第25話 Aqua Green-1
「なあ間宮、おまえさぁ女友達に頬ずりとかすんの?」
一向に進まないインシデント対応に業を煮やしながら、キーボードを叩く指はそのままに尋ねれば、間宮よりも先に平良が反応を示した。
「え、デザイン室の魔女ってスキンシップ好きなの?」
「んー相手によりますね!個人的にはハグは大好きですよー。でも、あの方はそゆの苦手そうだったのに・・・え、安全圏男だよって油断させてとうとうペロンチョ・・・」
「してません」
「「なーんだ」」
腹立たしいくらい綺麗に重なった返事が返って来た。
ペロンチョした上での発言だったらばもっと心に余裕を持てていたはずだ。
分からないことだらけの彼女のことを、ほんの少し理解出来た気がしていたのに。
少なくとも一昨日までは。
芹沢が現在把握している雑賀翠という女性は、決してパーソナルスペースは狭くない。
むしろ他人と距離を取りまくるタイプだ。
そんな彼女が無防備にそばに近づけて頬ずりまで許して移り香さえ貰って来る相手が居たことにかなり衝撃を受けた。
トムフォードの香水とうっすら残るメンソールの香りが頭にこびりついて離れない。
その相手が男だったらもっと憤ったことには違いないが、女性相手でもそんなに油断するだなんてどうしても信じられなかった。
だかだかと乱暴に打ち込んだプログラムを走らせるもやっぱり表示はエラーのまま。
珍しく堪え切れずに舌打ちを零した芹沢に気づいた宗方がこちらに視線を向けて来る。
「なんだ、芹沢煮詰まってんのか?・・・おい、お前らあんまり刺激してやるな。同僚を信じて見守る広い心を持て」
「いや、思いっきし濡れ衣なそれ!」
平良がはあ!?と不機嫌な声で反論すれば、すかさず間宮が後に続いた。
「ほんっと宗方兄さんの目ぇ節穴だわぁ・・・こんなでくのぼうに美青姉さん任せらんないわぁ」
間宮の援護射撃が無ければ橘美青を恋人にすることは恐らく不可能だったであろう宗方である。
彼氏彼女の肩書を手に入れた今は怖いものなしの宗方が開き直ったように大声で言い返す。
「お前よりよっぽどしっかり美青のこと見とるわ!」
「見てるわりに平良さんに先にゴールインされるあたりが宗方兄さんですよねぇ」
「たしかにー」
「うるせえぞ間宮!平良!」
やり込められた宗方の必死の反撃の二秒後に当事者である美青の喝が飛んだ。
「宗方うるさい!」
「・・・あ、悪ィ・・・んで、あと一時間でどうにかなりそうか?無理そうなら誰か回すけど」
絶対零度の眼差しを向けられた宗方が、ツンドラ地帯から遠ざかりながら芹沢に進捗を尋ねて来る。
「ああ、ごめん。いやー・・・たぶんこれで・・・・・・どうだ」
もう一度打ち込んだプログラムを走らせると、バグ画面が正常画面に無事に戻った。
「おお、復旧ー。報告上げまーす」
こちらの画面を覗き込んだ間宮が社内イントラに案内を乗せるべくキーボードを叩き始める。
この辺りの連携は良く出来ましたと言わざるを得ない。
よしよしと育ってきている後輩を生暖かい眼で見守りながら、宗方と平良と顔を見合わせる。
「よし、じゃあ、この後の打ち合わせ予定通りで行けるな?」
「んー。問題ない」
芹沢の返事に頷いた宗方が、ミーティング参加者のタスクを確認すべく移動していく。
対応報告書をプリントアウトした平良が手早くサインを入れてからこちらに回して来た。
この阿吽の呼吸はさすが平良だ。
「芹沢、インシデント対応で昨日昼間も出てたし、疲れてるだろ?今のうちに仮眠して来たら?」
「んーどうすっかなー・・・」
翠に体調不良を指摘された時には全く無症状だったのだが、あの後5分ほどエレベーターの中に彼女を閉じ込めて、気が済んで解放した後で言いつけ通り煙草は諦めてカフェテリアに向かい素直にデカフェのコーヒーを取って客相のフロアに戻った頃、狙ったかのように悪寒と重たい頭痛が始まった。
頭痛と発熱を鎮痛剤で抑えつつ夜間作業は終わらせて帰宅してすぐに眠ったが、どうも身体が怠くて頭痛も一向に収まらない。
翠のことを思い出せばやるせなさと悔しさでいっぱいになって、その隙間を縫うように驚いた彼女の表情と狼狽えた声と意外に柔らかい身体が思い出されて脳を甘く蕩けさせてくる。
休む間なしに動いている思考はまともな答えを出してはくれない。
結局あの日彼女は頬ずりの犯人について口を割ってくれなかった。
それが尚更気掛かりだ。
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