第5話 Orange-1

「芹沢さーん!さっきの表示バグ修正したんで確認して・・・むむむ?」


今日も今日とて派手で嵩張るゴスロリファッションに身を包んだ間宮が、チェックシートを手に近づいてきて、芹沢の席の真横で鼻を鳴らした。


ヘッドドレスのフリルときつめに巻かれた髪が一緒に揺れる様は、直視し続けると酔いそうだ。


彼女の手からシートを受け取って、すぐに液晶画面に向き直る。


キーボードを叩いてバグ修正を確認する間も、間宮の追及の手は止まらない。


「まーた、桃の匂い・・・女、女ですな!これがデザイン室の魔女の匂いか!黒とピンクのコントラスト!セクシーいいい」


なるほどなるほど、と勝手に納得した間宮の頭を、サインを入れたチェックシートで軽く叩いて、芹沢はやかましいわと返した。


あの難攻不落女子であった橘美青と、宗方をくっつけ、完全に脈無しと思われていた派遣社員の今井祥香と平良を纏めた凄腕のやり手婆、ではなく、頼もしい後輩は、やはり最近の社内の噂話をちゃんと仕入れていたようだ。


「面白おかしく吹聴するのは勘弁な。これ以上嫌われると困るから」


「え、脈無しなの!?」


斜め前の席から声を上げたのは、新婚ほやほやの緩みまくった表情に僅かな好奇心を乗せた平良だ。


可愛い恋人の派遣期間満了と同時にサクサク入籍を済ませて、名実ともに彼女を自分の妻にした手腕は見事なものだった。


この調子だと、すぐに新妻のお腹が膨れてきそうだ。


その辺りの幸せ家族計画も含めて、SEとは思えないくらいロマンティックな平良は壮大なストーリーを描いていそうで怖い。


まあ、夫婦二人が幸せならそれでいいけれど。


「ちょ、平良さん!そこはオブラートプリーズ!」


「煩いよ。あと間宮のそれ、フォローになってないからな」


「随分毛色違うとこ行くなぁとは思ってたけど、駄目なの?超安全圏オールマイティー男が言い寄っても靡かないの、あの魔女」


「僕安全ですよー人畜無害ですよーって油断させて、するするーっと懐に入り込んでノックアウトしちゃう芹沢さんが!?」


「魔女魔女言うな。あと言い方」


システム室を代表する強面やり手エンジニアの宗方と、来るもの拒まず去る者追わずの全方向モテ男の平良と比べれば、確かに見た目も中身も安全圏なのが芹沢だ。


宗方にアタックして撃沈し、平良の八方美人に疲れた女子は、一度は芹沢を経由していく。


仕事に関しては容赦が無く理想に向かって突き進む凄腕PM(プロジェクトマネージャー)宗方と、上がり過ぎた熱を冷まして場の雰囲気を和ませるやり手SE平良の間を取り持って、下がった温度を維持しつつモチベーションを保つのが芹沢の役割だ。


その立ち位置は慣れているし、宗方程の求心力もリーダーシップもなく、平良程のスキルと適当さもない自分にとっては、一番動きやすい役回りでもある。


女性関係に関しても同じことで、猪突猛進に突っ込んで力技で落とした宗方のやり方は絶対に真似できないし、かといって、平良ほどモテたことのない芹沢は、温和そうな見た目も相まってそういうつもりなく気安く近づいて来る女子が多かった。


目立つ二人に疲れた女子のうちの何割かは美味しく頂かせて貰った事もある。


が、それは二十代半ばまでの話。


それなりに誠実な態度で堅実な相手と多少の妥協や譲歩もしつつ平凡な未来を掴もうとしていた矢先に、突きつけられた現実はまあ、かなりショッキングなもので。


やさぐれ真っ最中に、気まぐれに助けた相手がデザイン室の魔女で、なんとなくそのままズルズルと彼女を目で追うようになり、自分でもよく分からないうちに、新たな恋に落ちていた。


「バグ修正は合格。大変よろしい」


「あざっす!え、どうしよ、相談乗りましょっか?プロフェッサーMの出番ですよね!?」


腰に手を当ててフリルたっぷりの袖から伸びた柔らかそうな指を顎に沿える間宮の真顔が心底憎らしい。


「あ、間宮、ぜひそうしてやって。ほら、俺も宗方も最近忙しいしぃ。あ、祥香からメッセージだ」


「了解っす!えーさっちゃんなんてー?」


「お前、こないだの代休一緒に遊んだだろー?紅茶の茶葉で悩んでる」


「そろそろ仕事探そうかって言ってましたよー?籠の鳥にしちゃ可哀想ですよぅ」


「働き始めてすぐに妊娠発覚も、可哀想だろ?」


「そこはお前が自重すればいいんじゃないの・・・?」


「ええ!?無理だよ!俺奥さんには家に居て欲しい派だし。ほら、シフトで朝夕逆転する事もあるしさぁ。あの子がいない家なんて、正直帰る意味が無いって言うか」


「こっわ!確かに、ベビーについてはコウノトリさんにお任せとは聞いてますけど、がっつり狙ってんじゃないですか!」


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