第10話 Yellow Green-2

「芹沢はさぁ、多分あの元カノちゃんで懲りて、浮気なんて到底できそうもない相手を選んだんだろうけどさぁ。これまでのお前なら、ほどほどに押して駄目だったらすぐ引いてたじゃん?その辺の見極めは間違えなかっただろ、いっぺんも。だけど、今回いつまでも引かないのは、お前の中で絶対的な確信があるのよ、きっと。あの人じゃなきゃ駄目だっていう確信がさ。俺もまったく範疇外に追いやられた時は凹んだけど、めげなかったもん。価値観なんて変えて見せるって普通に思ったし」


「俺にはそんな不屈の精神ねぇよ・・・」


今となっては元カノとの交際も、楽だったから続いていたのだろうと思う。


可愛くて、扱いやすくて、楽だった。


思考パターンは大体把握出来ていたし、適度に次の言葉に迷うことなんて無かった。


だから、慣れてダレて、雑にせずとも続きが必要とされなくなったのだ。


「そのわりにせっせと煙草吸いに行ってんのな」


「見てたの?」


「見ては無いけど知ってはいる。お前見た目以上に空気読むし、気ぃ遣うし、心底一人が楽だって思ってることも分かってる」


「・・・・まじか」


「でも、それでも追っかけたいんだから、今度は本物でしょうよ。いいじゃん、気長に行けば。俺は、お前がちゃんと前向いてくれて嬉しかったよ。それは宗方もおんなじな」


芹沢が結構本気で元カノとの将来を考えていたことも、夢見ていたこともバレていたのだ。


「・・・・いい年した大人が今更同期に友情感じるとかないわ・・・」


「ええ?そこは大いに感じてよ」


ケラケラ笑った平良が、スマホを取り出してメッセージを打ち始める。


23時にはおやすみなさいをする新妻に、もうすぐ帰るよと報告でもしているのだろう。


ふと、翠は今頃どうしているのだろうと思った。


こんな風に思い出すことなんて、殆どなかったのに。


平良に絆されたのかもしれない。


無意識に思い出すようになったら最後、もう白旗確定だ。


降参したって見向きもされない可能性のほうが高いのに。


スマホを操作していた平良が、慌ててそれを耳元に押しやる。


返信ではなく、着信が入ったようだ。


「あっれ、電話・・・はーい、もしもし?お風呂入った?もうベッド・・・・」


振り向いた平良が、飄々とした表情を一瞬にしてかき消した。


唖然と驚く彼の顔を見るのは随分久しぶりで、何を見つけたのかと同じように背後を振り返る。


そして、息が止まった。


「え、ああ、ごめんごめん。ちょっとびっくりする事が・・・まだ起きてられる?お土産買って帰ろっか?リクエストは?」


先に我に返った平良が、片手を上げてすぐに駅に向かって歩き出す。


平良との会話が頭を過って、僅かに足が迷ったがどうにか踏みとどまった。


ちょうど店を出て来たデザイン室の面々が、立ち尽くす芹沢を見つけてあ、と声を上げた。


「芹沢さん!?」


「え、ほんとだ!どうしたんですかあ!?」


「まさか、雑賀さんのお迎え!?」


「いや、うちの部署もここで飲み会やってて、いまみんな見送った所」


「ええー!すごい偶然!雑賀さぁん!雑賀さーん!彼氏ですよー!」


「はあ?」


物凄い不機嫌そうな返事と共に、店先に出て来た翠が、苦笑い芹沢を認めて真顔になる。


「いや、ほんとに偶然だから」


つけてきたとか、待ち伏せだとか思われてはかなわない。


あくまで潔白ですと主張すると、諦めた様子で翠が、後輩達を振り返って万札をその手のひらに握らせる。


「やっぱり歩くわ。タクシー代、これね。玉木さん、元気で」


「お世話になりました!翠さんもお元気で」


花束片手に涙ぐんだ後輩が、丁寧に頭を下げた。





★★★★★★





「送別会?」


「そう。10年近く一緒に働いた子だから、断り切れなくて。新しい門出だし、応援もしてあげたいし」


軽く酔っているせいか、いつもの高い壁が僅かに低く感じられる。


彼女の声が普段より柔らかいせいかもしれない。


「へえ・・・」


「意外と協調性もあんのよ」


ぎろりと睨まれて、ああそうだ、この人相手に酔った勢いでどうこうは絶対に無理だったと思い出した。


出会ってからこのかた、彼女がへべれけになるところを見たことが無い。


「最初から無いとは言ってませんよ。転職?」


「小さなアトリエでデザインから仕上げまで携わりたいんだって」


「それは、うちの会社じゃ無理だな」


「性格的にも彼女に合うと思うわ」


「同じような考えを持ったことは?」


「無くも無いけど・・・またイチから人間関係構築すんのが面倒なのよ」


「ああ・・・それは物凄く納得する。俺も宗方の声掛けに応じて来たクチだから余計」


「へえ、そうなんだ。芹沢くんてその辺上手く立ち回りそうなのにね。上っ面で」


「・・・興味を持ってくれてありがとうって言いたいところだけど、上っ面は余計ですよ」


「それはごめん」


あははと珍しく翠が声を上げて笑った。


その気安さがほんの一瞬のものだと分かっているから、付け込みたくなる。


「今は、上っ面じゃないから」


近づいて来る自転車から遠ざけるために、捕まえた手を軽く引く。


あっという間に遠ざかって行く自転車を見送った後で、しっかり指先を握り直せば、それを確かめた彼女が一瞬だけ真顔になって俯いた。



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