第四羽【ダッシュだ!!】

「おい!何をしとる!今すぐ逃げんか!!」


「急にどうした...」


 辺りを見渡すと少し下り道の住宅街、変な生き物や建物があるわけでも......いた。


 前方数メートル先に森で出会ったスーツの人。


「アレか?あの人か?」


「そうじゃっ!この珍妙な乗り物で走らんか!」


 あぁわかった、そう呟いたら自転車に跨って、徐々に速度をあげていくつもりだった。


 このあと起こることと、上り坂を上って、登って行くことを考慮すれば、自転車なんて捨ておいて、ドラゴンを抱えて疾走すべきだったと断言しよう。


 俺からすれば少し変わった人から逃げる、ただそれだけだったんだ。


 だから雑巾の水が出なくなるほど絞るように、力を振り絞って駆け上がることはしなかった。


 まさかもう一度山に行く理由ができるなんてな。


 そしてこれから俺は、世に溢れきってしまったファンタジー小説のような世界の底へと、引き摺り込まれて行くことになるんだ。


 ここまで長くなってしまったが、この物語は俺、麟堂りんどうわたるが語り手の、都会と、空と、このワガママでヘンテコなドラゴンの成長譚だ。


「あぁわかった」


 そう言って自転車の向きを変え、右手のハンドルとともに持っていたペットボトルをカゴに入れた。


 目を離していた左腕が肘の少し上から消え去っていた。


「え、え、あ、えあ!?」


 血が大量に流れ落ちる。


 冷や汗が背に。いや全身に。


 ドラゴンのことなんて頭から消え去り、右手で左腕を紐で縛るようにギュッと抑える。


 血は止まらない。


 死ぬと思った。


「痛いではないか!...うん?何をしとるんじゃ?」


「何って腕が...血が...」


 泣きそうになりながら、ちびりながら、やっぱり泣いて答える。


「くっ、そういうことか...しょうがないのぉ!


 ぐぬ...握り飯の恩じゃ! アシケイッ!」


 パッと腕が元に戻り、血も消えて、狐につままれた気分だった。


「あれ...え...なんで...」


「なんでもクソもあるかぁ!幻じゃ!


 第一に、ほんとに腕がきれてたら、お主がそのことに気づくより早くこの乗り物が倒れておる!


 痛みだってなかったじゃろ!?早く逃げるんじゃ!」


 言われてみれば確かに、腕がないことと血のせいで焦ってしまっていたかもしれない。


 急いで自転車を立て直し、ドラゴンを連れてペダルを漕ぐ。


「なぁ、お主にはヤツがどう見えとる」


「えぇ? スーツ着てて...」


「人間か?」


「あぁ、そうじゃないのか?」


「やはりか。


 さっき“解除の呪文”を唱えたから振り返るでないぞ。


 ヤツの本来の姿はカマキリの胴体にヤギの頭をしている」


 無性に振り返りたくなる。


 『鶴の恩返し』の爺さんの気持ちがよくわかった。


「ヤツは幻使いじゃ。ワラワ一人ではもう魔法は使えん。


 次に幻魔法をかけられても、助言はできるが、...解除はできん。


 心を強く保つのじゃぞ」


 あまり歩き慣れていないこの辺りを縦横無尽に練り歩き、いつの間にか雷来山に追い詰められていた。


 ヤツに先回りをされたことより、ドラゴンに方向を指定され続け、辿り着いた先がここだっただけだが。


 ちなみに幻に二度かかり、自転車で電柱と塀に激突した。


 これ以上ボロボロにしたくなかったので、そこに置いてきてしまった。


 草を手で払い突き進む、ということをしていると、目の前からスーツの人が、ヤツが現れた。

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