第27話 Golden Yellow-1
デザイン室の隣には、大きな資料庫が併設されている。
デザイン制作に必要な美術本や写真集、古い文献、有名画家たちの作品集なんかはもちろんのこと、売ればかなりの額になるプレミアム級に貴重な画集や、何十年分の世界中のファッション雑誌や人気ファッション誌の創刊号やパンフレットなどの掘り出し物も収められていてちょっとしたお宝の宝庫になっている。
掘り出し物のほとんどは、デザイン室室長が個人的趣味で集めたものばかりだが、意外と参考になるものもあって侮れない。
とはいえ、年に一度大まかな整理を行う以外はほぼ無法地帯となっているそこは、季節ごとの新作ジュエリーのパンフレットが山積みになっていたり、誰かが購入した漫画家のイラスト集やポストカードの山なんかもあって、結構なカオスが広がっていた。
目的の品を探しに旅に出て、小一時間で戻れたためしがない場所、そこが資料庫である。
朝出勤時にガラガラのカフェテリアでバケットサンドかサンドイッチをコーヒーと一緒に購入して、それを持って自席に着いたら、後は移動先はトイレもしくは資料庫が常の翠なので、誰かがやって来ても探し場所に困ることはまずない。
というか、わざわざデザイン室の魔女に会いにやって来る人間なんて存在しない。
はず、だったのに。
「探し物見つかりそう?」
僅かにドアを開いて声を掛けて来た誰かの声に、大して考えずに答えを口にしたのは、探し物に夢中になっていたせいだ。
「だめ。ない。フラワーモチーフだから、絶対この前見た野花の図鑑がいいんだけどな・・・花屋さんの花じゃなくて、野花!・・・ほら、菫とか、シロツメクサとか・・・あのお嬢さんはぜったいそっちなんだよなぁ・・・」
愛娘の19歳の誕生日にファーストジュエリーとしてシルバーでアクセサリーを贈りたいという母親からの依頼を受けてデザインを起こしているのだが、20歳にはゴールド、21歳にはプラチナと続くのであればきちんとモチーフを設定して将来的に3点セット楽しんでもらえるようにしたい。
19歳のシルバーリングの贈り物は、幸せな花嫁になれるというジンクスがあるらしいので、ぜひともあやかりたいというお嬢様の希望に沿うべく目下頭を悩ませているのだ。
つい二週間程前に資料庫で見つけた野花の図鑑は、花言葉なんかも書いてあってイメージに繋がりやすかった。
あのまま自席に保管しておかなかったことが今更ながら悔やまれる。
定期的に資料庫に出入りするのは室長くらいのものだが、彼女は翠同様超感覚派の人間なので、手にしたものを別のアイデアが浮かんだ瞬間置き忘れてくることがしょっちゅうなのだ。
ちょっと持って移動した物が元の場所に収まっていることはまずないし、デザイン室に詰めているデザイナーは大半がそんな人間ばかりなので、物の位置を決めても無意味なので、デザイン室においては、もの探しと家探しは同意語になっている。
フラワーモチーフはよく使われるデザインなので、他の誰かが資料として使うかもしれないと妙な気を利かせたことがまずかった。
本棚にランダムに並べられている大小さまざまな本や写真集や画集を目を凝らして確認していく作業はなかなか骨が折れる。
明かりが少ない資料庫なので尚更だ。
一旦戻ってネット画像で適当なものを探そうか、それとももう少し頑張ろうか、どうしようか迷っている翠の耳に、もう一度呼びかけが聞こえて来る。
「手伝う?」
デザイン室の後輩達は、こんな口調で話しかけたりはしない。
そして、聞こえて来たのは男の声だ。
花、はな、ハナ、といっぱいになっていた頭の中にするんと入り込んできたその声に、ひゅっと息を飲んだ。
「・・・!?」
声も出さずにそちらを凝視すれば、紛れもなく芹沢がそこに居た。
「ぶ、部外者立ち入り禁止なんだけど」
そんな規則は無いのだが、基本的に資料庫はデザイン室預かりだ。
勝手に付け足した禁止事項に芹沢が可笑しそうに肩を揺らしてこちらに近づいて来る。
「許可貰いましたよ」
「誰に!?」
まさか室長に直談判したわけじゃないだろうなと気色ばんだ声を上げれば、目の前までやって来た芹沢が目元を緩めてこちらを見下ろして来た。
それから、秘密を打ち明けるように囁く。
「富樫さんに」
「・・・!」
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