第26話 Aqua Green-2

30分寝れば楽になる気もするが、眠った後のパフォーマンスが若干心配でもある。


平良の言葉に仮眠室の予約サイトを確かめに行った間宮が残念そうに報告を上げた。


「・・・あー仮眠室埋まってますー!最近体調崩す人多いみたいですねー」


「あちゃー・・・どうする?リラグゼーションスペース行く?」


リクライニングチェアやクッションが設置されているリラグゼーションスペースは気分転換には持って来いだが、いまは一人になりたかった。


「いや、いいわ。会議室ってもう押さえてあるんだよな?」


「はーい!前会議無しなので無人でーす」


「んじゃ先行って寝とく。早めに起こして」


「了解。コーヒー持って行くよー」


「ん、頼むわ」


ラップトップから充電コードを抜いて、スマホとそれだけ持って席を立つ。


幸い至急依頼も来ていないし、忙しい時間帯でもないので一人抜けても問題なさそうだった。


いつもミーティングで使う会議室は予約が埋まっていたらしく、一回り大きな会議室は座り心地のよいハイバックチェアがずらりと並んでいた。


会議室とセミナールームのみが並ぶフロアは静かで、一番奥の席を陣取ってラップトップとスマホを放り出して楕円形の大きなテーブルに腕を枕に顔を伏せるとすぐに眠気が襲って来た。


早めに来て起こしてくれるように頼んでおいたので、浅く目が覚めた状態で会議室のドアが開く音が聞こえて来た時も、てっきり平良がコーヒー片手に現れたのだと思った。


こちらがまだ眠っていると思っているのか足音を忍ばせて近づいて来る平良に、顔を伏せたまま寝ぼけ頭で声を掛ける。


「俺さぁ・・・なんも見えて無かったんだろうな・・・結局俺に向けて見せてくれてる部分だけ掴んで、知った気になって理解した気になってたんだろうなぁ・・・あれ・・・俺、前の時もこんなだったのかな・・・もうちょっと上手くやれてると思ってたんだけど・・・そりゃ振られるわ・・・・・女友達の話なんて聞いたことねぇよ・・・・・・いや、そういう話すらしたことなかったわ・・・べつに一緒に煙草ふかしてるだけでも良かったし・・・あれこれ質問攻めにしなくてもあの人は逃げないってどっかで高括ってたのかもなぁ・・・何を基準にして、どこまでが駄目で、誰なら許されるのかが、もう全くわからん・・・俺さぁ・・・完全に外野でしょこれ。それなりに距離詰めたつもりだったけど、全部勘違いで思い違いってことだよなぁ・・・・独りよがりとか・・・・・・・・うわあ・・・・きっつ・・・」


彼女のピンクのピアニッシモから細くのぼる煙をぼんやり眺めながら、黙ったり、とりとめのないことを話したり、ぼんやりしたり。


最初に翠の気まずそうな顔を見てしまったせいか、無理に会話を広げようとか、世間話でその場を取り繕おうとか、機嫌を取ろうとか、そんな気が全く起きなかった。


そして、たぶん、彼女もそれを望んでいなかった。


お互いがあの秘密の喫煙スペースで、邪魔にならなかった、ただ、それだけ。


自分の居場所をしっかり確保しつつ適度な距離感で隣り合わせのひと時を楽しめれば、それで良かった。


それを欲張って望んだからこうなったのか。


だとしても、もう遅いけれど。


そろそろ平良のことだから、元気出せよ、とか、飲みに行こうか、とか、芹沢を通常モードに引っ張り戻す言葉を発する筈なのに、隣からは何も聞こえてこない。


それどころか、持って来ると言っていたコーヒーの香りもしてこない。


これはもしや、平良ではなく間宮が先に来たのだろうか。


だとすれば、凹みまくった先輩を前にした後輩の反応なんて一つしかない。


うわ、やべえ。


これをネタにいじられる前に早々に手を打たなくては。


勢いよく身体を起こして、気配のする隣を確かめて、息を忘れた。


「・・・・・・・・・・・・・・え?」


絶対にここに居るはずのない翠が、顔を真っ赤にしたまま立ち尽くしていた。


幻覚かと思って目を閉じて開けても彼女の姿は消えない。


「あの・・・ええっと・・・」


物凄く困った表情になった翠が、視線を彷徨わせながら後ろに下がる。


こうなったらしょうがない。


ここで逃げられる前に、きちんと話をしておかなくては、曖昧な関係がさらに悪化していく一方だ。


「あの、翠さん・・・ちゃんと話を」


させて、と芹沢が言うより早く翠が手にしていた紙パックをずいっと芹沢の前に差し出した。


「・・・具合悪い時にカフェインは良くない」


「・・・あ、うん」


受け取った紙パックは濃縮還元のリンゴジュースだった。


咄嗟に頷いた芹沢を探るように見つめて、翠がそれから、と言葉を続けた。


「ちゃんと寝て・・・元気になって・・・・・・あと・・・えっと・・・あの・・・勘違いでも、独りよがりでもない・・・から・・・とりあえず、それ飲んで、お大事に」


じゃあ、というが早いか彼女が会議室を飛び出していく。


「え!?」


聞こえて来た言葉の意味を理解して大慌てで立ち上がると同時に、入れ替わるように平良が会議室に入って来た。


どうやら廊下で時間を潰していたらしい。


「あれ?いいことあった?」


こちらを見てニヤニヤする平良に向かって、芹沢はずるずると椅子に腰を下ろしながら投げ返した。


「・・・あったよ!」

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