第五羽【いつの間にか世界】

「そのドラゴンを渡せ」


「ワラワを離すでないぞ!


 それに!コヤツは悪魔じゃ!」


 俺は、ドラゴンを持つ手に力を込め、少しづつ、慎重に後退りする。


「バレていたんだな、わかっていたがな。


 リゲル・キュルス」


 よくわからない単語が聞こえたのち、今までそうであったかのようにスーツの人が姿を変えた。


 まず最初に視界に映ったのはカマキリの腹。


 見上げると、一つめのヤギが覗き込んできていた。


 気分は蛇に睨まれたカエル。


 悪魔ヤツは俺ほどある鎌をふるい、俺の横の木を切り倒した。


「おいて行け、人間、今なら見逃してやる」


 耳をつんざくような声が頭に響く。


 口から発せられた声ならば草木を地響きのように揺らしただろう。


「嘘じゃ! ワラワを知った存在を殺さぬわけ無かろう!」


 ドラゴンの言っていること、ドラゴンを知った存在を殺すということはわからないが、嘘ということは納得できる。


 目の前のコイツは見た目からして悪魔だ。


 悪魔は嘘つき、そんなイメージぐらい、俺にもある。


「おい! ワラワの口をヤツに向けて、イデスと唱えるんじゃ!」


「え? あ、あぁっ!


 ───イデス!!」


 何かが起きることはなかった。


「やっぱダメじゃったか、逃げろ!」


 体を翻し、とても歩きにくい山道を転けそうになりながらも走る。


 正直、なんでこんなことに、とは思った。


「...なぁ、名前を聞いてもいいかの」


 こんな時にか、だが教えた。ついでにドラゴンの名前も聞き返してやった。


「名前か.........じょ、条件がある。




 アヤツ以外とも、これからもワラワと戦ってくれんか?」


「これからって...あんな化け物がまだまだ襲ってくんのかよ!?」


「あぁそうじゃ。だから頼んでおる!」


「なんで俺が...!!」


「お主だからじゃ!!!」


 ...俺だから、そんな都合のいい言葉に騙されるほどバカじゃない。


 適当なこと言って誤魔化そうとしてるんじゃないか、と訝しむのはおかしなことだろうか?


「...お主は、こんなワラワにも、ここまで付き合ってくれた。


 舐められたら終わりの世界なのに、舐めた態度をとるワラワを。


 それは揺るがぬ事実じゃ。


 ...今までのことは謝る! これからはお主、麟堂りんどう殿の言うことを聞く!


 じゃからワラワと共に!


 アヤツに一矢報いようぞ!」


 ずっと走っているせいか、心臓の鼓動は加速度的に早まっていた。


 いや、本当は違う。


 俺は経験してみたかったんだ。


 こんな物語を。


 俺が主人公だって話を!


「あぁ!!」


 心の底から、俺の本音が飛び出した。


 ドラゴンはどこからか、淡い月白色の光に包まれた薄紅色の球を取り出して俺に手渡す。


「ワラワの名前はフラードウィーン・エル・ミユルじゃ!


 麟堂!下には少し開けた場所があったの。


 そこで────」


 その場所に出ると、目の前にあの巨大なカマキリが上空から降ってきた。


 今さっき、ドラゴンに決められた作戦通りに呪文を唱える。


「イフ・ドグルイ!!」


 俺の胸の中のドラゴンが月白色の光に包まれ、だんだんとその身体を変化させる。


 そして、百五十センチほどで、腕が翼、足が短くて太く、先の尖った長い尻尾を持つ山藍摺色のドラゴンになった。


「契約したのか...まぁいい、さっさと殺せばよいだけだ」


 悪魔の言っていることなど、そういうものだと無視し、作戦を遂行する。


 ミユルによるとこの勝負、絶対に負けないそうだ。


「イデスドン!」


 俺がそう唱えると、ミユルの口から雷が、飛行機雲のようにまっすぐ悪魔に向かって放たれた。


 カマキリのような体を貫く、なんてことはなく、感電し少し焦げた。


「んな! 思ったより効かぬ!」


 悪魔は一つしかない目を上に歪ませ、四つの足で地面を踏み荒らし、薄い翅を羽ばたかせ音を鳴らす。


「もう遊びは終わりだぁ。


 リゲル・ドル・ガマ!」


 鎌を脇から生やし、四つなった腕を振り回す。


 さっきまでは六本足だったためまだ昆虫といえたが、もう無理だ。色々。


 ミユルは俺に向かって腕を広げ、抱えて逃げ出す。


「り...麟堂、すまぬ。やっぱ無理じゃった!」


「はぁ!?待てよ!このまま死ぬってのか!?」


「そーんなことは言っとらんじゃろ!?


 作戦失敗!プランBじゃ!」


「どういうことだよ!説明しろ!!」


「あと数秒稼げばいいはずじゃ!!」


 俺を持ち上げながら獣道ですらない山を駆け上がる。


 追尾してくる悪魔の鎌が振り下ろされ、走馬灯が見えた気がした。


 だがその時、目の前に月白色の漏れ出すどす黒い円が広がり、昨日の、あの空を飛んでいたドラゴンが現れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る