思い出
三年前は今よりもまだマシな暑さだったはずだ。夏休みが開ける直前のこと。目先の進路の話から目を背けたい時期で、同級生は誰も彼も、反動もあってかよく遊んでいた。もうその時には先輩を取り巻く環境は確定的で、何もかもが遅かった。
僕は暑さがマシと言っても外で遊べるほどタフな質ではない。だからその日は夕方まで家でぐうたらとしていて、だから先輩からの連絡にもすぐ気づけた。
「佐藤、暇か?」
ただ一言。短いメッセージだったが、それは先輩が普段送ってくるはずのないメッセージだった。彼女はこういう意図を隠したやり方を好まない。ちゃんと要件を伝えてから段取りを踏もうとする人だ。こちらの状況をよく観察して、問題が無い時を狙って話を持ってくるような人で、時間があるかどうか、その一点のみを聞くような質問したことは無かった。
「暇ですけどどうしたんですか? いつもはそんなこと聞いてこないのに」
怪訝に思いながら、少し冗談めかして返信した。別にその時は問いただすほどではないと思っていたのだ。僕だけが普段の会話の延長線上にいた。
「だったら『どうせ何もすることが無くて手持無沙汰なんだから付き合え』とでも書けばいいのか?」
そういうわけではないと言おうとして、またよくわからなくなった。先輩は意地の悪い冗談を言う人ではない。むしろ冗談は得意ではない人だ。それは今でも変わらない。意図を読み解かねば返信できたものではないと、ベッドから起き上がって逡巡していた。そんな時だった。
「今日、神社の方で夏祭りがあるな」
これはただの確認だろうから、次の言葉を待った。夏休み最後の季節感のあるイベントが、この夏祭りだ。クラスLINEが卒業生LINEになった今でも、行くとか行かないとかで話題になっている。どうしてそんな話をするのだろうかと、次の話を予想しながら両足をぶらつかせていた。
「今回は私も行こうと思うんだ」
その一言で、ぼんやりとしていた頭がはっきりとさせられた。今まで先輩は一度も、祭りのことを自分から話題に出したことは無かった。よく考えたらこのことだっておかしかったのだ。でもその時の僕は、脳裏をよぎったありえない可能性のせいで動けなくさせられていたのだ。
「十六時に公園でどうだ?」
はいかいいえか。どちらにせよすぐに返答する以外の選択肢は僕にはなかった。その時の僕は一端の思春期真っ盛りの男子高生でしかなかったのだ。何の情報も持っていなかった自分に正しい判断ができるはずも無くて、だからといって事前に何か聞き出そうという利口さもない。甘かったと言えばそれまでだが、後悔はしている。自分が少しでも察しが良ければ、もっと前に気づけたかもしれないのだから。
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