第19話 White-1
翠の6歳年下だという妹のほのかは、彼女の倍はよく喋ってころころと表情が動く可愛らしい女の子だった。
天真爛漫という言葉がしっくりと当て嵌まるような無邪気な笑顔は見ているこちらまで穏やかなくすぐったい気持ちになる。
そんな彼女が自分の隣を明け渡すにはあまりにも人種が違い過ぎる眼光鋭い自称刑事については、あの夜の帰りのタクシーで翠に頼んで名刺を借りて帰った芹沢がすぐに警備会社のシステム部門に勤める兄に問い合わせをかけて、間違いなく県警の一人だという回答を受け取ったので身元だけは確かになった。
上層部にも顔が利く家柄の出身らしく、自身の父親も警察署長を務めたこともあるとのことで、本当に人は見かけによらないなと思い知らされた。
仕入れた情報を翠に手渡して、少しは安堵するかと思ったけれど、彼女の表情は相変わらず浮かないままだった。
有栖川に妹を取られるような気がしていたのかもしれない。
二人の年齢差を考えると、翠が口にしていた母親代わりというのは間違いないだろうし、病弱な妹が心配でたまらない気持ちも理解出来る。
それにしては、妹のほのかがややドライ過ぎるきらいがあるとも思うが。
芹沢を何より驚かせたのは、あの翠が取り乱して脇目もふらず店を飛び出したことだ。
塩対応というよりは誰に対しても低体温で接する彼女が、あんな風に感情を露わにして接するのは恐らく妹に対してだけだ。
自分がどれくらい外側にいて、どれくらい彼女の心まで距離があるのか、まざまざと見せつけられて、まあ、それなりに凹んだ。
翠がやたらと自分と自分以外を線引きするのは、内側にいるほのか以外のものを抱え込まないようにしているせいなのかもしれない。
しかも、妹が関わった途端、どう見たってそっちの人間としか思えないような有栖川に突っかかって行ったのだから、間近で見ているこちらは本当に肝が冷えた。
病室前の廊下で座っている芹沢の前で有栖川が立ち止まった時は、一瞬借金の取り立てかと思ってしまったくらいだ。
ぎろりと表現するのが正しいような一瞥を向けた有栖川が、芹沢に向かって、雑賀さんの?と低く問いかけて、これが知り合いなら本当に翠とほのかを連れて逃げなくてはとさえ思った。
友人ですとどうにか答えた芹沢に、有栖川が小さく頷いてそのまま病室をノックしたので慌てて後を追って中に入ったが、芹沢と違って翠は一度も有栖川に怯むことが無かった。
肝が据わっているというよりは、妹のことしか見えていない感じだった。
雑賀ほのかが関われば、そこまで彼女は必死になれるのだ。
羨ましいというのは非常識かもしれないが、真っ先に浮かんだ感情はまさしくそれだった。
有栖川に言い寄られてほのかが困っているならまだしも、ほのかの態度のそこかしこから好意が滲み出ていて、正直他者の付け入る隙なんてどこにもない。
翠は妹の態度と表情を見てすべてを悟って諦めたようで、念押しするように有栖川に妹を任せて良いのかと尋ねた。
しっかり頷いた彼を横目に見た芹沢の感想はまだ三割程度しか信用出来ない、というものだったが、翠はそうでは無かったようだ。
帰りのタクシーの中でも一度も有栖川について言及しようとしなかったし、芹沢が報告した有栖川の素性を聞いても、そう、としか答えなかった。
何よりほのかが有栖川にべた惚れと来ている。
翠の微妙な心境を慮ることは出来ても、適切な言葉なんて見つからない。
彼女は、妹に姉離れなんて望んではいなかったのだ。
だから、渦中の雑賀ほのかが、志堂のオフィスに芹沢を尋ねてやって来た時には本当に驚いた。
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