第17話 Violet-1
「ほのか!」
緊急搬送先の病院の受付で伝えられた病室に飛び込めば、ベッドの上でひらひらと手を振る呑気な妹の姿が目に飛び込んできた。
いや、恐らくそうだろうとは思っていたし、連絡してきたのも本人だったので、命に別条がないこともちゃんと分かっていた。
分かっていたけれど、やっぱり顔を見るまで安心なんて出来るわけもない。
”ごめーん。久しぶりにやらかしちゃった”
もじもじと照れたウサギが身体を捩るスタンプと共に送られてきたメッセージを受け取った翠は、すぐさま店を飛び出してそこから一度も後ろを振り返ることも隣を確かめることもしなかった。
頭の中にあったことはただ一つ、妹の無事を確かめることだけ。
だから、完全に失念していたのだ。
「慌てて来なくても良かったのにーほんとごめんね、お姉ちゃん・・・と、彼氏さん?」
翠が店を飛び出した直後に追いかけてここまで同行してくれた芹沢の存在を。
笑顔を浮かべてこちらを見やるほのかが、二人を見てにやあっと表情を柔らかくした。
翠の数倍感情表現が豊かで人当たりもよくて社交的且つ好奇心旺盛なほのかが、うふふふと探るように翠のことを見つめて来る。
何処を見られているのかすぐに分かった。
「ああ・・・ええっと・・・初めまして、芹沢と申します・・・いきなり・・・すみません」
真後ろから聞こえて来た何とも気まずそうな挨拶の文言に、慌てて背後を振り返る。
「ごめん!芹沢くん、いるの忘れてた!」
「ちょっとーお姉ちゃん失礼でしょー・・・もう・・・うちの姉がすみません」
「あ、いえ・・・お気になさらず・・・えっと・・・俺、外で待ってようか?」
芹沢はまず間違いなく翠のことが心配でここまでついて来てくれたのだ。
完全にほのか一色になっていた頭の中に、ようやく芹沢の存在が返って来る。
それと同時に一気に押し寄せて来るのは、罪悪感だ。
謝罪は死ぬほどこの後するとして、ひとまず姉妹水入らずで確認しておきたいこともある。
頷きかけた翠が口を開く前に、ほのかが前のめりになって挙手をした。
「ちょっと待ってよ!ちゃんと紹介して!ここまで一緒に来てもらったんだから」
「うっ・・・あの・・・芹沢くん、うちの妹のほのかです」
「初めましてー。こんな場所でご挨拶することになって、お騒がせしちゃってすみません。いつも姉がお世話になっております。雑賀ほのかです」
病人とは思えないほど元気はつらつに挨拶をしたほのかに、案の定芹沢が面食らっている。
翠の真逆を行くほのかは、姉妹と言われない限り全く赤の他人にしか見えないくらい姉とは似ていないのだ。
見た目も中身もなにもかも。
妹はこんな明るくて感じがいいのになんで、とか絶対思っているに違いない。
勝手に想像して勝手にもやもやし始めた胸の内をぐっと飲み込む。
「翠さんの会社の同僚の芹沢です。あ、デザイナーじゃなくて、システムエンジニアをやってます」
芹沢の自己紹介に、ほのかがぱちぱち目を瞬かせてからきゅっと口角を持ち上げて笑み崩れた。
「へえ!パソコン詳しいんですね!素敵!いい人見つけたねぇ、お姉ちゃん!」
店を飛び出す直前、ごめんね、帰る!と芹沢には断ったはずだ。
それでも彼がついて来たのは完全に想定外だったけれど、ほのかが居るのだから翠と一緒の芹沢を見てどういう反応を示すかなんて分かっていたはずなのに。
もっとちゃんと話をしてから帰るべきだった。
「人呼びつけといて勝手な事ばっかり言わないの」
歯噛みする思いでぺしりと無防備な額を叩いて、芹沢を振り返る。
「呼びつけてないでしょー」
いくらなんでもこの状況で、ありがとうもう帰っては通用しない。
「うるさいよ。あ、芹沢くん、ごめんなさい。二人にして貰えるかな?すぐに戻るから廊下で待っててもらえると有難いんだけど」
「わかった。急がないから俺の事は気にしないで」
鷹揚に頷いてくれた芹沢が廊下に出て行くのを待って、ベッドの端に腰を下ろして改めてほのかににじり寄る。
「どういうことなの?なんで救急車?あんたどこで倒れたのよ」
「いっぺんに色々訊かないでよ。具合悪くなったのはお店」
むうっと膨れたほのかが子供っぽい仕草で指遊びを始める。
説明が面倒くさい時、言いにくいことがある時の彼女の癖だ。
ほのかは、翠よりも強い
そのくせ人と関わることをやめるどころか、積極的に関わって馴染もうとする。
どうにか一般人として生きて行こうと試行錯誤してはそのたびに転んで擦り傷を作るのだ。
翠の庇護下にいた頃はあれこれ制限をかけて倒れないように目を配っていたが、年頃になると分かりやすい反抗期がやって来て翠の元を離れたがるようになった。
口煩くし過ぎた自覚もあったので、成人して以降はある程度距離感を持って見守るようにしていたが、とうとう2年前に仕事仲間の女の子とルームシェアを始めるからと家を出て行ってからは、時折ふらりと実家に顔を出す程度になっていた。
「
「先に帰った後だったのー」
「じゃあ一人だったの?誰が救急車呼んだのよ」
においの
彼女が側に居たのなら、いつもの体調不良だと気づいたはずだから、救急車を呼ぶような大事にはなっていないはずだった。
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