第20話 White-2

来客対応用のカフェテリアで、ホイップたっぷりのアイスココアを美味しそうに飲みながら、ほのかが興味深げに広々とした日当たりの良い店内を見回している。


昔から福利厚生が手厚いことで知られていた志堂が、社食のリニューアルと、カフェテリアの拡大増設を行ったのは数年前のこと。


当時は珍しかったコーヒーショップと人気ベーカリーショップの併設はかなり話題になった。


ミーティングスペースやリラグゼーションスペースも増設されて、ちょっとした打ち合わせをオフィスの何処でも行えるようになったが、未だに一番人気はお洒落なカフェテリアだ。


オープンスペースと、間仕切りで仕切られた半個室がいくつもあって使い分けが出来るため、最近のリモート会議なんかではかなり重宝している。


「うちのカフェテリア人気なんだよ」


間宮が100個は食べたいと言い張っていた人気のシュガードーナツを指さしてこれがいまの一番人気と付け加えれば、さっそく手を伸ばしたほのかがドーナツに噛り付いた。


「美味しい!・・・あ、頂いてます」


後付けされた挨拶に、なんとも微笑ましい気分で眦を下げる。


どうにも憎めない子だ。


たしかにこんな妹が居たら多少過保護になるかもしれない。


「・・・どうぞ・・・会社、珍しい?」


「とっても!私、いまの雑貨屋以外で働いたことが無くて・・・えっと、人が多い場所とかがちょっと苦手で」


「そういうところはお姉さんと似てるんだ」


「お姉ちゃんはもうなんて言うか、ちょっと世捨て人みたいなところがあるので」


「世捨て人・・・」


突っ込んでいいのか、笑っていいのか迷うところだ。


たしかに、デザイン室の魔女の異名も持っている彼女はそういう雰囲気がないことも無い。


「私が昔からしょっちゅう寝込んでたから、そのせいで余計内向的になっちゃったんだと思うんです・・・あの・・・うちのお姉ちゃん、愛想は無いし、人付き合いも苦手だし、女性らしさとは無縁だけど!」


「そんなことないよ」


柔らかくフォローしたのは、実際にそう感じていたからだ。


ほかのデザイナーたちのように華やかに自分を彩ることも、間宮のように憧れに擬態することもせず、自分という武器ひとつで淡々と生きる彼女は飾らないだけで十分綺麗だ。


見た目の女性らしさは個人の趣味嗜好でかなり評価に差が出るだろうが、少なくとも芹沢は、彼女が煙草を吸う仕草はいつ見ても色っぽいなと思うし、華奢な指がピンクのピアニッシモを挟んでいるところを目にするたび見惚れてしまう。


「ほんとですか!?お姉ちゃん、ありか無しかで言ったらありですか!?」


立ち上がらんばかりの勢いで問いかけて来たほのかの必死な表情は、姉への愛で溢れていた。


「無茶苦茶ありだよ。向こうは無しみたいだけど・・・まあ、嫌われては無いと思ってる」


素直に自分の気持ちを言葉にすれば、ほのかがなぜかじいっとこちらを俯瞰するように目を細めて、それからこくんと頷いた。


「緑と藍色と青、それからピンク!最高ですね!」


「ほのかちゃんも、翠さんと同じ感性持ってるだな・・・さすが姉妹」


「ああ、ええっと・・・はい、姉妹なので・・・お姉ちゃん、時々突飛な事言ったり、理解不能な事したりするかもしれませんが、あの悪意は無くて・・・その、周りが見えてないだけなんです。必死に私のことだけ見て生きて来たから・・・他のものを寄せ付けないように閉ざして狭めて、生きて来たから・・・それじゃ寂しいし、嫌だなと思って私は実家を出て、思い切ってルームシェア始めたんですけど、そしたらお姉ちゃん、今度は私がお嫁に行くまでは安心出来ないとか言い出して・・・そんなこと言ってたらお姉ちゃんがいつまで経っても幸せを掴めないのに」


何となく翠の頑なな姿勢の理由が分かった気がした。


「だから、私ちゃっちゃとお嫁に行って幸せになるので!」


「え!?ちょ、ちょっとそれはいきなり過ぎないかな!?相手はこの間の有栖川さんでしょ?あの人・・・えっと、悪く思わないで欲しいんだけど、名刺調べさせて貰ったんだよね。身元は確かだし、父親も元刑事のちゃんとした人だったけど・・・その・・・」


本当に大丈夫な人なの?という言葉をどうにか飲み込めば、ほのかが信じられないくらい鷹揚に微笑んだ。


「有栖川さんってね、真っすぐな人なんです。それにね、あんな見た目なのに物凄くピュアなの。世間知らずな私の言葉も、ちゃんと聞いてくれるんです。信じられる人なの」


あの見た目のどこにピュアな要素が含まれているのかさっぱりわからないが、恋に恋している乙女に何を言っても馬の耳に念仏であることはよく分かった。


あの男が真っ当な刑事なら、一般市民でしかもか弱い女性を無理やりどうこうすることは、まあまずないだろう。


とはいえ完全に信用できるのかと言われれば答えは否だが。


「いきなり結婚とかはその・・・翠さん倒れちゃうんじゃないかな・・・?」


頼むから勢い任せにゴールインだけはしないでくれよと祈るような気持ちで苦言を呈す。


「それはしません、というか、望んでも有栖川さんがさせてくれないと思います。きちんとお姉ちゃんに挨拶もしたいって言ってたし」


「え。挨拶っていうのは、それはなに?結婚の?」


「いえ。まさか!お付き合いの、です」


「・・・・・・・・・・・・・ああ・・・・そう」


きちんと結婚前提でお付き合いをさせてくださいと頭を下げるつもりなのだとすれば、まあそこは評価してやらんでもない。


誰目線だと思いながら、もしも彼女が本当に有栖川と結婚して、自分と翠が上手く行ったらとんでもない義弟が出来るのではとそこまで想像して、いやいやと考えを打ち消した。


上手く行くにしてもあまりにも気が早すぎる。


「ですから、私のことは気にせず、お姉ちゃんを押して押して押しまくってくださいね!」


「・・・そうは言われても・・・翠さん、正直いまはきみのことで頭いっぱいみたいだよ?」


「私はお姉ちゃんには、自分のことで頭をいっぱいにして貰いたいんです。真っ黒を脱却して欲しいの。それが出来るのは、芹沢さんだけだと思ってます」


「でも、俺そこまで翠さんに好かれてないよ?」


自分で言って傷ついてどうすると思うが、それが事実なのだからしょうがない。


ところが、芹沢の言葉を聞いたほのかは、ぶんぶん首を横に振ってきっぱりと言い返した。


「お姉ちゃん、芹沢さんに惹かれてますよ!」


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