第15話 Blue-1
向けられる感情や言葉、期待なんかを定義づけして仕分けして、フローチャート作った後は入って来た情報を流し込んで落とすだけ。
そうやってラベル付け出来る人間だけ選んで好んで付き合って来たから、どのフローチャートからもあぶれてしまう彼女の存在は常にエラーを弾き出す。
それが、新鮮で、面白いなと思った。
たぶん始まりはそんなところから。
平良の言うとおり、それまでは分かりやすい王道の女の子が好きだった。
橘みたいな対応に難儀する女子は絶対に無理。
今井さんは可愛いけどちょっと生真面目すぎて取っつきにくい。
性格的なところだけ見るのであれば、間宮と今井さんを足して割ったくらいが丁度良い。
頑なすぎるのも、初心すぎるのも、どっから攻略して良いのか分からないからだ。
女子の好みは至って普通、男が10人いたら、8割以上が、ああ、あの子雰囲気いいねと言うような相手が歴代の彼女だった。
その最たることころが元カノだったのだ。
きっと社内でも相当モテたことだろう。
気遣いと気配りは恐らく平良と張り合うレベルでそれがちっとも押しつけがましくない。
こちらの事情も良くよく理解してくれていて、無理を通すことはせず、けれどきちんと寂しいとアピールすることも忘れない。
よく言えば理想的な、悪く言えば抜け目のない彼女だった。
その気になればいくらだって他にいい男を選べたのだろう。
何をもって大丈夫だと信じられていたのか、いまではさっぱりわからない。
だから、いっぺん全部がぐちゃぐちゃになって、何もかも分からない相手に惹かれた。
分かっていたことが急に分からなくなるよりは、分からないことで埋め尽くされている方が精神的に楽なのだ。
あの頃とは違う意味で、物凄く楽だった。
「お母さんと目元が似てるのね」
カウンター越しに常連客らしい壮年の男性客に御酌をする母親を一瞥して、視線を隣の芹沢に戻した翠がそんな感想を口にした。
「ああ・・・並ぶと親子って分かるってよく言われる。あのさ、翠さん、今からでも別の店に」
「ご飯もお酒も美味しいからこの店でいいわ」
お断りですとすまし顔で梅酒を口に運んだ翠が、雰囲気のいい店ねと穏やかな表情で零した。
もう少し緊張を露わにしたりや所在なさげにしてくれればいいのに、彼女はしっくりとこの場に馴染んでしまっていて、それがどうにも悔しい。
実の母親が経営しているスナック【紫苑】は確かに品もいいし客層も良い、しっとりとした大人の社交場だが、口説いている最中の女性と二人で来る店では決してない。
通勤ラッシュが苦手な彼女は、会議などに呼ばれない限りはフレックス制を利用して遅めの出勤、遅めの退勤を選んでいる。
それさえ分かれば、いつもの喫煙スペースで翠を捕まえることは容易かった。
あれから暫く多忙が続いていたらしい彼女は、適当なデザインを一枚上げて室長を黙らせて元の静かな日常を取り戻したらしい。
本数は減らしているものの、丸一日喫煙スペースにやって来ないことはまずなかった。
芹沢は翠のスケジュールをチェックしておおよその休憩時間を予想してその時間より少し早めにいつもの場所に陣取る。と、10分も待たずに翠がやって来ることが数回続いて、待ち伏せはやめてと結構本気でクレームを出された。
そこで代替え案として飲みに行きましょうと誘いかけた。
翠が好きそうな室内装飾と、変わった種類のグラスを沢山取り揃えている雰囲気の良いバーは、一人で飲みたい時に出向く隠れ家的な場所だったが、彼女になら教えてもいいと思ったし、店を見た時の反応も確かめてみたくなったのだ。
今日はオタク街にグッズのお迎えに上がるんですと朝からソワソワ落ち着かない様子の間宮から、残りのタスクを巻き取って先に帰らせてやって、翠の仕事上がりの時間までそれらを捌いて、社員入り口の前は絶対に嫌だという彼女に合わせて初めて駅前で待ち合わせをして、いわゆる夜デートに出掛けた。
予想外だったのは、馴染みのバーが臨時休業になっていたことだ。
それなら早速別案をと、近場の良さそうな店を探し始めた芹沢の耳に馴染み過ぎた母親の呼びかけが聞こえて来た時に、ああ、そうだここは紫苑の近くだったとようやっと思い出した。
それくらい浮かれていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます