代わって、耳の後ろを優しく撫でながらがっちり抑え込まれるから、微動だに出来ない。


真っ白の頭の中に、舌先が擦れ合う水音が響いて泣きそうになった。


こんな状態でも、ちゃんとキスに応えてしまう自分が悔しい。


絡ませて表面を優しく舐めて、引き寄せて軽く吸って、溢れた唾液を舌先で丁寧に舐めとって離れた唇の端に見えた銀糸に、眩暈を起こしそうになる。


翠の濡れた唇を優しく撫でた芹沢が、舌なめずりするようにこちらを見て来た。


こんな所でスイッチが入られたらたまったもんじゃない。


さっき間宮が言っていた台詞が正しければ、この後警備員の巡回が行われるはずだ。


万一こんな時間にこんな場所で二人きりでいる所を見られたら、とんでもないことになる。


ましてや翠はシステム室の人間では無いのだ。


真っ赤になった頬と荒い呼吸をどうにかしようと、胸を押さえて必死に尋ねた。


「非常食どこよ!?と、取って来るから」


翠の言葉に、芹沢がきょとんと眼を丸くして、それからにやっと意地悪く笑った。


「もう届けて貰った」


「は・・・?」


「カンフル剤、もうちょい貰ってもいい?」


唖然とする翠の上下する胸元を指の腹で撫でて、芹沢がすうっと目を細める。


「だ、駄目に決まってんでしょ」


迫って来る芹沢をぐいぐい押しやってどうにか身体を起こせば、彼が翠が握りしめたままのアセロラジュースにようやく視線を向けた。


「ええー・・・そう・・・駄目か・・・ああ、えっとなんだっけ、ジュース?」


「これ、これを届けるためだけに来たのに!」


「ああ、うん。そうね。間宮ね、あいつほんと気が利くから。調子に乗った、ごめんね」


翠の手から温くなったアセロラジュースを受け取って、芹沢が悪びれずに謝罪を口にした。


「け、警備員の巡回が来るって」


「ああ、まだ大丈夫・・・後5分もある。どうする?」


「どうするって・・・なに」


「5分で出来ること、試してみる?」


「はあ!?」


仰天した翠が立ち上がるよりも先に、芹沢が腕を回して抱きしめて来た。


「ハグならいいでしょ」


「いや・・・良くない気が・・・」


「朝夕逆転が続くと、色々不便で溜まってくんの・・・これ以上悪さしないから、許して」


思い切り赤裸々な告白をされて、キャビネットの上に置かれたばかりのアセロラジュースに視線を送った。


男性側の事情をぶちまけられたところでどうしようもない。


芹沢は普段こういう話を翠には絶対しないので、余程疲れているのだろう。


諸々仕事のせい、ということで、ひとまず飲み込んでおく。


「・・・ビタミンでどうにかなんないの・・・?」


「翠さんがどうにかしてくれないの?」


「・・・・!?」


そんなあからさまな誘い方を去れるとは思わなかった。


唖然とした翠の頬をするする撫でて、どうにか通常モードに戻った芹沢がにやっと笑った。


「そんな凄いことさせないから、考えといて」

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