第11話 Green-1 

宝飾品会社志堂の特別注文商品、所謂オーダー品は、戦前に数人の職人を抱えて顧客の注文に対応できる工房を起こしたことが始まりで、未だにその流れを汲む細やかな手仕事が多く、技術職がいないと成り立たない工程がほとんどだ。


そのため、営業販売部門、経営管理部もよりも、製造部門のほうが発言権が強い。


そういった中、完全な独立部門であるシステム室は、デザイン室同様自治組織としてどこの派閥にも属さず、上層部の圧力も及ばない永世中立的な立場にある。


志堂一鷹が組織改革の際にそうなるように動いたため、現在の形で成り立っていた。


志堂のジュエリーはその細やかで丁寧な細工と華やかなデザインが富裕層に受けて、会社の規模を大きくして行ったこともあり、路面店がどれだけ増えても、未だに外商部門の売上は右肩上がりを続けている。


ファッション雑誌で紹介されるような一般受けするデザインとは異なる、顧客個人の趣味嗜好に応じた斬新なデザインを作り出すことで有名なデザイン室の魔女は、一部の上お得意様と顧客を抱える外商部門から絶大な人気を誇っていた。


季節シーズンごとの新作ジュエリーの企画は、立ち上がりから専務が陣頭指揮をとっており、コンペでデザインが決定されるが、そのコンペでデザイン室の魔女が勝ち残ったことは一度もない。


メインデザイナーたちは何度もジュエリーの祭典でデザイナーズ賞を受賞したり、コンペでの実績を積み上げていっているが、彼女はそういった表舞台には一度も顔を出さず、古参の顧客たちからの絶大な支持と、上層部や外商部門から寄せられる信頼のみでデザイン室での居場所を守っている、かなり特殊なタイプだった。


目立つことが苦手らしく、月次ごとの全体朝礼にも顔を見せないし、社長賞を貰った時さえ登壇を拒んでデザイン室の室長が代理授与していたくらいだ。


所属社員の個性が強いことで有名なデザイン室においても、彼女の異質さはかなり目立っていて、派手なデザイナー集団とは一線を画してひっそりとデザイン室の片隅に居着く彼女の姿をオフィスの別フロアで見たものはほとんどおらず、ある意味都市伝説的な扱いになっていた。


そんな彼女と芹沢の初対面は、役員フロアの会議の席だった。


翠は全く記憶になかったようだが、芹沢は嫌というほど覚えている。


同族意識が強かったそれまでの首脳経営陣を一新して、生涯一職人でいい、経営なんぞは知らんと喚き散らしていた実力者たちを上役に引っ張り上げ、見込みのある若手をどんどん管理職に押し上げて志堂の新たな箱庭を作り上げた志堂専務の手腕は見事なもので、価格帯を見直して、自分へのちょっとしたご褒美ジュエリーという価値観を植え付けた新シリーズの売れ行きも好調で、役席の片隅に追いやられた古狸たちの凝り固まった思想もほんの少しだけ柔らかくなり始めた頃、暇を持て余した上層部の一人が、社長賞を上司に代理授与させたデザイン室の魔女に直接労いの言葉をかけたいと言い出した。


業績貢献が認められた社員を、本社ビルのイベントホールで行われる月次朝礼で表彰するのは以前からの通例で、余程の事が無い限り社長から直々に賞状と金一封が手渡される。


ここ数年で初めて代理授与となったデザイン室の魔女は上層部たちの記憶にかなり強く残ったらしく、外商部門からの強い勧めもあってテレビ会議の場が設けられることになった。


言いだしっぺの東北支社の経営顧問と、関東支社の監査顧問、九州支社の副支社長と相談役からの申し出を受けて断り切れなかった志堂専務の指示で、秘書室長の東雲が直々にシステム室に、セッティングの依頼をして来た。


パソコンもタブレット操作もままならない暇な上役の面倒を見てはいられないと、早々に秘書室へ各セクションの秘書から相談が入り、パソコン周りに明るくない東雲は迷うことなく専門家に対応を一任してすることを決めたのだ。


日程調整からサポート役の選出まで綺麗に丸投げされたのである。


ちょうど宗方と平良はネットショップのデータベースをいじっている最中で手が空かず、しょうがないと引き受ける事にした芹沢は、平良があちこちで作って来たコネを引き継いで、それらを駆使して動いてくれる社員を選任して、口煩い上層部が納得するようなリモート表彰式の場を設けた。


それ自体はさほど手間ではなかったのだが、当日になって万一主役のデザイン室の魔女が出社拒否でもしたらコトである。


セッティングだけして当日無人の会議室で気まずい思いをしたくない芹沢は、そこだけはよろしく頼むと宗方を通じて秘書室に何度も念押しをしたが、志堂専務に一任してありますというなんともあやふやな答えしか聞き出すことが出来ず、当日まで肝を冷やすことになった。


結局、リモート表彰式の5分前に、どこで買ったんだと尋ねたくなるような極彩色のブランド物のワンピースを身にまとったデザイン室の室長に引き摺られるように黒ずくめの魔女が役員フロアに現れて、ホッと胸を撫でおろしたが、会議室に入って来た彼女は石像のように無表情なままで、芹沢の挨拶にも軽く会釈を返しただけだった。


彼女が唯一反応を示したのは、サポートに引っ張って来た間宮のゴスロリファッションを一瞥したときだけ。


以降彼女の視線は会議室のテーブルの上に釘付けのままだった。


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