第9話 Yellow Green-1

「タクシー組、何人だぁ?」


「ふぁあああい!間宮ぁタクシー組でありまぁすうううう」


「いや、お前はもう分かってるから手ぇ上げるな、美青を揺さぶるな!」


「うぇっぷ、酔いそう・・・」


「だから言っただろ、なんで初めっから俺のほうに来ないんだよ」


途方に暮れた表情で顔色を悪くした恋人を抱き寄せながら宗方がぼやいた。


確かに飲み会の開始から30分は宗方の隣に定着していたのだが、そのうち間宮に呼ばれて端のテーブルに居着いてしまったのだ。


結局宗方を慕う部下たちがその隙に周りを固めてしまったので、この時間まで美青は手元に戻って来なかった。


「だって・・菜々海の膝の寝心地最高なんだもん」


「おまっ・・・そこは比べるなよ!」


ショックとデカデカと顔に書いてある宗方の肩を叩いて、平良が代わりに立ち上がる。


「はいはーい!西方面と東方面で別れてー。西方面2台で、うち1台は宗方らと間宮な。駅まで徒歩組は、俺と芹沢と一緒ねー。間宮、水飲んで、お手洗い行っといで、すぐタクシー来るよー」


「ふぁあああい!」


「宗方、橘のカバンこれな、スマホ入れておいた」


「すまん、芹沢」


「結局いつも最後はこうなるよな」


「よし、忘れもんないな?あ、芹沢、俺タクシー組送り出したら一服してきていい?お前も来る?」


帰宅前のバニラタイムとわけのわからない命名をしている平良が、キャスターを軽く振ってみせた。


「ん、俺も行くよ」


「タクシー呼ばれたお客様ぁ!」


店の入り口で、店員が呼ぶ声がする。


宗方が見つけて来た多国籍料理の洒落たレストランは、連休前とあってかなり混雑していた。


システム室が予約した個室の手前二部屋も埋まっているようだ。


「はーい、すぐ行きます!」


返事を返した芹沢が、戻って来た間宮にカバンを手渡して先に下に降りるように促す。


ぞろぞろと出て来たSE軍団が、ほろ酔いで到着したタクシーに乗り込んでいく。


最後尾の平良が店先まで辿り着くと、助手席から宗方が後はよろしくなと顔を出した。


「そっちこそ、間宮頼むよ」


「任された」


「平良さぁん!さっちゃんによろしくぅうううう」


「はいはい、分かったよ。明日の朝伝えとく。おやすみ」


ひらひら手を振った平良と、走り去るタクシーを見送って、先に駅に向かうメンバーに挨拶をした。


店先の灰皿を引き寄せて、平良が早速火をつける。


揺蕩ってくるバニラの香りは、お馴染みのアイスクリームの味を思い出させる。


「なんでキャスター?」


バニラにメンソールの香りを重ねながら、芹沢が質問を投げた。


「んー・・・うちの奥さんがこの匂い好きだから。どうせなら倦厭される匂いより、好きな匂いのほうがいいでしょ。結婚前にさぁ、出先で珍しく一服したくなって、喫煙所の側で待ってて貰った時に、先に出ていった人の後をあの子が付いて行こうとしたことがあって」


「え、あぶな」


「ね。んで、なんでって訊いたら、すっごい甘くていい匂いがしたからって。煙草ってさぁ、個人の嗜好品だし、俺ずっとメンソールばっか吸ってたし、はい?ってなったんだけど・・・その日の帰りに早速コンビニで買っちゃったよねぇ」


「なるほど」


馬鹿みたいに一途に追いかけて、宗方とはまた違った執着心で細君を手に入れた平良の愛情の沼は、見た目よりもずっと深くて重い。


彼女と同棲を始めてから、殆ど自宅で煙草を吸わなくなったというから、これはもう正真正銘の愛なんだろう。


酷い時は一日二箱空にしていた男とは思えない。


「試しに煙草吸ってすぐに祥香呼んだら、まさかのぎゅうよ、ぎゅう。これはもう吸うしかないなと」


「ふーん、で、プライベート専用か」


「というか、祥香専用ね。帰る前にしかまず吸わないし、これ吸うと仕事終わったって気ぃすんのよ。コーディングも、言語もインシデントも全部飛んでく」


へらりと笑って見せた平良の煙草は、やっぱり甘ったるすぎる。


「彼女、なに吸ってんの?」


「・・・・ピアニッシモのメンソール」


「ふーん、いい匂いする?」


「・・・・桃の・・・」


「桃・・・へー以外だな。あ、ごめん。お前的にはしっくり来てんのね、悪かった」


無意識に不味い顔になっていたらしい。


コミュニケーション能力の鬼は即座に察知して謝罪を口にした。


平良が憎まれないのは、この性格故だろう。


「平良、良かったな」


「んー?なにが」


「お前の一途さを、ちゃんと受け止めてくれる相手が見つかって」


「あはは、そうね。うん。感謝してる。だから一生大事にすんのよ」


平然と言ってのけた彼の言葉が、噓偽りない本心だと手に取るように分かった。


プロジェクト完遂に向けて全力で挑む宗方の肩を叩きつつ、へらへら笑って面倒な部分をさらりと引き受ける事が出来るのは、そのスキルに自信があるからだ。


宗方のように、リーダシップで人を引っ張って行くタイプでは無いけれど、システム室の稼働には、まず間違いなく平良が必要だ。


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