第34話 Light Blue-2
「分かった。もう訊かない」
「そうして貰えると助かる。私も勝手にパソコン見たりしないから」
「別に見てもいいよ」
「え、そうなの?あ、いや、見ないけどさ」
「ばれる場所にばれたら困るもの置かないよ」
これでもシステムエンジニアの端くれなので、知識を身に着けてからは誰にもバレない隠しフォルダにきちんと保管してあるのだ。
「ふーん」
「気になるなら見てみる?刺激が強くないやつ」
元カノと別れてからしばらくお世話になっていたのは……少し考えて、ああ、あれは駄目だなとバツ印を付けた。
どういう反応を示すのかが気になって投げた質問だったのだが。
「え、いや、いい。色々探りたくなるから、あ、なんないけど!」
「なにが探りたくなるの?」
彼女が自分に興味を持ってくれたことが嬉しくて身を乗り出して尋ねてみる。
「俺の性癖心配してるなら、安心してよ。怖がらせるような趣味ないよ」
過去の恋愛を振り返ってもオーソドックスなことしかして来ていないし、ベッドに刺激を求めるタイプでもない。
ここまで物凄く行儀の良い躾の行き届いた彼氏を演じているつもりの芹沢なので、そろそろご褒美の一つでも欲しいところだ。
当然健全な大人の男としてはこの先の関係も十分視野に入れているので、この発言が安心材料の一つになればと思ったのだが。
「それは分かってる、あ、いや、わかんないけど!」
またしても想定外の返事が飛んできて目を丸くする羽目になった。
「・・・分かってるってのは、どこらへんで?」
物凄く解せない。
付き合い始めてからこちら、唇へのキスすらしていない信じられないくらい清らかな関係のままの二人だ。
手を繋いだり、こうして会話をしているだけで相手の性癖や嗜好なんてそう簡単に分かる訳がない。
翠が漠然と芹沢に信頼を寄せているのは嬉しいが、その根拠は何なのかと探りたくなってしまう。
「バランスがいいから・・・危うくない・・・から」
「それ前も言ってたけど、俺ってどういう風にバランスがいいの?」
翠の感性が人とはちょっと違うことは出会ってから今日まででそれなりに理解している。
デザイン室の派手な室長や富樫たちデザイナーを見ていても、彼女達がシステムエンジニアの対極の存在だということは分かる。
どこのフローチャートにも当てはまらない、エラーメッセージと共に枠外に落っこちて行きそうな彼女をどうにか手のひらに乗せていられるのは、ある意味奇跡のようなものだ。
「安定とか、理性的、とか、調和・・・とか、そういう雰囲気がするから・・・そばにいて安心出来る」
「なんか面白味に欠ける気がするけど、それは翠さんにとってはプラスなんだ?」
「プラス・・というか、貴重なのよ」
「ふーん・・・理性的・・・」
噛み締めるように言った彼女の言葉尻をなぞるように頷いて、俯きかけた顎に指をかけて引き寄せた。
下から覗き込むと伏し目がちな翠と視線がぶつかる。
逸らされたら別の場所にしようかと思ったが、彼女はそのまま瞼を下ろした。
躊躇わずに触れた唇は、想像以上に柔らかくて、ちゃんと温かかった。
軽く重ねて、啄んで、緩んだ隙間を縫うように吸いついて、倒れて行く背中を抱き寄せる。
驚いたのか焦ったのか、緑が肩に縋って来たけれど、その仕草は拒絶のそれではなかった。
後ろ頭を抱え直して顎下を擽って唇の内側を優しく舐める。
「ふ・・・ぁ」
怯えるかと思ったけれど、舌先を潜り込ませても翠はあえかな声を漏らしただけだった。
もっと初心な反応が返って来るかと思っていたので、安堵と妙な嫉妬心が込み上げて来る。
ゆるく舌先を絡ませて擦り合わせて、探るように口内を一巡りする。
柔らかい舌の反応は拙いけれど、芹沢の気持ち応えてくれた。
引いた舌先を追いかけて来たそれを軽く吸って、唇を解く。
潤んだ目尻を指でなぞってからキスを落とせば、肩を軽く引っ掻かれた。
「で、どう?ほんとに理性的?」
「・・・・・・・・・」
罵詈雑言が飛んで来たらどうしようかなと思いながら待つこと数秒。
二の腕に滑り落ちた手のひらにぎゅっと力が込められた。
「わかんないなら、もう一回する?」
濡れた唇をちょんと親指の腹で弾けば。
「・・・・・・する」
小さな返事が返って来た。
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