夕景
「おや、待たせてしまったかな」
先輩の声が後ろから聞こえて、大急ぎで表情を作った。待ち合わせ場所の公園には十五分も前についてしまった。正直な話、かなりの浮かれ気分だったのだ。一緒に祭りに行くことになった後、五分かそこらはぐるぐると部屋を回っていたし、こういう時に着ていけるまともな服の持ち合わせをほとんど持っていないことに気づいて、自分の怠慢にため息をついた。結局、無難に半袖のシャツを着て何とかまとめて、そのままの勢いで公園まで来てしまったのだ。
「いえ、そこまで待っていませんので____」
焦りを見せないようにと勉強したばかりの決まり文句から会話を始め、何とか取り繕おうとして振り返ったが、先輩の姿を見ただけでその付け焼刃は剥がれ落ちてしまった。
まずパッと目に入ったのは服装で、ところどころに朝顔があしらわれている鮮やかな浅葱色の浴衣を着ていた。そしていつもは肩下までおろしている黒髪は頭の後ろでお団子状にまとめられていた。夕日の照らされ方も組み合わさったその姿は、それこそ息をのむほど綺麗で、今になっても忘れてはいない。
「おいおい、気の利いた文句の一つでも言ってくれよ」
からかうようなその言葉でようやく我に返った。何か二言、三言言い連ねた気がするけれど、気が動転した勢いで漏れた一つの本音以外覚えていない。正直な話、見とれてしまっていたのだ。
「__綺麗です。先輩」
言ってしまった時にはもう気恥ずかしさが先行していたから、口走ったことすら気づいていなかった。ただそれでも言葉の力そのものはきちんとあったようで、先輩がそれまで浮かべていた余裕そうな笑みは無くなって、こそばゆそうな顔に変わっていた。
「__そうか」
全くもって、お互いにこういう事は不得手なのだ。今日に至るまでの二年間、後にも先にも、この類の思い出は一度きりしかない。先輩はそのままの笑みで僕の方に手を差し伸べた。
「まあ合格点にしてやろう。行こうか」
「__ええ」
手を取った時の自分には、きっと何の不安もなかった。これから起きる事とこれからする事、つまりはこれからの未来そのものへの期待を持ってたのだ。この時点で彼女に寄せられていた期待に比べようもなく淡く、また実現する意義の薄いものだけれど、その価値そのものを疑ったことは無い。今でも、そのはずだ。
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