第2話 Red-2
「俺一人だと、雑賀さん退屈かなとも思ったんだけど、浅海さん居た方が」
「困るのでお一人で来ていただいて本当に良かったです」
「ああ、だよね、やっぱり。何となくそんな気がしてたんだよ」
その人の持つ色が見える翠は、得手不得手をカラー診断で決めることが殆どだ。
不穏な色を持つ人には近づかないのは勿論の事、自分とは合わない色を持つ人にも、当然ながら近づかない。
赤と青が7対3で混在する浅海昴は、翠が不得手とするタイプだった。
緑と青の隙間にピンクが零れる志堂一鷹は、経営陣の中では珍しい色合いの持ち主である。
新作の企画会議のたびに、毎回コンペで落とされる劣等生の翠が、入社してから10年以上デザイン室に在籍し続けられているのは、志堂の売り上げが、定番商品と、特別注文の二柱で成り立っているせいだ。
小さな街の宝飾店として始まった当初から、顧客が持ち込むジュエリーのリフォームにも力を入れており、老舗と呼ばれるようになった現在も、オーダーメイドのジュエリー作成を承っているおかげで、翠はどうにか才能無しのレッテルを免れることが出来た。
数年前に、コンペで落とされた翠のデザイン画を一鷹が個人的に気に入って、ジュエリー作成の依頼を投げて来た事がきっかけで、それ以降定期的に最愛の妻への贈り物のデザインを頼まれて、今に至る。
最初は雲の上の存在だった志堂の跡取り息子と、まさか同じテーブルで食事を摂る日が来るなんて、デザイン室の魔女と呼ばれている翠には、想像もつかなかった。
他人の持つ色に惑わされないように、自分を戒めて守る意味で、黒い服ばかり選ぶようになったのは思春期の頃から。
音楽家がよく言う、音に酔うという現象が、翠の場合は、色に酔うことで、街に溢れる極彩色と、個々が持つマーブルカラーの渦から逃れるように、いつだって部屋隅っこを選んで来た翠にとって、才気あふれるエネルギッシュなデザイナー集団は、不得手以外の何物でもなかったけれど、デザイン室の人が寄り付かない本棚の隣の自席は、自分の部屋と同じ位のお気に入りだ。
新しい刺激を求めて踊り舞う蝶のような同僚達とは一線を画して来たせいでつけられた、デザイン室の魔女の異名も、自分らしくて気に入っている。
最近、そこに加わったもう一つの異名については、全力で否定したいところだけれど。
「ところで、雑賀さん」
「はい、なんでしょう?」
また次の贈り物の相談だろうかと、じいっと彼の色を伺う。
愛妻家の上司と来たら、妻への贈り物は、石の種類からカッティングまで拘らないと気が済まないのだ。
新作以上に打ち合わせにも熱が入るし、自ら工芸部の気難しい主の所まで足を運んで仕事を依頼する事も厭わない。
最近は、幸と直接会ってイメージを起こす事も多いので、その分指示は子細に渡るし、手間も多い。
が、職人魂に火が付いたベテランは、待ってましたと休日返上で仕事に取り掛かって最高級の品を差し出して来る。
クリエイターの端くれとしては、自分が平面で起こしたデザイン画から、こんなに素敵な宝石を生み出す人の手にただただ尊敬と畏怖の念を抱く。
そして、その度に思うのだ、この仕事は、どうしようもなく楽しい、と。
彼にしては珍しく、黄色が見え始めたなと思ったら、一鷹が楽しそうに目を細めた。
「システム室の、芹沢くんと付き合ってるの?」
「ごふっ!!!」
「ああ、ごめん、唐突過ぎたかな」
彼が抱いた黄色は、好奇心と興味の色だったのだ。
まさか役員連中の耳にまで入っていたなんて。
慌ててグラスの水を飲む翠に、一鷹が申し訳ないと眉を下げる。
が、楽しそうな瞳は相変わらずだ。
ここ数年、全く浮いた話題の無かったデザイン室の魔女の動向が、どうやら彼も気になるらしい。
「いや、俺もシステム室には知り合いがいるから気になってね。彼、仕事は真面目だし、あの特殊部隊の中ではかなり常識人らしいから、俺も安心だなあと思っていて・・・もし、将来を考えてるなら喜んで相談に乗るから・・・」
円満家庭を持つ上司は、どうしても部下の幸せを後押ししたいらしい。
「も、物凄い勘違いで、勝手な噂の一人歩きですそれ!」
涙目になって否定すれば、一鷹があれ?と首を傾げた。
「そうなの?俺もこの間、ビルの裏手で仲良く一服してる所見たけど?」
「・・・・」
「雑賀さんの表情がいつになく柔らかかったから、そうなのかな、と思ったんだけど」
悔しい位観察眼の鋭い上司を必死に睨みつけるも後の祭りだ。
「ああ、そっか。発展途中なんだ。余計な事言ってごめんね。頑張って、応援してるから」
「・・・だ、だから、志堂専務、違うって・・・」
「一度自分の顔を見てから言葉を口にした方がいいよ、雑賀さん」
突っ込みともアドバイスとも取れる一言を投げて、一鷹が柔らかく微笑む。
ああ、やっぱり今日も彼はどこまでも紳士的且つ魅力的だ。
そのうえ洞察力も半端ない。
憧れと思慕は、いつの間にか尊敬にすり替わっていた。
あの頃彼に向けていた感情とはまた違う心地よさを、芹沢に感じているのも確かだ。
恋というには淡すぎるその感情は、久しぶりすぎてよくわからなかった。
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