第14話 Sky Blue-2

上手く言い表せない“大丈夫そう”な予感が、大人女子を安心させて、油断させるんだろう。


「・・・そのやり方で何人落として来たのよ」


親切の押し売りと言えなくもない行動なのに、ちっとも嫌な気分にならないのは、彼の持つ穏やかな色と雰囲気のせいだ。


絶妙の力加減で引き寄せられるから、抗えない。


見た目だって決して悪くないし、宗方のお墨付きのエンジニアの一人なのだから実力だって確かだ、その気になればいくらだってそういう相手は選べるはず。


いや、選び尽くしたから毛色違うとこに来たのか。


自分で導き出した答えに妙に納得してしまった翠を先にエレベーターから下ろした芹沢が、二歩後ろをゆっくりと歩いて来る。


この距離感までもが絶妙なのだ。


「あ、やっと俺に興味持った?」


「異人種に対する興味ね。早く魔女の呪いから目を醒まして欲しいわ」


たまに顔を合わせたタイミングで飲みに行く程度の仲ならいい。


けれど、デザイン室の魔女、の、彼氏だなんていう不名誉は彼には絶対与えたくない。


ほかに彼にふさわしい肩書がいくらでもあるだろうに。


「そうやっていちいち線引きして違うって言ってくるから、気になるんですけど」


「線引きするまでもなく最初から違うんです。私は自分と似た人間としか寄り添えない」


この人の感覚は理解出来ると思えたから、元彼とも付き合えたのだ。


馴れ合いの延長のような恋だったけれど、変化を求めない翠にとっては最高に幸せな時間だった。


「ああ、元彼クリエイターなの?」


なんとなく分かる気がすると頷いた芹沢が、途中で翠を追い越して地下駐車場の一角で立ち止まった。


社用車のドアロックを解除して、運転席に乗り込む。


目的地は同じでも、本当に彼のことが嫌なら拒めばいいものをここまでのこのこついて来た時点で、自分はもう結構芹沢に絆されているのだ。


けれどそれを認めたくないからわざと不貞腐れた声を出す。


「・・・それはどうでもいいでしょ」


「俺、基本的に自分をオープンにして近づいてきてくれる女の子ばっかり選んでたから、こういう手探りは初めて・・・なので、たまに強引になったらごめん」


翠がシートベルトを締めたことを確認して、じゃあ行きますよ、と芹沢が静かにアクセルを踏んだ。


「いや、そんな芹沢くん、さっぱり想像つかないわ・・・・・・お世話になります」


この色彩感覚を持って運転する勇気が無かったし、利便性の良い土地で暮らしていたので免許を取ろうという気にもならなかった翠である。


アクセルを踏みながら前後も左右も確認しつつハンドルを動かせるなんて、ドライバーが超人に見えて仕方がない。


「翠さん、そういうところ律儀ですよね」


「乗せて貰ってるのこっちだから」


「助かった?」


「そうね、助かった」


「なら良かった。後輩に仕事任せて来た甲斐があった」


「・・・やっぱり忙しかったんじゃない」


システム室の仕事は、社内システムの管理サポートだけに留まらず、パソコントラブルや、お客様相談室のサポート、ネットショップの管理と多岐にわたっている。


現在主軸となって動いている宗方のサポートを任されることが多いという芹沢が手隙なはずがないのだ。


「最近煙草吸ってないんですか?」


「なんで?」


「いつものとこで会わないから、避けられてるのかな、と」


「室長に捕まることが多いだけ・・・あと、妹からしつこく身体の心配されたから、ちょっと減煙中」


これは嘘では無かった。


特注向けに上げたデザインを見た室長が、もう少しシンプルなデザイン案を一つ作って次のコンペに出してはどうかとしつこく推して来たのだ。


誰かを前にして、その人をイメージしてデザインを起こすならともかく、真っ白のスケッチブックに、自分の思いを映し出すのは翠が最も苦手とする作業だ。


自分の日記を大声で読み上げているような気分になる。


「妹いるんだ」


「いる。うち、親居ないから私が母親代わりみたいなもんだし、離れて暮らしてるから余計気になるんでしょうね」


またしても話すつもりのなかったプライベートな話題を口にしてしまった。


気まずい気分で視線を窓の外に向ければ、察した芹沢が明るい口調で言った。


「俺は兄貴が一人。向こうもエンジニアやってる」


「ふーん」


システム関係の参考書は全部上からのおさがりだったと付け加えた芹沢に、小さく相槌を返す。


少し先の信号が点滅を初めて、芹沢が滑らかにブレーキを踏んだ。


速度を落としていく車の向こうで流れる景色がスローモーションになる。


車が完全に停まったあとで、芹沢がちらりとこちらに視線を寄越して来た。


「避けられてないなら、良かった」


完全に油断しきったところを、やんわりと掬われたのだと、すぐに悟った。

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