第九羽【出会い: To live 】

 気持ちゆっくりとにじりよる。


 どこだ? どこにいるんだ?


 道路と歩道の間の草の中だろうか。


 思考で動きが凝り固まっている俺の肩へと、リュックサックからよじ登ってきたミユルが囁く。


「安心せい、麟堂。


 ヤツの魔素は残り少ない。


 魔法は使えてもあと一回が限界じゃろう」




 この世界に困惑し少し暴れた、といったところじゃろうな。


 こちらの世界はなぜか魔素が少ないから、自身の魔素をひどく消費する。


 魔素を使い切ると死ぬということは、低脳なやからでも身体で理解するはずじゃ。


 魔素が癒える前に会えてよかったのぉ。




「そうなのか?」


「うむ。 球は持っておるな?


 ワラワが狙うから、イデスを唱えるんじゃ」


「...イデス!」


 ミユルの口から雷が少し空気中に漏れ出しつつもまっすぐ草むらに突き進む。


 俺にもかかって少し痺れた。


 その草むらからは、ツノの生えたトラが脱兎のように飛び出した。


 二足歩行で、身長は一メートル無いぐらいだろうか。


「麟堂! 追うんじゃ!」


 運動部の俺は自分の足の速さには少し自信があった。


 大会出場レベルではないが、一般人よりは速いと思う。


 全速力で走っても全く追いつける気がしない。


 数秒で一気に引き離される。


 自転車に乗ってくればよかったか?


「何をやっとるんじゃ麟堂!」


 うるせぇ...もっと本気で走れってか?


 もう必死に頑張ってんだよこっちは...


「“走る”だけが追いつく方法ではないぞ!!」




 ミユルの言葉が、すうっと俺に入り込んでくる気がした。


「お主の足では追いつけぬともうわかったじゃろ!?


 では他に何をすべきじゃ!?


 お主は昨日体験したであろう?」


「...魔法か?」


「そうじゃ! これからもワラワが狙いを定め続ける!


 お主は使い所を見極め、戦況を操作するんじゃ」


「わかった! じゃあいくぞ!


 イデスドンッ!!」


『イデス』と『イデスドン』の違いは速度だ。


 さっきは避けられてしまったが、『イデスドン』なら...


 雷が竹のように真っ直ぐと、ツノの生えた虎へと伸びていく。


 避けようとする素振りを見せたが、そのスピードを凌駕し命中した。


 電気で痺れたのか、動かなくなった隙に近づく。


「ヤツが持っておる球を奪ったら即座に退散じゃ。


 あと、油断するでないぞ」


「あぁ」


 あと一発魔法を使えるかも、だからな。


 産毛のようなものがびっしり生えている体をまさぐっていると、いつの間にか淡い月白色の光に包まれた萱草色の球がすぐそばに落ちていた。


 いきなり出現したため、罠ではないかも勘繰りながらも手を伸ばす。


 流石に気が付いたか、ツノの生えたトラが動き始めた。


「お、お前ら...誰ぜ...ここは...どこぜ...」


「俺はりん...」


「あほう!名乗るでない!」


 耳元で叫ばれて、反射的に身体がすくむ。


 やり返してやりたかったが、俺は大人だからな、堪えてあげよう。


 ミユルは俺の腕をつたって下り、トラみたいなやつに近づいていく。


「お主も、名乗るわけないとわかっておろう?


 まぁ...場所ぐらいは...ここは別世界じゃ。ワラワも詳しくは知らぬ


 手荒な真似して悪かった。


 じゃが、恐れるでない。殺しはせぬ。


 ワラワが全て元に戻すから、どこかで生き延びておれ...」


 俺は正直ミユルのことは生意気で、自分勝手なガキだと思っていた。


 どっかの里の長にはなれないような、器の小さいものだと。


 トラみたいなやつも感銘を受けて、固まってやがる。そう思っていた。


「ル...ルガルッ!」

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