幸せのカタチ

大臣

プロローグ

「君、幸せとは何だと思う」

「こんな時にアイスを食べれることだと思います」

 ビデオ通話の一手目はそんな言葉から始まった。最近の夏はずっと茹だるようだから、どうしてもこういう何も考えていない答えになってしまう。車内に肉を置くだけでローストビーフができるのだし、まして海辺ここは海辺だ。めちゃくちゃ暑い。あと無駄に湿っぽい。無性にアイスが食べたい。

「あぁそうか。そっちは日中か。酷暑と言わんばかりの暑さだというのは、こちらでも耳にするよ」

 頭が回っていないのでテキトーに頷くに済ませる。日本の暑さは海外で話題になるほどなのかと驚いたが、それを指摘するほどの余力はない。暦の上ではもう秋だそうだ。旧暦もグレゴリウス暦も信用ならん。新しく季節感に合わせた暦を作るべきだ。

「で、先輩は何で連絡して来たんですか」

 今までの会話には文脈があったわけではない。開口一番のことだったのだ。何も知らない、わからないというポーズをとる。貶されても全く文句は言えないと思いながら、先輩がこのポーズに乗ってくれることを、僕は期待してしまっていた。

「ふむ、まぁ確かにいきなりこのような切り出し方をするのはよくないか」

 画面の向こうの先輩は口元に手をやって考えるそぶりを見せると、画面から視線を外した。窓の外を見ているようだ。視界の隅で、通話画面の横に張り出したカナダの天気を見ると、現在は雨となってた。音は拾っていないことからして、そこまで強い雨ではないのかもしれない。

「君は青い鳥の童話を知っているかい?」

 短く「はい」と答えた。二人の兄妹が青い鳥を探して、様々な不思議な世界を旅し、最後には自分の家で青い鳥を見つけるという話だ。この時、青い鳥は幸せの象徴として扱われるのが一般的である。

「では、『青い鳥』と呼ばれるSNSのことは?」

 これも当然知っている。『青い鳥』というのは当然愛称であり、正式名称は別にある。ロゴマークに白地に青の飛び立つ燕があしらわれていることが主な理由だ。

 そう、わかっていたのだ。先輩が幸せのことを話題に挙げた段階で何のことを話すつもりなのかは予想していたし、青い鳥の童話の話を挙げた段階でもう先の展開は読めた。

「ならば、あのSNSを『青い鳥』と呼ぶことは__幸せの象徴と同様に扱うのは、果たして正しいのかね」

 先輩がゆっくりとこちらを向く。遠くカナダの地からでも、画面越しであっても、その切れ長の瞳はあの頃と変わらずに、何もかも見透かしているような鋭さがあった。それに相対するのがつらくて、一瞬、目線を外してしまった。

 ああ、僕が知っている人の中では誰よりも、この設問は先輩にふさわしい。外した視線をそのまま上にやった。いつも通りの天井。シーリングファンが回る僕の部屋。見慣れた水平線と同じくらいにうっとうしい青空が、容赦のない日光を部屋の中に差しこませている。

「その質問はずるいですよ。わかっているでしょう?」

 そうは言ったがこの問題に答えを出さなければいけないのは僕だ。だからこれはあくまで形式的な質問で、僕はこれから先で、きちんとケリをつけないといけない。

 スピーカーが変にくぐもった音を出す。先輩が笑ったのだろう。あの人の笑みはいつも小さい。

「それはそうかもしれないがね。それでも私は答えを聞きたい」

 きっと呆れたような笑みを浮かべている先輩は、青い鳥に幸せを運んでもらった美談の主人公として世間では語られている。そして僕は、そんなものがただの悲劇でしかなかったと知る、数少ない__いや、おそらくただ一人の証人だ。

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